日本について考えるブログ




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ゴーヤチャンプルー :: 2009/05/30(Sat)

ゴーヤー(苦瓜)の季節がやってきました.まだ少し早いのかな?最近は札幌でもスーパーで簡単に手に入るようになりましたが,値段は少し高めです.私はゴーヤが大好物なので,これからの季節はよく買ってきて炒め物などにします.

あの苦味は本当にいいですね.さわやかな苦味で,後味もいいのです.ゴーヤの苦味の成分は,モモルデシン(momordicin)という物質.これは,ステロイドと糖,さらに複数のアミノ酸が複雑に接続されたかなり巨大な分子で,ゴーヤからしか見つかっていない物質です.

モモルデシンの苦味は,食べ合わせとしてタンパク質と非常に相性がよいと理解しています.沖縄を代表する料理,ゴーヤーチャンプルー,これゴーヤの他はと言えば,豆腐,豚肉,卵,かつお節...という具合で,み~なタンパク質ばかりですね.笑 たぶんこの組み合わせが体にいいのかもしれません.タンパク質無しの,例えばゴーヤサラダとか作ってもああり美味しく無いだろうな.





材料(二人):
ゴーヤ・・・・・中2分の1本
豆腐(沖縄産島豆腐...無い場合は木綿豆腐)・・・・2分の1丁
卵・・・・・2個
豚肉細切れ又はばら肉薄切り・・・・・200g
かつお節・・・・適量
塩・・・・・適量


レシピ:
・ゴーヤは前もって綿を取ってスライスした後,軽く塩をふって冷蔵庫に寝かしています.これで数日はほぼ劣化しません.苦味や青臭さも少しだけ衰えると思います.ただ,ありのままのゴーヤを味わいたいときは,この過程は省きます.

・豆腐を適当に切って(もしくはちぎって),フライパンでいためます.少々焦げ目が付く程度.豆腐から大量の水が出てくるので,まず最初に豆腐だけをいためて水分を飛ばす必要があります.豆腐はいったん皿に取ります.
・豚肉をいためます.軽く塩をふり,
・そこにゴーヤ投入.引き続きいためます.そして,
・先ほど炒めた豆腐を投入.引き続き炒めます.そして,
・最後に溶き卵を加え,炒め合わせます.卵と具材が絡まってべちゃっとなるのを防ぐため,ちゃんと強火で行うのがポイント.先に炒めている具材をフライパンの端に寄せ,空いた場所でスクランブルエッグを作り,ある程度卵が固まってから具材と合わせるといいでしょう.しかし,ぶっちゃけ,ぐちゃっとなってもそれはそれで美味しいですが...笑
・塩で味を整えます.調味料は塩しか使いません.
・皿にとって,かつお節をふりかけて完成です.

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「絆(きずな)」の語源から思ったこと :: 2009/05/26(Tue)

「絆」の語源は,動物が逃げないように繋いでおく綱です.

「選択的夫婦別姓に反対の方の意見」からの続きです.

選択的夫婦別姓反対の人の主要な懸念は,何といっても「別姓にすると家族の絆が弱まる」「家族がばらばらになることを助長する」というものです.それで,「絆」って一体なんだろうか,とふと思いまして調べてみました.

「絆(きずな)」という言葉の語源は意外なものでした.「家畜を逃げないように繋ぎとめておく綱」から来ているようです.動物が自分のもとから離れていかないように繋ぎとめることから,人と人とが離れ離れにならない,断ち切ることができないような結びつきを表す言葉になったと言われています.

正直,そういう意味が語源だと全く想像すらしていなかったので,けっこうこれは驚きです.(私だけでしょうか? 笑)私としては,友情とか愛情とか信頼関係とか,そういうものと等価のイメージだったので...でも実際は全く違ったわけです.いや,そういう意味も現代においてはあるのかもしれませんが,でもとにかく「動物を繋ぐ綱」が現在の「絆」の意味に転じたんだ,というその事実が驚きです.

しかし,よくよく考えてみると,「君と僕とは深い絆で繋がっている」という言い方をしますねぇ.確かに,「繋がって」いるんだ!そういえば,「赤い糸」とか言いますもんね.あれ,私は意味も分からないし,ニュアンスとかも理解できないのですが,ああなるほどって気がしてきます.

夫婦別姓にすると,絆が弱まる,家族がばらばらになる,という懸念ですけど,なんで姓が変わるだけで信頼関係が揺らぐんだろうか,愛情がなくなるんだろうかと,私は理解できなかったのです.でもこの語源が分かって,なるほど,と逆にかなり納得した次第です.

極端な言い方をすると,結婚後の夫婦は綱でくくり付けられているわけです.別れられない様に.笑 愛情とか信頼とか,なんかそういう不確定で形のないものじゃなくて,「綱」なんでしょう.その役割を「姓」が担っていると,そういうイメージで正しいのでしょうか...姓は,縦のつながりも引っ張ってますから,つまり親とかも関与してくるわけで,がんじがらめ状態,まあ綱につながれるイメージは遠からずです.社会常識に従う分には問題は起きないけど,ある程度自由を求めると,綱がきつく締め付けてきて,自由が効かずもがくことになります.

つまりまとめると,結婚後,愛情や信頼やそういうものは衰えていって,その代わりに綱で繋ぎとめるかのようにして,勝手な行動を起こしにくいようになっているんでしょう.「お互いを好きで,大きな信頼関係が築けているから,結婚して一生涯を共に過ごす」のではなくて,「結婚しているから一生涯共に過ごさなければならない」ってことになるのか!?現代は一応自由の時代ですから,愛想尽きれば別れてもいいのですが,それを難くする役割を綱が担うわけでしょう.なるほど,別姓反対派が言っている,「別姓を許すと,別姓が増えて,どんどんばらばらになる,少子化もさらに進む」というのは,姓という名の綱が無くなって,女性の自由度が上昇して,結果的に愛想尽かされて男性は捨てられる運命が見えてくる,という意味にもなるのでしょうか.

うーん,私は一人勝手に,かなり合点がいっています.なるほど,この問題は,「愛」という概念がこの国に希薄なことに起因しているのかと....まさに前にこんな記事を書いたのですが...
こちら→http://erisabeth.blog123.fc2.com/blog-entry-83.html
ここに繋がるとは思っていませんでした...笑 Mr. childrenの「しるし」.

もう重苦しくなってきたのでやめます.
もし参議院でこの法案審議されたらまた何か書くことにします.

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選択的夫婦別姓に反対の方の意見 :: 2009/05/23(Sat)

私は選択的夫婦別姓に賛成ですが,反対の人の意見をいまだににちゃんと理解することができません.批判しているのではなく,ただただ理解に到達できないのです.先月末,民主党がこの法案を参議院に提出したそうなので,この機会にもう一度,選択的夫婦別姓法案の紹介と,私の考え,および,なぜ反対の人たちの意見を理解することができないのか,その要因について分析して書きます.

選択的夫婦別姓は,結婚しても夫婦間で姓を同じにするかしないか,選択できるようになる制度です.現状,法的に婚姻すれば,わずかな例外を除いてほとんどの場合女性が男性の姓に変わることが社会的に求められています.もちろん,多くの人はそれにことさら異を唱えていません.しかし,日本において姓はほぼ名前と等価であり,このようにして姓の変更を社会から強制される女性は,人によっては実生活における問題と精神的な苦痛,自己喪失感を伴う場合があり,選択的夫婦別姓はそのような問題の緩和に貢献できるだろうと思います.

また,この法案には,婚姻最低年齢や再婚禁止期間に関する著しい差別的規定の改正も盛り込まれています.日本の民法がこのような男女差別的規定を含んでいることに関しては,国連などからも度々指摘を受けているようです.日本が民主主義国家を自認し,倫理観を大切にした,より多くの人々が住みやすい国家を目指すなら,この点は早急に改正すべき項目だと思います.

私は選択的夫婦別姓法案に賛成です.なぜなら,上述のような,姓を変更させられ自己喪失感を感じる女性の気持ちに共感をおぼえるからです.また,姓を変更することで仕事や実生活において不便を強いられることもありますし,そのための免許証やカード類など様々な事務手続きを踏まなければいけないのも姓を変更する側だけであり,人によっては不条理に感じるだろうと思います.男性は,自分のこととして考えてみれば,これがいかに大きなことか分かるでしょう.女性なら受け入れられる,ということではありません.男女とも,姓なんてどうでもいい人もいれば,自分の姓に愛着を持ち,それを変更させられることに苦痛をおぼえる人もいるだろうと思います.現代の結婚は,「家系」のイベントでもありませんし,政略結婚でもありません.個人が個人を好きになり結婚する場合がほとんどで,お見合いであっても個人の気持ちは尊重されるでしょう.結婚によって政治に参加して自己の存在意義を確認するなんてことも現代にはありません.だから,各々の個人の気持ちを問題の中心におけばこそ,この問題は表出していると感じます.

しかしこの法案は長らくもみ消され状態でした.決議されることもなく...もはやこのまま葬り去られてしまうのかと思っていたのですが,最近再びわずかに光が差してきたようです.

http://www.dpj.or.jp/news/?num=15817

「民主党は24日午後、選択的夫婦別姓制度の導入を柱とする「民法の一部を改正する法律案」を共産党、社民党、無所属議員との共同で参議院に提出した。(以下,省略)」


選択的夫婦別姓には,明確に賛否両論があります.ですが,国民の意見が完全に割れているというよりは,一部に著しく反対の人と賛成の人がいて,残りの人々はあまり興味がないのだろうという印象を持っています.世論調査では,だいたい賛否は拮抗しているようです.ただ,世代を考慮すると,若い人ほど賛成しており,また性を考慮すると男性よりも女性のほうが支持しています.

****

ある事柄に対して,賛否両論がある場合,たいていはそのどちらにも「なるほど,まあ確かにそうだな」と思える部分があるものです.例えば,最近話題になった定額給付金.あれ,私は基本的に賛成でしたが,反対している人の意見もよく理解できました.ばらまき,といわれれば,まあそうとも言えるのかな,と.もっと別に使い道があるだろう,といわれれば,確かにあるかもしれない,と考えをめぐらせることは可能でした.今流行の新型インフルエンザ.状況が明らかになっている今,私はマスク着用の必要性など全く感じませんし,海外渡航を止めるほどの事態でもないと思いますが,しかしマスクを買いに走り,海外旅行を中止する人の気持ちももちろん理解できます.

ところがです.私はこの選択的夫婦別姓の問題に関して長いこと関心を寄せていますが,本当に一度たりとも「確かに現行制度のほうがいいかもな」と考えられたことがないのです.法改正に反対の人の意見を読んでも,頭の中に「?」が増えるだけで,一向に理解できないのです.なぜなのでしょう.つまり,反対派の方の意見の構造が見えてこないわけです.

まず最初に,賛成と反対の人々の立ち位置が全く違う,ということを認識する必要があります.一瞬,別姓か同姓かという対立問題のように見えますが,そうでは決してありません.なぜなら,この法案は「選択的」だからです.この法案に賛成の市民は,「別姓がいい人も,同姓がいい人も,問題なく結婚できる制度にしましょう」ということに賛成しているのです.つまり,多様な価値観を尊重する,ということに賛成という意味になります.一方反対派の人は,「現行制度のまま,結婚したら例外なく同姓になるということでなければいけない」と主張しているわけです.個人的な希望ではなく,他人を含めて社会の構成員全員,結婚して家庭を持てば必ず姓は統一すべきだ,それこそ家族だ,と主張しているのです.ですから単純な対立関係ではありません.

私は,何はともあれ選択的夫婦別姓反対の論拠を探ります.そうすると,「別姓にすると,家族の一体感が損なわれ,絆が薄れ,家庭崩壊へとつながる」という意見が目立ちます.あとは,「子供が困るから.子供が可哀相だから,子供の姓が違うと混乱が起こるから」という意見にも出会います.

しかし,私はここでもやはり理解ができません.そして,反対派の論理には明らかに大きな混乱が存在していることに気付くのです.繰り返しますが,この法案は「選択的」なんですよ.家族の一体感を姓が同じであることを通して感じている人は,当然同姓を選べるのです.ですから,私は改めて「なぜ必ず日本の全家族が同姓でなくてはいけないと思うのか,全家族が同姓であるという現在の条件が,なぜ個々の家族の絆が薄れないために必要だと予測できるのか」と問わなくてはなりません.夫の姓に変わることで不安や自己喪失感を感じる女性でさえも,結婚したら同姓でなくては家族の絆は薄れるのだと本当に思うのでしょうか.この部分に関して,論理性のある見解をまだ聞いたことがありません.

私の考えではむしろ逆で,絆は強まることさえあると思います.もしこの法案が実現したなら,別姓家族と同姓家族が混在することになるでしょう.今まで同姓を強要されていた家族が別姓になれるのですから,その家族は姓に関しては社会からの抑圧はなくなり,安心して婚姻して暮らすことができるようになるでしょう.一方,同姓希望の家族は今までどおりでいいのです.ですから,各々の家族の幸福度の社会全体の総和のようなものを考えれば,むしろ上昇すると思うんです.万が一,別姓がどんどん増えていったなら,それは潜在的にそれだけの人々が別姓を望んでいたことになるわけで,そういう問題が露呈し,実際に別姓にすることで解決していくのですから,やはりいいことだと思います.つまりこの法律は,市民の意思決定にゆだねるという自由をもたらします.

次に子供の問題ですが,この理由も私は理解できません.この理由には,語られない前提として「子供も当然同姓を好むはずだ.同姓でないと安心できないはずだ」という価値観があると思います.なぜこのような論理の飛躍が生じるのでしょうか.考えてもみてください.子供はこの世に生まれてきて,親や社会からいろんなものを吸収してその中で育って行きます.狩猟民族に育てられれば,立派な「狩人」に育ち,過去の日本の村に生まれたならば,しっかりとした共同体意識を持った「村人」になっていくものです.だから,別姓の夫婦の間に生まれたら,両親と似たような価値観を身に付けることになるかもしれませんが,それは別に子供が「可哀相」ということではありません.なぜ,子供が可哀相とか混乱が起こるという予想が生まれるかといえば,「当然同姓(自分の意見)が正しい理であり,子供もそういう価値観であるはずだから,子供はきっと混乱するでしょう」という論理なのかと思いますが,これでは説得力は全くありません.(しかし,この類の論は日本では当たり前にそこらじゅうにあります.)子供ははじめから意見や定まった観念を持って生まれてくるわけではありません.考えるべきは,子供が生まれ出てくるこの日本社会(家庭)が,どのような器であるべきかという部分であり,それをいかなる先入観も除いて考えなくてはいけないのです.

結論として,なぜ私が選択的夫婦別姓反対の人の意見が理解できないかというと,その中に,自己の希望や好みを完全に廃した,客観性のある意見というものを見出すことができないからなんだと思います.

****

ところで,私はそもそも家族の絆は姓が同じであることで生まれているとは感じないのです.私は,同棲している人,もしくは結婚前の恋人同士の段階のほうが,結婚した後の状態より深い愛情と絆で結ばれていると感じること,あります.とりわけ日本では...そう考えているうちに,そもそも「絆」とはどういう意味なのだろうか,という疑問にぶつかりました.愛情とか思いやりとか信頼関係とか,そういう言葉とは,似ているようで全く違うように思います...改めて次回,「絆」について考えて見ます.どうやら私の「絆」の理解は間違っているようです.汗

以前に書いたエントリー → 「選択的夫婦別姓」

関連記事:議論にならないのはなぜ
     :自分の世界から出ようとしない
     :素直のあり方を考える

つづき → http://erisabeth.blog123.fc2.com/blog-entry-241.html

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不思議の世界(2) :: 2009/05/19(Tue)

考え,想像し,学び,受け入れることができれば,日常的に不思議なことというのはそうはないと思います.

「不思議の世界(1)」からの続きです.

もともと不思議とは仏教用語の「不可思議」から来ています.不可思議という言葉は,仏様の神通力のような,人の言葉や心では全く及ばない境地のことを指します.これが転じて,現代の不思議の意味なったようですが,かなり意味が違ってしまっています.過去の大和言葉で「不思議」にぴったりの言葉は見つかりません.強いて言うなら「あやし」でしょうか.あやしは怪かし,これは妖怪を連想する言葉です.

現代日本において,不思議と感じる心理は,科学的価値観との対比によって生じる場合が多いと思います.科学は完全に客観的で,間違いが無く,信頼に足る概念だと思われているのでしょう.物事の本質は非常に単純で明快であり,法則に帰属させられる,それが科学が持つ基盤です.そこに照合して説明がつかないと,不思議だと感じるのです.前のエントリーで例に挙げた死者の来訪もポルターガイストも,結局は科学で説明できそうにないと感じたから,不思議なのです.

****

ところで私は,ある種の「不思議」という言葉の使われ方に,以前から疑問を持っています.それは,「○○って不思議ね~」という言い方です.

例えば,Googleで「って不思議」を完全一致でざっと検索してみました.まあ,本当にたくさん出てきます.

「人の心って不思議ね~」「人生って不思議ね~」「生き物って不思議ね~」「お金って不思議ね~」「運命って不思議ね~」「音楽って不思議ね~」「出会いって不思議ね~」「夢って不思議ね~」

ああ,確かに論理的に説明できないものばかりです.納得.しかし,論理的ではないけど,私はにとってこれらはことさら不思議とは思わないもの多いのですよ.どうしてでしょう.

例えばこういう感想を見ました.「どんなに落ち込んでいても,悩んでいても,大好きな音楽を聴いていると,どんどん元気が出てきて,がんばろうって気持ちになれるんだよ.音楽ってほんと不思議~」...こういう感想,普通にあると思います.しかし,なぜこれで音楽が不思議になるんでしょうか.音楽にはそういう力があるだけのことで,自分は音楽程度では元気は出ないと頑なに信じていたから不思議なのでしょうか...

他には,「3年前に別れた彼と街で偶然出会って,最近結婚を前提で付き合うことにしたの.運命って不思議ね~」...滅多にないと思いますが,でもこれも私は特に運命が不思議だとは思いません.お互い恋人がいなくて,お互いのことをすでに知っている二人なら,3年前の別れ方次第では,偶然出会ってまた付き合うことになるなんてこと,まああるかもしれませんね.あとは確率の問題.これこそ「運命」なのであって,別に「運命は不思議」というわけではないでしょう,どうでしょうか.

そう,これらの「不思議」の使われ方,それは「不思議だ」が結論になっているんです.

結論としての「不思議」は,自己中心的な価値観が無意識的にあるのだろうと私は推測しています.自分が中心でそれ以外の分かりにくい,予期できなかったことなどを,理解しようとしたり受け入れることができず,「不思議ねえ~」という言葉に置き換えて片付けてしまうように思えるのです.結論としての不思議は,一種の思考や感受性の放棄,もしくは現実の認識不足,多様な価値観の欠如とは感じないでしょうか?「音楽って不思議」と言うと,もうそれ以上深く音楽と付き合ったり,音楽を学び感じようという姿勢を感じません.また「運命って不思議」と言ってしまったら,人生を自分の力で切り開いていこうというような前向きさを残念ながら感じないのです.こういう無気力さを,現代日本語の「不思議」の中からけっこう感じます.

京極堂が言うように,不思議なことなどこの世にはない,のです.どんなことに対しても,それは自分の内面の問題であり,自分次第.自分の力で,主体的に考え,想像し,学び,受け入れることができれば,不思議の霧は晴れていきます.

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北海道の春・2009 :: 2009/05/18(Mon)

北海道は春真っ盛りとなってきました...とはいえ,先週は確か山間部では雪が降ったのですが.^^; まあでもこれは異常気象ではなく,北海道は5月末までは時より山では雪が降ることあります.

北海道の春の色は本当に淡いです.


↑富良野市・道道544号沿い


残雪の山を背景に,新緑の里.もう田植えも行われていました.

この時期は,北海道において一年で一番気持ちのいい季節でしょうか.とにかく,どんどん暖かくなっていくというのがいいです.冬の寒さに慣れていた体なので,どんどん暖かくなると,本当に「暖かく」感じます.これが真夏になると逆に体は夏基準になっていて,しかも半そでだったりするので,むちゃくちゃ寒いと感じる日,けっこうあるものです.

関連記事:北海道の春

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不思議の世界(1) :: 2009/05/16(Sat)

「不思議」とは,ある条件によって人間の内面に生じる一種の心理状態であって,客観性のある事実としては,不思議は意味を成しません.

「この世にはね.不思議なことなど何ひとつないのだよ,関口君.」

これは,京極夏彦氏の小説に登場する中心人物の一人,中禅寺秋彦が,思いこみの激しい小説家,関口巽に対して,作品の重要な場面で必ず発する言葉です.信じられないような事態に遭遇しても,どんな奇怪な出来事も,人が超能力と呼ぼうと,妖怪の仕業と言おうと,祟りと言おうと...

彼は小説の中で断言します.

「この世には不思議なことなど何一つない」
と.

何の変哲もない言葉ですが,大きなエネルギーを持った言葉だと私は感じます.

****

不思議とは,「どう考えても原因や理由が分からない現象」に対して一般的に使います.例えば,去年死んだはずの人物が突然家に訪ねてきたら,それはとても不思議な出来事です.夜中に触りもしないテレビの電源が勝手に入ったら,これも不思議な出来事でしょう.

そんなことあるはずない.ありえない.でもそれを今目の当たりにしている....これを「不思議なこと」と言うんです.

しかし,「そんなことあるはずない」という自信は,どこから生まれたのでしょうか.本当に自信を持って「ありえない」と言えることがあるでしょうか.

そうです.「不思議」とは一種の先入観によって生まれていると私は考えます.上の例ならば,死んだ本人ではない可能性を勝手に否定した先入観から不思議が生じたわけです.人が手を触れずして電源が入るわけがないと勝手に決めつけたから不思議なだけです.実際はどうだったでしょう.例えばですが,双子の相方が生きていたということはありえるし,電磁波によるリモコンの誤作動で電源が入ることもありえます.

不思議とはつまり,私たち自身の内面で生じる問題であり,私たちが私たち自身に仕掛ける錯覚だと言えます.

****

現代日本人は本当に「不思議」という言葉が好きだなぁと感じます.特に欧米人に比べれば,圧倒的に不思議好きではないでしょうか.

「不思議」は英語ではmysteryとかwonderになるでしょうか.しかしどちらの単語も,現代日本語の持つ「不思議」のニュアンスとは少々違っていると思います.ミステリーとは,謎,不可解なこと,という意味ですが,条件や証拠がそろっていない為,私たちは本当の真実に到達できないでいる状態,という意味合いがあります.また,ワンダーに関しても,主観に基づいた驚きとか怪しむ感情を表す言葉で,他者とのかかわりの中では自信がないことを表す言葉ですから,やはりかなり違います.他には,amazing, miracle, magical...などいろいろありますが,日本人が「不思議ねぇ~」と言った時の不思議にぴったりの単語はやはりない気がします.つまり英語という言語は,既に不思議は人間の主観的錯覚であることを知っており,それに相当する単語が用意されていないのではないでしょうか.

日本人にとって不思議とは,絶対に理解不能な世界であるべきで,わくわくしたり,恐れおののいたり,時に安心したり,とにかく侵すことのできない一種のサンクチュアリでしょう.ですから,不思議でもなんでもないよ,とそれについて説明することは,空気が読めていない行為かもしれません.

しかし.
「この世には不思議なことなど何一つない」のですよ.

不思議と感じることが多い人は,不思議が好きな人は,自分の世界に執着し,外部(他者やこの世界について)を理解したり説明したりしようとする意志が弱いということになるかもしれません.

不思議の世界(2)へつづく.

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オーベルジュ櫟屋(くぬぎや) :: 2009/05/12(Tue)

由布院で滞在した「オーベルジュ櫟屋」の記録です.本当に素敵なオーベルジュでした.


     

空間の様々な場所に,はっとさせられる美しさがあって,心が洗われます.部屋やダイニングからの借景も本当に素敵です.また部屋にはテレビもなく,ただただ一晩中降り続いた雨音と蛙の声が聞こえるばかり.そして朝はこの鳥越地区ならではの由布盆地の雲海.今回は朝に雨があがったため,下界だけが霧に霞んだ幻想的な風景を部屋から望むことができました.




こちらはディナーコース中の一皿.薄味で野菜やお肉そのものの味を大切にした料理ばかりです.器は,それぞれの料理に合わせて選ばれた和の陶磁器たち.都会のレストランとは一線を画す柔らかな風合いのものばかり...それから,忘れられないパンの美味しさ.夕食で出されたパンは,これまでで国内最高だという気がしております.軽くパリパリといい音を立てるも,全くぼろぼろと崩れ落ちないバゲット,日本ではなかなかお目にかかれません.もちろん香りも食感も素晴らしかったです.


      

こちらはオーベルジュに住まう猫さん...「今日は雨だねぇ~」といった感じで外を眺めているところです.^^ 夕食と朝食の時間はずっとダイニングで一緒に過ごしました.時々部屋に遊びに来てくれることもあるようですが,今回はお越しいただけませんでした.

離れには,オーディオルームがあります.と言っても,ハイテク武装された現代的なオーディオルームではもちろんありません.



テラスへと連続的につながる石床に直に置かれたアンプと英国のオールドスピーカー,KABER.ここで音楽を楽しむことができます.たくさんのCDの中から,一番上にあったシューベルトのソナタを選んでかけてみました.降りしきる雨音,鳴き続けるシュレーゲルアオガエルの声,そしてシューベルト...いい音,いい音楽は必ずしも静かな場所で聞かなくては勿体ない,なんてことないのですよね.生活の中に,身近にあることの何と心地よく贅沢なことか.

オーナー夫妻の心温まるもてなしと優しい笑顔とともに,本当に素晴らしい時間を過ごすことができました...リピーターが多く,インターネットではほとんど広告を出していないようですが,そうだろうと思います.過剰な広告は,テレビがないと文句を言う人を呼び寄せてしまうかもしれませんね.

由布院を訪れたらまた宿泊したいと思います.

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