アトランタ

旅の後半はアトランタに滞在しました.

アトランタは,ジョージア州の州都.開拓時代からアメリカ南部交通の要所として発達した街で,今もその状況は変わらず.ハーツフィールド・ジャクソン国際空港は,世界で一番利用客の多い空港.(確かにとんでもなく巨大な空港でした...汗) アトランタと言えば,あと,「風と共に去りぬ」,1996年の夏季オリンピック開催地,コカコーラ本拠地,CNNといったところでしょうか...



Centennial Olympic Park




Atlanta Botanical Garden


インディアナポリスからこちらに来ると,都市の規模ははるかに大きいと感じるものの,実は調べてみると市の人口はインディアナポリスのほうが上.これは意外です.日本の感覚に慣らされていると,街の雰囲気,活気,地下鉄の路線数,などそういうものと都市の人口はだいたい比例すると勝手に思ってしまうのですが,アメリカでは各都市がそれぞれの個性を持っていて,そういう常識は通じません.人口がどれくらいの都市かなんて考えても意味がないのです.インディアナポリスは,郊外に多くの企業を抱え,ダウンタウンは狭い範囲に集中しているだけであり,実際は多くの人が広範囲に住んでいると思われます.そして車なしでの移動は極めて困難な自動車依存都市です.そういう意味で,アトランタは日本の都市に近く,たいていの場所は地下鉄とバスで移動でき,その移動可能範囲がだいたいアトランタ都市圏です.空港にさえ地下鉄が乗り入れています.



地下鉄の駅構内


忘れてはならないアトランタの特徴として,市の人口の3分の2が黒人.よって,インディアナポリスからアトランタに移動すると,ちょっと別の国に来たように雰囲気が変わります.アトランタ市民は,とてもフレンドリーで,数日の滞在で3回ほど「What are you looking for?」と聞かれ,丁寧にいろいろと教えていただきました.実は何も困ってない時にさえ,聞かれるんですが,これは,東洋人が地図もってうろついていたら,見るに見かねるのかもしれませんね.笑 とにかく皆さん,本当に優しい.



High Museum of Art Atlanta


 

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インディアナポリス周辺を巡る

インディアナポリス滞在中,訪れた場所の記録.

・現代建築の街,Columbus

インディアナポリスから南へ1時間程度の場所にあるコロンバス(Columbus)という街を訪ねました.街全体が現代建築物の博物館のような場所.興味深いのは,それら建築物が,市民の生活の一部となっているということ.飾りではなく,観光客を呼ぶためのアイテムでもなく,あくまで生活の一部として溶け込んでいること.ちょっと躊躇してしまいそうなくらい奇抜な建築物たちですが,教会の中では普通に礼拝があり,学校では授業が行われています.この街で生まれ育ったら,他の街の景観をどう感じるだろうか...と勝手な心配をしてしまいました.美しい街です.



First Baptist Church




North Christian Church


・Oliver winery

インディアナにもwineryがありました.こちらはインディアナポリスの隣街,ブルーミントン(Bloomington).ハイウェイでこのワイナリーの案内看板を見たのですが,そこに「Everyday tasting」と書いてあったのがちょっと面白かったです.なんとなく日本もこういう内容の看板ありそう.ヨーロッパにこのノリはないですね.実はインディアナ州は法律により,日曜は酒類の販売が一切禁止されているそうです.ただそれはリカーショップやマーケットでの話し.もちろんレストランではお酒は出してますし,ワイナリーも毎日試飲OKだよ,とそういう意味合いも含まれているのかも.ワインは日々のテーブルワインに最適なものが中心.いろいろ試飲しました.そして...自分の英語コミュニケーションの貧弱さが露呈しました.



ワイナリーの裏手にあるガーデン


ところで地元の人たちは,ここで購入したワインを敷地内のガーデンでコルクを抜いて楽しんでいるようですが.昼に買ったばかりのワインを野外で飲む,こういうスタイルもありなんですねぇ...^^ 


・Brown County

Countyとは州の下にくる自治組織の単位で,日本で言うなら「郡」のようなもの.インディアナ州ブラウン郡.ここには,アメリカ最大規模の州立公園があります.手付かずの森が多く残され,紅葉の季節は特に美しいのだとか.私なんか,こういう場所に来ると森の中を歩きまわりたくなるのですが,そういう楽しみはアメリカ人はしないようで,遊歩道のようなものはあまりありません.やはり公園内にテニス場やプールの施設などがあり,そこで思い切り楽しんでいる模様.あとは,フィッシング,自転車でアップダウンの道を走って汗をかくとか,そういう過ごし方.ここではEastern Amberwingという少々珍しいトンボに出会いました.そのうち写真とともに...



森の中を行く...車で.


・インディアナポリス モータースピードウェイ

インディアナポリスに行って,車好きの自分がここに行かないわけにはいかない,とばかりに,勝手な義務感を持って行ってきました.ここは,あの有名なインディアナポリス500マイルレース(通称インディ500)が開催されるサーキット.1周2.5マイルのオーバルコースを200周して競われます.マシンの最高速は時速400kmに迫るため,世界で最も速度が出る自動車レースです.あと,インディ500といえば,優勝者がシャンパンじゃなくミルクを飲むことでも有名ですね.それから確か今では使用される燃料がバイオエタノールになっているはず.今回は,サーキット内に入るツアーに参加し,サーキットの上に立ったり,表彰台やプレスルーム,ペースコントロール室などに潜入してきました.



ここがあのインディ500の舞台.


 

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インディアナポリス

インディアナポリスに住む友人を訪ね,しばらくアメリカを旅してきました.旅の途中に見たもの,思ったことなどを写真とともに書き留めたいと思います.

インディアナポリスへは,新千歳空港から,成田,アトランタを経由し,インディアナポリス国際空港まで約22時間の旅.時差も手伝ってさすがに疲れましたが,この疲れは予想の範囲内.到着は夜の9時ごろだったのですが,お腹が減っていたので,友人の案内で近くのアイリッシュパブでビールと軽食.アメリカに来たのになぜかギネスを飲む自分.ここでは,サンドイッチとほうれん草のサラダを食べたのですが,どちらも美味しかった.特にほうれん草のサラダがいきなりのヒットで,生のほうれん草とイチゴの組み合わせ.あとパルメザンチーズとクルトン.あまりに新鮮な組み合わせに感動.グルメに関しては,別にまた書きます.

インディアナポリスの紹介です.統計によると人口約80万人.場所はアメリカ合衆国の中西部,インディアナ州の州都です.インディアナ州は北にミシガン湖と接し,シカゴまでなら車で3時間くらい.高層ビルが乱立するダウンタウンは,数キロ四方くらいの比較的狭い範囲内で,その外側には,広大な土地に多くの企業,住宅,ゴルフ場などが存在し,さらにその外側にはトウモロコシ畑と深い森が延々と続きます.すごくメリハリがあります.混沌としていない.これがアメリカですね.



こちらはダウンタウン.ビルが乱立し,多くの人と車が行きかいます.ちなみにこの写真は午後8時.日本もサマータイム導入したらいいのに...



こちらは郊外です.片側4車線の道路はさすが自動車の国.建物は低く,障害物がないため空がとても広く感じられます.そして,緑が豊かです.


インディアナポリスの景観は自分が訪ねたことのあるアメリカの都市の中では一番美しいと感じました.広大な緑のじゅうたんの中に忽然と現れる高層ビル群(飛行機の中から見た感想).また,住宅地の景観もすごく美しくて,芝生・樹木・家の造形・家の立ち位置・外壁の質感・色彩,これらの調和には目を奪われっぱなしです.裕福な家もそうでない家も,とても美しいんです.美的感覚の違いを感じます.またハイウェイからの景観,企業のオフィスや工場と思われるようなビルディングもやはり美しい.



こちらは郊外の住宅街の風景.こんな感じで緑の木々に埋もれるように家が建ちます.しかも延々とこういう風景が続きます.芝生もきれいに整備され,これもひとつの「自然」と「人工」の調和の形でしょう.

 

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鍋島青磁

佐賀県伊万里市の南方,青螺山のふもとにある大川内山地区.この山間の里には,鍋島藩の御用窯「藩窯」が置かれ,より高品質を目指し技術の鍛錬が続けられました.ここの藩窯で焼かれたこの地方で最高級の焼物は「鍋島焼」と称され,主に将軍家や朝廷に献上されたものです.鍋島藩はこの地区に関所を設けてまで,その技術の流失を防いだとされています.有田で焼かれた陶磁器が遠くヨーロッパにまで伝わり,金や銀と対等の価値で流通したのとは対照的で,まさに秘窯と呼ばれる所以です.

鍋島焼は主に三種に分かれます.白磁に淡緑・淡黄・赤の三色で絵付けをした「色鍋島」,白磁に絵付けをせず染付けだけで描く「鍋島染付」,そして「鍋島青磁」です.今回はこの鍋島青磁を伝統の技法で焼く窯元,長春青磁窯を訪ねました.




訪ねた長春青磁窯.この奥に作品が静かに置かれてあります.



鍋島青磁は,大川内山で採れる青磁原石を100%使用して釉薬(うわぐすり)に用い,丁寧に幾度も焼いては厚く塗り重ねてを繰り返し,完成していきます.青磁原石は3価の鉄(Fe III)を含んでおり,この時点では赤みを帯びていますが,これが幾度も焼かれるうちに二価の鉄(Fe II)に還元されて青緑の独特の色を発色するのです.この青磁を焼く過程はとても繊細であり,極めて高い技術が要求されます.還元が完全に起こらないと赤みが残り,還元度が高いほど淡い青緑から深い青緑に発色します.また,部位によって色むらや柔らかなグラデーションができ,それがまた青磁の美しさでもあります.長春青磁窯では,一般的なクロムを含有する人工の釉薬を一切使わず,現代ではほとんどお目にかかれない完全なる天然青磁です.



        

        自宅で撮影.写真は難しい...汗


鍋島青磁の魅力は,まさにその青磁が持つ色そのものですが,それは本当に深く美しいものです.置かれている青磁の表面に横から目を凝らすと,どこまでが空気でどこからが青磁本体か分からない,そんな曖昧な境界を感じます.青磁の表面には無数の目には見えない気泡が存在し,それが光を乱反射させ,独特の青磁表面の柔らかさを見せるのだと言います.このような構造のため,光の波長,当たる角度やその強さ次第で,青磁はいかようにも変化します.窯元の方の言葉を借りると,「青磁は磁器というよりは宝石」.またこのようなことも話されていました.「店頭に出すとき,光の当て方次第で素晴らしく美しい色や表情が生まれるけど,しかし購入された方がもう一度それを家で再現できるとは限らない,だからなるべく自然光での青磁を見ていただくために店では凝った照明で飾ることは決してしません」.

窯元に並べられた作品は皆,一様に柔らかな青緑の色を示していました.しかしそれは,光が時間とともに変化するように,少しずつ変化し表情を変えていくのです.


 

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武雄・慧洲園

故郷の福岡に帰省していました.今回は,帰省ついでに佐賀をぶらり旅.ということで写真とともに.

今回は唐津,呼子,伊万里と巡り,武雄温泉に宿泊,さらに有田陶器市直前の有田を訪ね,博多の実家へと戻りました.この中から心に残った場所を少し紹介したいと思います.

佐賀県武雄市に「慧洲園」という日本庭園があります.旧鍋島藩別荘跡に,故中根金作氏によって昭和54年に作庭された池泉回遊式庭園です.この日本庭園,今まで見たことのあるどんな日本庭園とも違う趣.その強烈な印象に思わず目を奪われてしまいました.



滝となり流れ落ちる水.その奥に庭石とつつじのモザイク.茶畑.そして御船山...


何がそんなに印象的だったか.まずは背後に迫る御船山の借景です.山の木々と庭園の境界は曖昧で,山に抱かれたような形で緩やかな斜面に庭園が広がります.山から庭園への断絶無くつながる景観に圧倒されます.そして次に,その斜面に展開する広大な茶畑です.日本庭園に茶畑という組み合わせは他にもあるのでしょうか,私は詳しくないのですが,とにかくこの茶畑が美しいんです.木々と茶畑の狭間にある茶屋,森の中に見える物見やぐら.茶畑の手前には,ツツジと庭石のモザイク,そして水の流れと池があり,おそらくはこの地方における,人と自然が関わり合う空間を表現しているのだと感じます.


   

     まばゆい新緑.北海道には存在しない色...





茶畑と森の狭間のみふね茶屋...庭園で摘んだ新鮮なお茶を頂くことができるようですが,今回は時間なく立ち寄ることができませんでした.今思えば,かなり後悔しています...笑





そして,圧倒的存在感,うねる茶畑...


日本庭園って何なのだろう.改めて考えさせられます.人の手によって作為され縮退させられた自然,すなわち「擬似自然」.なぜそのような空間に心動かされるのでしょうか.この庭園から感じるのは,この土地の空気,匂い,そして穏やかさや豊かさ.景観と調和することによって,人為的な作業により作られたその空間は,もはや「自然を表現した...」などという使い古された言葉で表現することは意味をなさない.やはりこれはひとつの芸術なんですね.

 

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旅で出会う美味しいもの

紀伊半島の旅(その3) 2008年3月20-22日

旅先で出会うその土地の食べ物は,旅を彩ってくれます.美味しいとか美味しくないとかそれだけでなく,その土地の風土や食べ物に対する考え方を知ることができたりして,とても面白いものです.今回の旅で感銘を受けた食べ物をちょっと紹介します.

くうや観助餅♪
これは鈴木翠松軒というお店の和菓子です.「ひよく米」と言われる品種のもち米を,セイロで蒸した後半つきにし,粒を残した状態のまま,中に上品なこしあんが包まれています.口に入れて一瞬は,何の主張もないただの餅なのですが,次第に風味豊かなもち米の味と,こしあんの小豆の味,そして半つき状態の絶妙な食感が口に広がり,わずか10秒程度で虜です.笑 京や金沢のお菓子のような,創作意欲がみなぎった,見た目も味も華やかな世界観とは違いますが,これはこれでとても上品で素晴らしいです.考えてもみれば,この伊勢地方の和菓子,特に御餅はお伊勢参りに訪れた人たちの疲れを癒すためのものなんですよね.

赤福餅♪
書きます,赤福について.このブログも何せ赤福問題から始めていますし...笑 私が訪れたおかげ横丁入り口の本店では,夕方前にはすでに売り切れ間近.空港やデパートでは極めて手に入りにくいようですね.うーん.大盛況とも言えますが,まあ冷凍をやめたせいで生産量が減っているのでしょう.久しぶりの赤福は,とても餅が柔らかく,なるほどこれが非冷凍バージョンなんだ,と改めて納得.でも,冷凍版も美味しかったですけどね.冷凍技術が凄いのか,ちょっと冷凍したぐらいでは味はそれほど変わらないのか...とにかく「冷凍」とちゃんと表示して売ってもいいのではないか,なんて思います.それでは赤福の名が落ちますか...でも,伊勢神宮を訪問しなくても空港で買えるお土産なんだし,合理的に考えて冷凍はありだと思いますよ.

マグロのしゃぶしゃぶ♪
マグロの刺身をやや薄切りにしたものを湯に通して,表面の色が変わった所で食すのですが,中は生のまま.つまりレアです.これをゴマだれで頂きます.正直なところ,刺身でいいんじゃないの,と思っていたのですが,これが意外にも美味しかったです.基本的に食感の妙でしょうかね.マグロの鮮度も重要でしょう.機会がありましたら是非!

デコポン♪
和歌山に入ると,そこらじゅうにミカン直売所があり,所狭しとミカンを売っていました.時期としてもう終わりの頃でしょう.デコポンという品種,名前は知っていましたが,改めて現地の直売ものを買って食べて驚きました.こんなに濃密なミカンは初めてです.酸味・甘み・柑橘の香り,わずかな苦味.すべてが普通のミカンの1.5倍って感じで,いやー,これは本当に美味しかったです.フランスやイタリアに行くと,トマトの種類と味で驚かされますが,このミカンに関しては向こうのシェフを連れてきて食べてもらって感想を聞いてみたいです.すごいレシピが誕生しそう...とまあ,そんな妄想をかきたててくれるデコポンです.しかし「デコポン」って名前は...どうなんでしょうね.個人的にはOKですが.笑




ミカン直売のお店はどこもかしこもミカンだらけ.すごい迫力です.


 

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熊野で思ったこと

紀伊半島の旅(その2) 2008年3月20-22日 

紀伊半島に位置する,古代からの霊場と参詣道.二日目は,熊野三山のうちの二つである速玉大社と那智大社を訪ね,そして長大な熊野古道のほんの一部である大門坂を歩いてきました.初日に伊勢神宮ですっかり感動してしまったせいもありますが,正直なところ,想像していたような厳粛な雰囲気は全く感じられなかったです.まあ,熊野古道を何日もかけて歩くという「苦行」が大切なのだと言われれば,確かに私のような旅では何も感じられないのかもしれません.でも現在の熊野古道は一部国道に吸収され,もしくは国道に沿って走り,景観も決して人工物がない山中ばかりを眺めるわけではないので,俗世から隔絶されることは難しいでしょう.熊野古道は,世界遺産に登録はされましたが,本来の姿はもはやとどめていないのではないかと感じました.しかし,多くの熊野ガイドブックや熊野を訪ねた人のブログを見ても,マイナスイメージの記述は存在しないです.世界遺産を誰も敵には回さないでしょうからね.笑 ですから,苦言を発するのは私が初めてかもしれません.でも,正直に感じたことを書くことを旨としていますので,お許しください.

まず何はともあれ一番がっかりしたのは,那智大社の「日本一じゃんぼみくじ」のようなノリと,「こちらは出口です.入り口はあちらです」のようなところ狭しと並ぶ看板・説明の文句...しかも,せっかくの景色をわざと壊すようにそれらが並ぶのはなぜなのでしょう.現在の日本では,このようなノリや説明はもはや当たり前で,特に珍しいわけではないですが,自分の期待が大きすぎました.熊野もこうなのかと残念な気分です...泣 那智の滝は,まさに御神体が滝そのものなのですが,その前に団体写真をとる段が設けてあったり,滝壺に近づくだけでお金をとられたり,なんというか,商売の匂いが立ち込めています.




観光客,鳥居,料金徴収ゲート,そして那智の滝.



熊野古道の一部である大門坂は,そういう看板などもなく気持ちよく歩くことができました.両側に立ち並ぶ杉の巨木が天に向かって伸び,それを下から見上げるのはなかなか壮観なものです.しかし注意深く見てみると,大門坂沿いにはそのような野生と思われる杉が残されていますが,そのすぐ外側は,人工の杉林.細くて枝打ちされた杉が並んでいて,全く「自然」とは呼べないものです.まあ,人工林を非難したいのではなくて,この不連続さはなんとかならないのかと思うのです.大門坂のその通り沿いだけ自然ならそれでいいのでしょうか.なんだか残された杉の巨木が孤独そうに感じてしまいます.




熊野古道,美しい石段が続きます.





大門坂に沿って残る天然杉の巨木.


ところで,熊野に出発前から考えていた「なぜこの地がこれほど長い間,信仰が途絶えることなく霊的な地域として存続し続けたのか」という点について.現地に行って思ったのですが,やはり京あたりと比べると,明らかに気候も違うし景観も違う.真っ青な海に断崖絶壁,杉の巨木,たくさんの雨.京都や奈良からそう遠くない場所でこれほどの変化を見せてくれるのは紀伊半島南部だけでしょう.ですから,この地を踏めば何らかの非日常的な感覚を古代の人も覚えたことでしょうし,そういう「特別感」が自然信仰と結びつき,熊野をさらに特別な地にしていったのかもしれませんね.

関連記事:伊勢神宮の美しさ
      :熊野古道へ・・・

 

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伊勢神宮の美しさ

紀伊半島の旅(その1) 2008年3月20-22日

2泊3日で紀伊半島を旅してきました.今回の旅は,伊勢神宮にまず立ち寄り,その後,速玉大社・那智大社をめぐりながら,熊野古道の一部である大門坂を歩くというもの.旅の目的は熊野古道の予定だったのですが,旅を終えて私の心に最も強く印象として残ったのは,なんと伊勢神宮でした...汗 ということで,まずは伊勢神宮の感想から書きたいと思います.

伊勢神宮内宮の駐車場から歩き始め,宇治橋を渡ってすぐ,私は,早くも普通とは違う雰囲気に飲み込まれてしまいます.神宮正宮に向かって続く参拝の道とその両側に広がる深い森,そして前方になだらかに高度を増していくとても穏やかな山容,その風景のバランスがあまりに美しいと感じていました.私は山が好きで,さんざんいろんな野山を歩き回ってきましたが,このような心に響く美的な風景というのは今までほとんど出会ったことがないです.神話の中で古代ここに神宮を据えたとされる倭姫命(やまとひめのみこと)も,この風景に魅せられたのかもしれないですね.参道を歩いていく途中で,乱立する杉の巨木を見上げながら,とても質素な正宮の階段そして参拝場所に感動しながら,全く想定してなかった安らぎが押し寄せてきました.とても神聖で霊的な場所なのでしょう.こういう説明は科学信仰の現代において不適切かもしれませんが,やはりこの場所を説明するのに一番適した言葉かと思います.

少し詳しく伊勢神宮を考えてみます.最初に,上にも書いたとおり風景の美しさについて言及しなくてはなりません.まずは参道から目に入る山容の優しさはなぜ生まれるのだろうか,という点について.もっと山容がなだらかなら,山の風景は手前の森にさえぎられて目に入らなくなりますし,逆にもっと急な山だったら,今度はあのような穏やかな印象は受けず,日本中どこにでもあるただの「山」になってしまうでしょう.目に入る山の傾斜が絶妙だと感じます.さらに,参道は最初ほぼ真南を向いており,この山肌は概ね北斜面です.大部分の時間で,参拝者は逆光から半逆光でこの風景を見ることになります.順光で太陽が当たる山の南斜面というのは,一般に平面的な風景に見えてしまいますから,この位置関係は山を立体的に,そして優しく見せる光の演出です.そしてもちろん,五十鈴川という清流の存在もポイントでしょう.ほどよい川幅の清流がこの深い森を流れ下っています.こう考えてみると,これとほぼ同じ条件の景観が得られる場所を探せと言われても,そんなにあるものではないという気がしてきます.日本最古の社がこの地に存在し,長い時間を経てもこの地から信仰が消えないのは,全く偶然ではないのでしょう.次に,その美しい自然の風景と人為的ものの調和を見過ごすことはできません.調和を乱す看板や立て札,のぼりなどは一切ありません.最低限の立て札などはありますが,目立つ色にペイントされた「こちらは出口です」「一方通行です」「写真撮影禁止」「トイレ」など,だいたいどこに行っても目にする調和を無視した注意書きがほとんどありません.いや,時よりあるのですが,とても地味です.これは,現代の日本の風景に慣れてしまった自分にとってはとにかく「美しい」と感じずにはいられません.少なくとも伊勢神宮を守り,運営されている方たちは,意識しているかどうかはともあれ,洗練された美的感覚を持っているのだろうと思いました.また同時に,こういう参拝者に対する「強制」的な看板がないということは,皆が自主的に常識を守って行動しなくてはなりません.ですから,人間の自由と尊厳が守られており,これは神宮が自分に対してとても優しく存在している,と感じるのです.

そういえば,お守りを受けることができる場所で多くの人が何かしのお守りを購入しようと集まっている時,こんな出来事がありました.けっこうな人がお守りを購入しようとしていたのですが,受付の神主さんは一人しかいません.ゆっくりと丁寧に対応しているので,なかなか順番が進みません.そこでイライラした人が一人,まだ順番ではない場所から「○○のお守りを三つください」と割って入ったのです.ところが神主さんは,その時対応していた人にお守りを渡すと,なんと順番ではないその人の要望を優先して対応したのです.普通なら「おいおい,こっちが先だろう?」となるところですが,なぜかそういう空気が全く流れません.不思議です.私は,神主さんの「誠意」のようなものをそこにいる人皆が強く感じたからだと思っています.実際は分かりませんが,例えば「電車の時間があるから急いでいるのかもしれない」というような配慮と解釈することも可能でしょう.とにかく割って入った人にもちゃんと丁寧に対応するわけです.割って入った人もイライラがおさまったかもしれません.日常でこのような割り込みを肯定したいわけではないです.むしろ問題大ありですが,(笑)ただ,なぜか神主さんの振る舞いを美しいと感じてしまうんですよね...私はさんざんこのブログで日本の悪口を書いてますが,とは言えやっぱり自分は日本人なのかと感じてしまう瞬間でもあります...

 

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