そういえば,同じ状況,先月にアトランタでも感じました.アトランタ植物園.(やっぱり植物園だ...植物園にはそういうパワーがあるんでしょうか.)サンドイッチとCokeを買ってランチをとっていたら,赤ちゃんと一緒のお母さんたちが4人くらい集まり,穏やかな会話とともに,自然なコミュニケーションが生まれていました.赤ちゃんもぐずることなく,みんな和気藹々です.
こうやって,意思疎通がうまくいって,有意義で気持ちのいい会話が続いている状況って,とても気持ちが穏やかになります.お母さんたちのこういう集まりは,同じ目的を持つ者同士,気の合う仲間同士であったりして,こういう雰囲気はすごく生まれやすのかもしれません...
さて一方,会社という組織,職場という環境は,気の合う仲間どうしが自然と集まる場所ではないでしょうから,有意義で楽しい会話,円滑で実りのある相互コミュニケーションには,皆多くの努力が必要でしょう.特に,この日本においては.
大阪で電車に乗っている時,私の横に座っていた40代くらいのサラリーマンが2人で必至に話しをしていました.議題はものの数十秒耳に入ってきただけで分かりました.どうやら,最近の若者は使えん,困ったものだ,と言うことのようです.特にその時,一方の男性が必至に訴えていたことは,「こっちはいろいろ話しかけて,会話をしようとするんやけど,とにかくノリが悪うてな,さっぱり会話にならへんのや.飲みに誘っても酒は飲めん言うしな.どうしようもないわ.」とこんな感じでした.どうやら若者(新入社員?)とコミュニケーションが成り立たなくて困っているようです.
どうもピンときません.「われわれの思い通りの若者が最近はいない」という愚痴にしか私には聞こえませんけど.自分の土俵の中に引っ張ろうとしているだけで,若者を知ろうとしていないように感じるんですよ.そりゃあ,飲みに誘っても効果はないだろうと思います.万が一その若者が実は酒が好きでも,気が合わない上司から誘われたら飲めないと答えて断るかもしれませんよ.
そういえば,大学時代の後輩が就職後に経験した面白い話しを聞きました.彼は,お酒を製造している会社に就職し,仕込みの工場に配属されました.そこは工場とはいえ,システム化された自動化の世界ではなく,熟練工の研ぎ澄まされた感覚の世界で,理屈や論理は全く通じなかったのです.大学院修士課程なんかを卒業してしまった彼は,逆にそれだけで煙たがられ,質問するほど,熟練工のおじさんたちから相手にされなかったらしいんです.今度は若者からコミュニケーションをとろうとするのに,先輩が分かってくれない.つまり上の逆のパターン.苦笑 で,こりゃいかんと思った彼はどうしたと思われますか?彼は,毎朝,一番のりで工場に出勤し,毎日工場の床をブラシで磨いたらしいですよ.来る日も来る日も.そうすると,おじさんたちは次第に「あいつは若いけどなかなか根性がすわっとる」と認めるようになり,雰囲気が和んで,今やいろんなことを教えてもらえているのだそうです.
私は彼の性格を知っているのですが,自分を必要以上にいじめるような性格ではありません.けっこうクールで現代的です.彼は,熟練工のおじさんたちの心に入っていくためには何をすれば効果的かと考えて,それは言葉じゃないと悟り,そして早朝の床磨きを思いついたんだと思います.その戦略はまさに当たったということでしょう.まあ,つまりコミュニケーションを行うため,相手のことを知り,知った上でそれに答えるべく努力したということです.これには参りました,わたしゃぁ尊敬いたします.^^
このブログで,時より日本人は議論する能力が無いと書いていますが,最近,そもそもコミュニケーションを最初から拒絶する人もけっこう多いよなぁ,と感じています.あれはどんな心境なんでしょうかねぇ.例えば,(理屈とは関係なく)首を絶対に縦に振らない頑固おやじとか,無表情で他者と関わり合いを持とうとしない若者とか.もちろんそれ以外にもいると思います.そんな時は,何はともあれ,コミュニケーションをとりたい側が努力して,相手の感性や考え方を理解しようと努める以外にはまあないでしょう.何が原因か分からない以上,相手を責めても生まれるものはありません.床磨きのような答えを見つけなければいけませんね.
特に,日本の序列社会においては,上の者が下の者に対してそれがもっともっと必要だと感じます.下の者はけっこう上の者に気をつかって努力することあると思います.しかし逆は少ない気がします.まあ,それが序列というものでしょうか.
しかしですね.これは疲弊した貧しい序列だと思うんです.だって,序列というのは,本来上に立つ人間のほうが下よりも人間としてできていなければいけない.年功序列なら,年上の人のほうが,年を重ね経験が多い分,度量が広く立派な人間のはずなんです.その時序列は最も意味をもって機能するはずです.しかし,電車の中で若者の愚痴を言っているサラリーマンは,私には若者と全く同じに見えます.形式上,上司と部下かもしれませんが,お互いの感性や価値観を知ろうと努力せず,自分の殻から出ようとしないという点で.
上に立つ人間は下の者の気持ちを真に理解する努力をしてもらいたいです.それが上に立つに人間の責任のひとつではないでしょうか.
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