日本について考えるブログ




ジュリエッタに試乗 :: 2012/04/30(Mon)

先日、147の夏タイヤ交換のためディーラーを訪れた際、ジュリエッタの試乗をさせていただいた。感想を書き残す。


ウィキペディアより


試乗したモデルは、1.4L マルチエアターボエンジンに、クラッチペダルレスの6MT (Alfa TCT)が組み合わされる。僕はアルファロメオというブランドが好きで、どちらかというとついついポジティブに物事を考えてしまうのだが、ここは正直な感想を書きたい。

DNAシステムをNモードに入れゆっくりとスタート。もっと静かかと思ったけど、意外にもエンジン音は室内に入ってくる。路面の凹凸を体でしっかりと感じて走る。ゆっくり流しても、ボディ剛性の高さは十分に感じられる。うーん、あまりにもバランスがよくて、「ふつー」に現代の欧州車だ。

信号待ちにはアイドリングストップ機構が作動し、エンジンが停止する。アルファロメオが信号待ちでエンジンを止める時代です!





悪くはない。時代の要請でもある。アルファがアイドリングストップなんてらしくない、という声も一部あるようだけど、僕は逆で、このシステムが最も「普通」じゃない感じがして楽しかった。

DNAをDモードに入れて走る。パワー全快。確かによく走る。よく走るんだけど。。。やっぱり「普通」によく走る、って感じだ。

それにしてもエンジンが全く官能的ではない。これは多くのアルファファンがきっと感じていることだろうけど、「それはもう言わないで、お願い」とアルファが言っているようで、禁句なのかも。。。

しかしやはり僕は言いたい。エンジンが官能的でない、と。僕にとって、アルファロメオの最も核となる要素の一つが、このエンジンの官能性だ。回る程に盛り上がり、自分のその時の気持ちを映すように、歌にも悲鳴にも聞こえる情緒感のあるエンジン音。これがやはり欲しい。

TCTの変速は極めてクイックで、特別違和感なし。オートマを運転している感覚でやれそう。セレスピードは少々神経質な面があったと思うので、やっぱりここでも、ふつーという言葉が出てきてしまう。

パワステのフィーリングはとてもいい。TCTとセットで開発されているのか。


期待を超える驚きや楽しさを、試乗だけで見いだすことができなかったジュリエッタだが、これはメーカーが一般の人々への販売を強く意識した結果であるのかもしれない。成り立ちだけでなく、乗り味や走り味も極めて実用的だ。それは一般には「安心感」という言葉に置き換えられるものである。

特別を求める人には、上のグレードである四葉モデルが用意されているとは言え、成り立ちの骨の部分は同じなので、期待しすぎると肩すかしを食らうかもしれない。これは試乗してみないとなんとも。。。



新型ジュリエッタ・よかった点
・エクステリアデザイン、アルファロメオらしい雰囲気
・ホイールのデザインも素敵
・アイドリングストップ!
・ステアリングフィール(ふつーでけっこう)
・ボディ剛性、およびシャーシ性能からくる走りのニュアンス(ふつーでけっこう)
・乗り手を選ばないTCTの動作感(ふつうでけっこう)

新型ジュリエッタ・残念な点
・インテリアの雰囲気が好みではない
・エンジン、およびエンジンからくる走りのニュアンス(ふつーじゃいやだ)



****

ところで、147のタイヤをミシュランエナジーXM1からピレリチントゥラートP6に交換してもらった、、、のつもりがなぜかP6がついていたので、クレーム。現在チントゥラートP6の入荷待ち。おかげでP6とチントゥラートP6の違いまで経験できて二度美味しい。(笑)

あまりにP6が素晴らしいタイヤで驚いている。個人的な相性かもしれないし、147との相性かもしれないが、いやーもうタイヤはずっとピレリでいいんじゃないかと思う程。冬タイヤのウィンターアイスコントロールも素晴らしタイヤだからなおさらそう思ってしまう。いずれ、チントゥラートが届いてから、詳細なレビューを書こうと思う。

テーマ:アルファロメオ - ジャンル:車・バイク

  1. アルファロメオ147
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体罰の是非・げんこつの是非 :: 2012/04/28(Sat)

学校教育における体罰は法律で禁止されている。法律で禁止されていなくても、僕は「体罰」には反対だ。自分はやらないし、受けたくもない。しかし、厳密な話をすると、「「全く実りのない体罰」には反対だ」が正しい。

体罰を必要だと主張する人は、現代にも少なからずいる。そういう人の中には、体罰を受けて感動した、という人がいるようだ。一人では気づけなかった、言葉では伝わらなかったけど、先生ががつんと殴ってくれて、本当に自分は悪いことをしていたんだと心底気づいた、目が覚めた、だから先生には感謝している、みたいな。。。

かくいう自分も、小学2年くらいの子供の頃、その当時仲のよかった友達と、よからぬことをして、それが親にばれて、父親にがつんとやられた覚えがある。その翌日、学校でも職員室に呼び出され担任に説教されたけど、先生の説教と親の体罰、どちらが印象深いかと問われれば、親の体罰である。感動はしない。でも、自分のことを思ってくれた結果だと感じたのは、圧倒的に体罰のほうで、別にこれで親子関係が崩れた訳でもないので、意味があったと思っている。

げんこつにしても、びんたにしても、体罰に意義を見いだすなら、それは相手のことを思って行うものである点だろうか。結果的に相手のためになると信じて行う一種の「善行」なのだ。自分に付き従わせるための暴力では決して無い。それが体罰は必要だと言っている人の感覚ではないだろうか。しかしながら、自分が相手のことを思って行ったつもりでも、相手にとってそれが暴力だと捉えられたら全く意味がない。そういう意味で、価値観を含めて人間と人間の信頼関係が構築されている間柄でないと、げんこつを発動することはできないと思う。


****

しかし、こう書いておきながら、全く違う視点からこの問題を考えたい。体罰を受ける側からの視点。。。どういうことかというと、「なぜ体罰で自分が悪いと気づいて感動したりすることができるのか?」ということである。これは僕にとっては極めて不思議な感覚だ。

上に書いた自分の悪事に関しても、げんこつ食らっても僕は感動などしない。なぜなら、悪いこととは言え、自分が考えてやった結果だし、言い分もあるからだ。

何事に関してもそうだと僕は思う。何かしの「考え」をもって行った行為なのであれば、それが仮に一般には悪いことであったとしても、もしくは後になって悪いことだと気づかされたとしても、だからと言って自分の行為を完全に否定することはできない。高校のトイレでタバコを吸って、それは社会的には、健康的には、法律的には、いけないことではあるけど、吸った本人にとっては「やるべきこと」だったんじゃないの?と僕は思うのである。だから、もし体育教官室で体罰受けて、「目を覚ませ!」と愛情を持って言われても、効果はない。考えて行った行為はすなわち、眠ってなどいないってこと。

しかし教師の体罰に感動し、感謝する人もひょっとしたらいるかもしれない。そういう人の心の奥底には何があるのだろうかと考えてみた。

ひとつは、上下関係のようなものを求めるが故かな、と思う。言葉で注意されたり、なぜいけないのか説明された場合、こちらだって弁解したり、持論を唱えることもできるだろう。言葉は相互のコミュニケーションの道具だから。しかし、体罰とは一方的なので、そういう余地がない。悪は自分で善が相手と受け入れて、自分を相手の下にすっかり置くことになる。潜在的に、序列関係や上下関係、何かへの帰属を求めている人には、そういうことでも安心をえられる人にとっては、体罰は魅力的で美しいものなのかもしれない。

他の可能性として、思考停止故、というのはどうだろうか。何も考えていない人。友達もやってたのでなんとなく自分もやってみた、、、のようなタイプ。何も考えないで悪さをしたのなら、それが本当に悪いことだと、真に気づかさせてくれた相手に対して感謝するかもしれないだろう。勝手気ままな自分を力でもって正しい道に戻してくれたことに感動するのかもしれない。まあしかし、このケースも上の上下関係や帰属意識につながるような気もする。何も考えていない人は他者依存の性質があり、そんな自分をだめな人間だと位置づけた上で、大きな存在の下に自分の身を置きたいのかもしれないから。。。


自由に考え、自分の意志で行動する人々が暮らす社会、また、そういう人間を育てていこうとしている社会において、体罰のような概念は是非を問う前に存在する事自体が無理だろうというのが、僕の考えである。

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新しい文明開化〜英詞・独自日本語訳・ライブ字幕の比較〜 :: 2012/04/01(Sun)

東京事変が解散して、しばらく腑抜け状態になっていたのだけど、ようやく、やらねばならない、と思っていたことをやり終えた。それは「新しい文明開化」の日本語訳。

「新しい文明開化」は、英語で書かれている。
そして、ライブで日本語の字幕が流れた。
そのため、この字幕の日本語が、この曲の和訳だと多くの方が思っているようだけど、
僕はそれに疑いを持っている。決して「訳」ではない、と。。。

僕は、字幕の日本語は、オリジナルをベースにした新しい作品だと感じる。
例えば、字幕では「同胞よ」と呼びかけている部分、
これはファンの人に、もしくは後ろに「NIPPON」と出ているように、
日本国民全体に対する言葉になっていると思うのだけど、
もともとは、もっと個人的な言葉で「friend」と。
つまり、事変メンバーに対して、なのじゃないだろうか、とか考えてしまう。

確かにおおむね和訳にはなっていると思うのだけど、
明らかに省略しすぎだし、所々、そうじゃないだろう、と思う箇所だってある。
だから、オリジナルの英語詞の内容をしっかり味わうべきだ、と思った。

ところどころ難しくてどうにもならなかったのだけど、
これは説明文ではなく「詩」なので、仕方ないのかな。

でも、訳を終えて胸がいっぱいで、とても悲しい気持ちになってきた。
どこかに自分が共感している所為かもしれない。


ーーーー
「新しい文明開化」
上段:オリジナルの英語詞(作詞:椎名林檎)
中断:僕の日本語訳
下段(括弧内):ライブで披露された日本語字幕(りんごさんか、事変メンバーの合作と思われる)


KNOCK ME OUT NOW
とどめをさして
(今すぐ打ちのめされたい)

THE GROUND I’M ON IS FAILING
私が立っている地面は不安定で役に立たない
(地に足が付いて居ないから)

ONE MORE HIT AND I GO DOWN
もう一発ぶん殴られれば私は簡単にダウンするから
(次の一撃でくたばるはずさ)

ーー

ALL I EVER SEE IS PRETTY FLOWER POWER
BUT YOU KNOW I’M REALLY STARVING FOR THE OTHER SIDE
私はいつもおめでたい愛や平和を見てきたけど、
でも本当に私が求めているものは、それとは反対のものなのよね
(目を凝らせば凝らすほど麗しい花しか見えない)

ALL I EVER HEAR IS CHATTER FLATTER HOUR
BUT YOU KNOW I’M REALLY HOPING FOR A BETTER LINE
私の耳に聞こえてきたものは、だらだら続く結論のないおしゃべりばかり
でも本当に私が求めているものは、短くて中身のある言葉なの
(耳を澄ませば澄ますほど甘い声しか聴こえない)

ALL I EVER BREATHE IS KIND OF BROKEN DOWN
BUT YOU KNOW I REALLY WANT TO FIND A LITTLE TIME
私は今までたくさん一息ついてきたけど、それは自分を老いぼれにしてしまうもの
私が本当に欲しい時間はほんの一瞬で十分
(鼻腔めがけ強く吸い込めば臭覚はやおら沈黙し)

ALL I EVER TASTE I WANT TO SPIT IT OUT
AND YOU KNOW I’M REALLY DYING FOR A LITTLE LIGHT
私がいままで食べてきたものは吐き出したくなるものばかり
そして私は本当にもう死にかけている
(吐気を催さんばかりに頬張れば味覚が散らかる)

SOMETIMES IT FEELS
THE MORE YOU WANT AND WANT IT
YOU GET CAUGHT AND FORGET IT’S NEVER REAL
時々感じる
欲しくて欲しくて仕方のないものほど
あなたはそれを手に入れては、それが実在しないことを忘れているの
(手を伸ばせば伸ばすほど欲しかった物を忘れて)

SOMETIMES I FIND
I THINK I’M LOSING MY MIND
I GET CAUGHT AND FORGET IT’S NEVER REAL
時々気づくの
私も自分を見失ったとき
何かに希望を見いだしては、それが決して実現しないことを忘れているんだ
(閃いたと思えば思うほどあらゆる観念が遠退く)

HELLO GOODBYE
こんにちは、さようなら
(やあやあ、ごきげんよう)

SEE AND TOUCH, THINK AND KNOW
FEEL, FORGET, BREATHE NOW BECAUSE
SOMETHING HAS GONE WRONG HERE, I SAID
MY FRIEND
見て触れて、考え知って、感じて、忘れて、息をするの
だってここでは何かが狂っていってしまうから。。。ああ、友よ
(感じろ、忘れろ、嗅げ、だってほら
狂っていくのが見えるだろう、我が同胞よ)

THE SPACE I’M IN IS FADING
私がいるこの空間は色あせていく
(この指先は宙を弄るばかりで)

ONE MORE PUNCH WILL DO ME IN
DO IT FOR THE WIN
さあ、もう一発パンチを食らわすのよ
あなたの勝利のために!
(握り拳一発でヤられるだろう)

WHAT IS WRONG?
何も間違ってなどいない
(どうしたんだよ)

YOU’VE COME THIS FAR, NOW TAKE IT
あなただってもう後戻りできないはず、さあやるの
(事態は容易くあまりに明白)

ONE MORE KICK AND I’LL BE DONE
KICK ME, HAVE YOUR FUN
もう一発キックを食らわせば、私はそれで終わり
さあ蹴って、楽しむの
(足蹴り一発でヤられてやるよ)

1234, I KNOW THE SCORE
1234 状況は分かっていた
(1234 ゴカクゴ)

5678, HEAR WHAT I SAY
5678 私の言う通りにして
(5678 ナムサン)

ーー

ALL I EVER SAY I NEVER SAY IT LOUD
BUT IT’S LIKE I’M REALLY WAITING
FOR A BIGGER FIGHT
私はずっと大声は出さないって言ってきたけど
それは物事がこじれるのを待っていたようなものだった
(舌をまわせばまわすほど事を荒立てる一方だし)

ALL I EVER FEEL I WANT TO SPIT IT OUT
AND IT’S LIKE I’M REALLY DYING
FOR A LITTLE LIGHT
私はずっと吐き出したいものばかりを肌に感じてきて
それはあたかも本当に死んでいくことのよう
(吐気を催さんばかりに頬張れば味覚が散らかる)

SOMETIMES IT FEELS
THE MORE YOU WANT AND WANT IT
YOU GET CAUGHT AND FORGET IT’S NEVER REAL
時々感じるの
欲しくて欲しくて仕方のないものほど
あなたはそれを手に入れては、それが実在しないことを忘れているみたい
(足を運べば運ぶほど求めていた物を思い出せず)

SOMETIMES I KNOW
I KNOW THE MILES GET OLD,
WE GET CAUGHT AND FORGET IT’S NEVER REAL
長い時間を重ねてそれでもなお
何かを手に入れてはそれが現実のものでないことをやっぱり忘れているみたい
(極まれりと感じるたび萬の想念は打ち砕かれる)

GOODBYE HELLO
さようなら こんにちは
(ごきげんよう、やあやあ)

SEE AND TOUCH, THINK AND KNOW
FEEL, FORGET, BREATHE NOW BECAUSE
SOMETHING HAS GONE WRONG HERE, I SAID
MY FRIEND
見て触れて、考え知って、感じて、忘れて、息をするの
だってここでは何かが狂っていってしまうから。。。ああ、友よ
(見ろ、触れろ、思い知れ、感じろ、忘れろ、嗅げ、だってほら
狂っていくのが見えるだろう、我が同胞よ)

THE SPACE I’M IN IS FADING
私がいるこの空間が色あせていく
(この指先は宙を弄るばかりで)

ONE MORE PUNCH WILL DO ME IN
DO IT FOR THE WIN
さあ、もう一発パンチを食らわすのよ
あなたの勝利のために!
(握り拳一発でヤられるだろう)

WHAT IS WRONG?
何も間違ってなどいない
(どうしたんだよ)

YOU’VE COME THIS FAR, NOW TAKE IT
あなただってもう後戻りできないはず、さあやるの
(事態は容易くあまりに明白)

ONE MORE KICK AND I’LL BE DONE
KICK ME, HAVE YOUR FUN
もう一発キックを食らわせば、私はそれで終わる
さあ蹴って、楽しむのよ
(足蹴り一発でヤられてやるよ)

1234, I KNOW THE SCORE
1234 状況は分かっていた
(1234 ゴカクゴ)

5678, HEAR WHAT I SAY
5678 私の言う通りにして
(5678 ナムサン)

ーー

NO DON’T DOUBT
だめ、疑わないで
(しくじるなよ)

THE GROUND I’M ON IS FAILING
地に足が付いていないって言ってるでしょ
(地に足が付いて居ないんだ)

ONE MORE HIT AND I GO DOWN
あとたった一発で私はダウンする
(次の一発でくたばるはずさ)

I GO DOWN
本当にダウンするのよ
(かならずや)

WHAT WAS RIGHT?
何が正しかった?
(なんだってんだ)

THIS PAST IS NOT WORTH SAVING
この過去は全く記録するに値しない
(幾度なぞっても冴えない過去)

I DON’T WANT ANOTHER ROUND
NOTHING TO BE FOUND
得る物のない勝負はもう望まない
(発見のない勝負にはこりごり)

WHAT IS WRONG?
間違ってる?
(どうしたんだよ)

THE PAST IS WHAT I’M CRAVING
この過去は私の渇望そのもの
(ー)

BOTH MY FEET HAVE LEFT THE GROUND
NOWHERE TO BE FOUND
私の両足は
ここにはない別の地面につながれたままだった
(誰も知らない私の本当の脚は
両方過去にへばり付いている)




林檎さん、最後泣いていたのだろうか。。。

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iTunes Match :: 2012/03/04(Sun)

驚くべき内容だ。iTunes Matchのサービスが日本でも始まるらしい。現在のレートなら年額2000円程度と予想されている。これを支払うとどうなるかというと、自分のiTunesライブラリに登録されている楽曲がiTunes Storeで販売されている楽曲リストと照合され、同一と判断された楽曲はiCloud上のライブラリに追加されることになる。以後、何度でもその曲をDRMフリーの256Kbpsの高音質AACファイルとして手に入れることができる。これはつまり、昔買ったCD、レンタルショップでレンタルしたCD、友達から借りたCDをituneに読み込んだ場合も、はたまた、youtubeからMP3化したものを読み込んだ場合も、どうやら適合される模様(詳細な照合の基準は不明)。

え!?それじゃあ著作権とかどうなるのよ、と思った自分だが、調べていると、まさにこの記事に出会ったのだ。

http://blog.tunecore.com/2012/02/apple-imatch-the-first-royalties-are-in.html

どうやらアップルは、再生回数に応じてロイヤルティをアーティストに支払っているらしい!

oh, これはひょっとして、ものすごく素晴らしいことかも。

つまりこういうことになる。音楽自体は、インターネット上の大海原や、実世界の友人やレンタルショップや図書館や、とにかくどこから探しだしてきてもいい。その後、それを数回聴いて以後再生しなかったらそれでおしまいである。しかしもしそれを何十回何百回。そしてひょっとして何十年とそのアーティストの楽曲を再生し続けたら、自分が払っているiTunes Matchの料金はそのアーティストに多く流れて行く。一説では、3割がアップルへ、7割が再生回数に応じてアーティスト側へ流れると言われている。

AKB48が悪いわけではなく、彼女たちもプロフェッショナルで素晴らしいのだけど、しかし握手券につられて大量のCDが売れて、莫大な利益が生まれて、しかしCDは捨てられ中古に流れ、流れすぎて買い取り拒否までされて終了という悲惨な状況は残念でならない。確かに、彼女たちの歌(作詞作曲者の作品)を聴いて、もしくは舞台パフォーマンスを繰り返し見て、その分だけ利益が生まれるべきなのである。

「違法なファイル」までひっくるめて「合法なファイル」に差し替えてしまい、なおかつ著作権料を回収して、そんでもって再生回数に応じて還元するというこのサービス。僕は現在のアップルの強さ・したたかさ・知性・そしてアップルが考えている社会のビジョン、というものを感じずにはいられない。このiTunes Match、騒ぎ過ぎを承知で書いちゃうのだけど、ひょっとしてノーベル経済学賞級じゃないのか!?と思った。

アップルのこのビジネスモデルはどうやら日本の著作権協会(JASRAC)も受け入れる方針のようだ。あとは各レコード会社、そして市民がどれくらい受け入れるかだ。iTunes Matchをきっかけに、長い時間、広い文化圏に影響を与えるような音楽をうみだすモチベーションが、日本の音楽業界においてもっと生まれてくれば思う。

実は、昨夜行ったPE'Zのライブなのだけど、会場で彼らが、「まだ発売前ニューアルバムの全曲フリーダウンロードをやっているのでまだの方は是非ダウンロードしてください!」と言っていたのだ。なんでそんなことやるのだろうかと思ったところから、このニュースにたどり着いた。彼らのようなバンドはおおいにiTunes Matchの恩恵を受けるかもしれない。

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落日 :: 2012/02/12(Sun)

東京事変の「落日」。この曲は、3枚目のシングル「修羅場」のカップリング曲で、アルバムに収録されていない。本来はセカンドアルバム「大人」のラストに入る予定だったが、伊澤さんが曲を提供した「手紙」が採用されて、この落日は収録されなかった。林檎さんはインタビューでそう答えている。

「手紙」と「落日」は共に、去り行く者の存在がうたわれている。「手紙」は、明らかに1期のメンバー二人に送った曲だと言われており、僕もそうなのだろうと感じる。重厚な言葉が並び、他に似た曲を思いつかない。名曲。

一方の「落日」は何か違う。そもそも、誰かに宛てる「手紙」というものと、1日の終わりに避けようがなくやってくる「落日」ではイメージも全く違うじゃないか。この「落日」も去り行くメンバーへ送った曲だと言われたりしているが、僕はそうではないんじゃないかと感じる。なぜなら、あまりにも「落日」からは「死」が香ってくるからだ。


     君は産まれ僕に出会い春を憂い秋を見た
     記憶を辿る過程であどけない君の写真に
     認めたのは僕が所詮季節すら知らないこと
     現在では声をなくした君だけが映す月花

     「あてにならないことばかり」って
     嘆いたこの舌の根でさえも
     乾く前に期待を仄めかす
     まるで手ごたえの得られぬ夜
     また小さく一つ冷えていく生命を抱いた

     雪に生まれ何時も笑い雨を嫌い此処に居た
     確かなのは只唯一君のさっき迄の温もり

              「落日」より
               (詞:椎名林檎)


僕は、この曲は林檎さんの愛猫の死に捧げた曲だろうと思う。確信的にそう思う。林檎さんは猫が好きで、猫を飼っていたことはよく知られている。しかし、ちょうどこの頃に本当に死んでしまったのか、などの情報は僕は全く知らないのだけど。。。


それにしても、この曲がこれほどまでに心に響くのは、もはや宗教観の一致なのだろう。この曲には明らかに輪廻的な思想が内包されている。また、人間以外の「自然」がたくさん登場する。季節、太陽、雪、雨、月、花。そんなものたちを背景に、あっという間に生まれ去っていく命をうたっている。

そして何と言っても最後の1フレーズなのだ。


     独りきり置いて行かれたって
     サヨナラを言うのは可笑しいさ
     丁度太陽が去っただけだろう
     僕は偶然君に出会って
     ごく当たり前に慈しんで夕日を迎えた
     さあもう笑うよ


「さあ、もう笑うよ」とうたわれたところで、笑うどころか、どばーっと涙腺爆発なのだけど、しかし、それまでは下を向き、過去にとらわれていた自分が、泣きながらも空を見上げ、未来を考えようとする自分に変えられていることに気づく。「落日」という作品は、この最後の、たった1フレーズ。これがあまりに凄い。凄すぎて言葉が無い。こんなありふれた言葉なのに、これほどの重力を放つことができるなんて。。。

この落日。もちろんCDバージョンもいいのだけど、やはりライブバージョン。素晴らしい。アコースティックギターもエレクトリックギターも、ずっと泣いている。途中、葬列を思わせるような行進的アレンジも、このライブバージョンだけだ。そして最後、「さあもう笑うよ」のところ。やばい!そしてその後、伊澤さんの豪快なピアノが、どんどんと景色を明るくしていく。CDバージョンではこの状態で珍しくフェードアウトの手法で終わるのだけど、ライブではもう一度、思い出したかのように悲しい音をアコギが奏でて、曲は終わる。




****

最後のライブ、抽選全部落ちた。シネマライブはなんとか当たってほしいんだけど。。。そして全く予想できないセットリスト。特に、ラスト。いったい何の曲が来るのだろう。落日は特殊な作品なので歌いにくいかもしれないけど、聴くことができれば嬉しいのだけど。。。





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Color bars :: 2012/01/22(Sun)

東京事変解散のアナウンスがされたとき、ああ、やっぱりか〜、と思った。

それは「能動的三分間」の歌詞の最後の方。


I'm your record, I keep spinning round
  But now my groove is running down
  (我々は使命を果たしたと思う,しかし始まったものは終わる・・・)

  Don't look back brother get it on
  (決して振り返ってはいけない,任務を全うせよ)

  That first bite is but a moment away
  (幸せな1口目が待ち構えている)

  When I'm gone, take your generator, shock!
  Raise the dead on your turntable.
  (我々が死んだら電源を入れて,君の再生装置で蘇らせてくれ)



このブログでも当時、僕は東京事変は解散するんじゃないかと書いた。でも、能動的三分間のカップリング曲が「我慢」だったので、もう少しは本望でないにしろ活動するのだろうと思った。何に我慢したのだろう。レコード会社との契約の問題とか。もしくは全く見当違いか。

にしても、アルバム「大発見」はそれまでの4枚とは何か違っていたと感じる。教育、大人、娯楽、スポーツ、の4枚からは、アルバム全体を貫く太い線のようなものを感じたが、大発見にはなかった。。

僕の勝手な妄想だとことわった上で書きたい。

「スポーツ」までで、やりたいことをすべてやった達成感が生まれたのじゃないかと思う。で、ずっと同じこと続けていても仕方ないわけで。新しいアイデアが出なくなって、積極的に何か生み出そうという意志のコラボレーションがバンドメンバー間で構築できなくなった時、その時が解散の時期なのだと思う。

能動的三分間の時にもうその状態になりつつあったのだろう。だからその後に制作された「大発見」というアルバムは乗り気で制作されていないように思う。金ぴかの色使いで派手なジャケットだったけど、「天国へようこそ」でサンドイッチされたアルバムなのだ。「私に梔子(口無し)」(和歌でよくある掛詞)から始まって、「I am dead」で終わっているのである。解散はもうほとんど決まっていたけど、何らかの理由で作らなければいけないアルバムだったんじゃないだろうか。刃田さんが酔っぱらって窓ガラス割ったのも何か関係があるのかと思う。あの事件のせいで解散できなくなったということもあるかもしれない。彼は警察沙汰と引き換えに自らのバンドの解散を阻止したとか!?また震災の影響もあったかもしれない。とにかく、解散のタイミングが全くつかめないまま、ここ数年は微妙な状況が続いていたんじゃないかと僕は想像する。

そして今月、ようやく本当に「解散」がアナウンスされ、そして最後のアルバムとなる「Color bars」が発表された。



ずっとテレビチャンネルの名を冠したアルバムを出して、最後にカラーバーというのは、林檎さんの大好きな形式美としては完璧な最後だ。と同時に、テレビの時代は終わったんだって、そんなメッセージも少し感じる。


ああ、このアルバムが本当の東京事変なのかも。メンバーそれぞれが自由に一曲ずつを提供して、まとまりなど全くないけど、そんなふうに作ったんだろうから、とても気持ちいい。

「今夜は空騒ぎ」。林檎さんの曲。これはプロって完成度だなぁ。隙がない。こんなメロディ、どうやって生まれてくるんだろう。じわーっと悲しくなってくる。「怪ホラーダスト」は伊澤さんの曲。歌っている姿が目に浮かびそう。ピアノ弾いてる姿も。ふざけているのか真剣なのかよく分からない、そんな境界線が僕は好き。「タイムカプセル」は亀田さんの曲。なんか走り回る他メンバーを受け止めてくれる広い背中って感じた。「sa_i_ta」は浮雲氏。これは浮雲さんそのもののサウンド。同じ場所にいるように見えて、すっとテレポーテーションするの。とてもクール。でもちょっとほろ苦い。「ほんとのところ」は刃田綴色さん。この曲には度肝抜かれた人が多いようだけど。僕もその1人かな。はじめて刃田さんが裸になった。そしてどんな人なのか少しだけ分かったような気がする。でも刃田さんがこの曲を歌うことができるのは、東京事変というバンドの仲間あってのことだろう。そう思うととても切なくなってきた。彼だけは、実はまだまだこの仲間と音楽やりたいって思ってるんじゃないかって、そんなふうに思えて。。。

解散ライブのチケット抽選券が入っている今回のアルバム。AKB48のファンのように、ここはCD5枚くらい買うべきかなんてちょっと思ったのだけど、やはり大人らしくやめました。なんとか抽選に当たってライブ参加したいものだ。林檎さんライブでもドラムやるかなぁ。


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極寒ドライブ :: 2012/01/15(Sun)

札幌はここ数日、非常に寒い。日中でもマイナス5度を超えてこない。気温は太陽の光には依存せず、寒気が入ってくると日中でも気温はするすると下がり、抜けて行くと夜中でも急に気温が上昇する。ここ数日は最低気温はマイナス10度以下にまで下がっているようだが、郊外ではもっと寒い。自分の職場は札幌郊外にあるが、帰宅時であっても、車外温度計がマイナス14度などよくあることで、明け方はマイナス20度近くにまで行くこともある。

さて、極寒の中での147だが、基本的に絶好調である。147が我が家にやってきてずっと感じていることだが、この車は基本的に、暑い時と寒い時なら、圧倒的に寒い時の方が調子がいい。

昨日は、年に数回訪れる真狩村の豆腐屋に豆腐と湯葉の買い出し、そして途中の商店で小豆(あずき)を購入するため、中山峠を超えて久しぶりのドライブをした。

札幌は好天で穏やかだったのだが、中山峠から喜茂別側は吹雪。白い闇。久しぶりに目が疲れる運転だった。







中山峠は日中でもマイナス13度。ひどい雪。





これは喜茂別町から真狩に向かう道の途中。今回の写真はすべてiPhone4Sで撮影しているのだが、逆光に対するオートでの露出決定力は素晴らしい。




ピレリWIC(winter icecontrol)。実は最近、このタイヤを履いて雪道で危険な経験をしてしまったという方からメールをいただき、それもあって改めてこのタイヤを味わってみようと思った。

雪道とは言え、特に視界が悪いとか路面がひどい状態でなければ、車は時速80キロくらいで流れているのが北海道の郊外。そんな場所で、信号無しで多くの車が右折するような箇所がある。ここは皆が速い速度からブレーキを踏むため、溶けて凍ってを繰り返してとてもスリッピーだ。そのことをよく分かっている状況で、あえて強くブレーキを踏んでみる。ABSが介入し、車は道路の外側(外側の方が低くなっているため)へ流れて行くが、基本的には問題なく止まる。3回繰り返してみたが、右折できないような状況にまで自分を追い込めない。

僕はこのWICで誰かに追突しそうになったり、想定以上に止まれない、という経験をしていないのだが、実は昔履いていたブリザックで一度、怖い思いをしたことがある。怖いといってもスピードが落ちているので命に関わるような話ではないのだが、とにかく止まれずに前の車に追突しそうになった。なんとか舵がとれて、追突は免れたが、前の車を追い越したあたりまで行ってしまった。

もちろんブリザックよりWICの方が優れていると言いたいのでは全くない。おそらくあの状況ではWICでもブリザックでも止まらなかっただろう(と思う)。やはり自分のブレーキのタイミングが遅かったのが原因だと考えている。本当に滑る場所では、タイヤの性能差は誤差くらいのものと考えるべきだ。それよりも人間側の意識の方がよほど大切だと僕は思う。

今回の右折箇所でのテストでも、危険だという意識がしっかり存在しているから、どれだけブレーキを遅らせようとしても、前後に全く車がいないことが分かっていても、車はちゃんと止まってしまう。そんなもんだ。しかしおそらく、意識をしっかりと持っていないと、ブレーキは自分が思う以上に遅れているかもしれない。


さて今回、気温が低かったこともあり、それ以外の場所では完璧なパウダースノーの上。雪上であれトラクションの乗りは最高だった。4000から6000回転の間を使いながら、凛と冷えた空気を吸って、走る。走る。ぐんぐん速度が乗って行く。サイドミラーに映る後方の雪煙。TSエンジンも回りたくて仕方ないみたいだ。本当に爽快。「ドライな雪の上」もまた格別だということを思い知った。

雪上コーナリングでのWICには、今回も欠点見いだせず。いかなる挙動変化も唐突感がないのがその理由。滑る場所での旋回はステアリングの切り始めのレスポンスがdull、しかし切り増せば確実に回頭する。そういうセッティングなのだろう。アクセルオフで内側へ巻き込み、アクセルオンで外側に膨らむような挙動も教科書のよう。とにかくコントロールさせてくれるし、常にコントロールできるような状況をこのタイヤは作り出す。ぎりぎりまで踏ん張っていきなり吹っ飛ぶなんてことだけは、仮にやりたくてもやれないタイヤである。

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