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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091123-00000050-san-pol
前原誠司国土交通相が建設中止を表明した八ツ場(やんば)ダム建設事業に関し、ダム予定地の群馬県長野原町などの地元住民らが「ダム建設中止の撤回」を求めて始めた署名が、5万人を突破したことが22日わかった。
(中略)
全署名の中には、観光客に加え、建設関係者やトラック関係者ら公共事業関係者2千人超も名前を連ねたようだ。ただ、地元住民の大半が署名をしたことは間違いなく、協議会では「地元住民の大多数がダム建設の中止を憂慮し、反対していることを裏付ける結果」としている。
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これは今日のニュースです.
このニュースから分かることは,利権に絡んだ人だけでなく,地元住民のほとんどがダム中止に反対しており,ダム推進の署名をしたらしいということです.どのような理由でダム建設を推進してほしいのかに関しては何も書かれていません...が,推測するに,「客観的理由・根拠によってやはりダムの建設は必要だ」というロジックではなく,「これだけの人がみんな推進して欲しいと訴えているんだから,推進しろよ」というロジックなんだと思います.これはロジックとは言いません.
この後半の地元住民の推進意見をしっかりと考察した記事が前にニューヨークタイムズに出ています.これは私が愛読しているgooの「ニュースな英語」のコーナーで和訳・解説されているのでそちらを引用します.
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http://news.goo.ne.jp/article/newsengw/politics/newsengw-20091021-01.html
(前略)
「小さな町が巨大な政府に反抗する」という筋書きは、それだけなら多くの(特に保守層の)アメリカ人の大好きな展開です。ただし日本の場合、「政府は自分たちの生活に介入するな」と反発しているのではなく「(公共投資という)介入を続けてほしい」と政府に反発している。これは(一部の保守派の)アメリカ人からするとちょっと分かりにくいはず。なので、この記事は全体状況を詳しく説明し、長野原の住民のダム賛成派と反対派の声をいろいろと紹介。いかに地元経済がダム建設の公共事業に依存してきたか。新しい生活基盤の計画も全て、ダムができてダム湖ができるという前提で組み立てて来たのに、それを一気に白紙に戻されたのだと。
記事は「ダムが中止されたらどうやって食っていくんだ?」という住民の声を紹介する一方で、「ダムのおかげで毎年、金が湯水のように流れ込んできた。ダムは麻薬みたいなもの」という住民の声も紹介。また実はダム建設に反対だという農家の声も紹介した上で、「重ねてしつこく尋ねると(when pressed)」、「ダムが好きだと認める地元住民はほとんどいない。しかしダム計画なしでどうやって町が存続できるのか、想像できる住民もほとんどいない」と。
そしてダム推進派と反対派の対立の中心にあるのは、日本の巨大な公共投資による「いちばん厄介な遺産(thorniest legacy)」のひとつだと。つまり公共投資を中心に据えて回ってきた日本の戦後秩序の、何よりも厄介な遺産は、「中央政府の財布の紐にほぼ完全に依存しきっている地域社会(the near total dependence of local communities on the purse strings of the central government)」なのだと。
(後略)
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どちらの記事のクオリティが高いかは一目瞭然だと思われませんか?日本のメディアの記事がいかに客観性がなく陳腐かが分かります.
ダム建設に地域の経済と町の存続さえもが依存している,ダムを取ったら何も残らない,ということのようですが,確かにそうなのだろうと感じます...しかしだからと言って,じゃあやっぱりダムを作りましょう,ということで本当に解決するんでしょうか?一時的には潤うかもしれません.でも100年後はどうですか?私たちの子供や孫の世代に向けて,本当に素晴らしいものを残せたと思えるでしょうか.子供や孫たちも町を愛し,町の自然を愛して,誇りを持って生きていける,そんな暖かな風景がダムによってもたらされるでしょうか?ダム計画に長いこと翻弄されてきた事実は理解しています.始めはみんな反対していたのですから,それを今になって,という意見も分かります.それでも大切なことは,「今となってはダムは作ってもらうしかない」わけじゃないということです.民主党政権になって選択肢が生まれているんです.前原さんは,補償に対して早急に法の整備を行う必要があると言っています.これから地域を建てなおし,中央の財布の紐に依存しない,自立した,個性のある新しい町を構築しなおし,魅力的で心地よい生活を作っていくことが可能かもしれないんです.それは地域住民や関係者の頭の使い方次第なんです.
八ツ場ダムの問題は他人事ではないと思います.生き生きと活気に満ちた地域社会が生まれるためには,中央が使い道の決まったお金を渡すのを止めればいいというわけではないというのを,この八ツ場の問題は私たちに教えています.私たちは考えアイデアを出し,新しいことへ踏み込んでいく主体性を持たなければなりません.これが,停滞しきった日本が変わっていくための産みの苦しみです.
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