日本について考えるブログ




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Sentir La Saison(センティール・ラ・セゾン)・紹介 :: 2009/12/29(Tue)

約2年ぶりに,Sentir La Saisonでランチをいただきました.

このレストランは,これまで訪ねたことのあるレストランの中でもとりわけ私の好みに合っているのか,訪れるたびに多くの刺激と感動をいただいています.今回もやはりこれまで同様,とても素敵な時間を過ごすことができました.札幌市の中心,地下鉄中島公園駅から徒歩数分の立地.

札幌を訪れて,カニやジャガイモやビールに飽きて,もしフレンチに興味がおありでしたら,是非訪れてみてください.ただし,ウェディングで貸切の時も多いので,電話での確認と予約をお勧めします.予算は全く高くありません.安くはないですが,首都圏の常識に換算したら,提供される料理の質を考慮すれば半額くらいじゃないかとさえ思います.

公式HP → センティール・ラ・セゾン

今回のランチコースから何品か抜粋して紹介します.料理の内容はスタッフの説明を聞いて後で書きとめたものであり,正確でない表現があるかもしれません.それと今回,写真が携帯電話のため画像がよくありません.ご了承ください.




こちらはアミューズ.京人参のムースの上にコンソメのジュレ.そこに生うに,さらに香りの強いネギ(品種不明)が3本添えられています.これは,まず何といってもコンソメが美味しい.濃厚なうにと合わせてこれらは「味」.京人参とネギは「香」.グラスの中でこれらのバランスが絶妙に調和します.これ以上言葉での表現方法がないのですが,アミューズの細部に至るまで感動をもたらしてくれるのがこのレストランの凄さ.当たり前のようで,ここまでのレベルはなかなかめぐり合えません.今回も期待に胸が膨らみます.




こちらは魚料理.アマダイのソテー.ソースはフランボワーズ,およびバター基調のソース.添えられているのは,キャベツで巻いたタラバガニ.サフランのリゾット.パプリカときゅうりのみじん切り,そしてサツマイモ(リゾットの下に敷かれています).キャベツとサツマイモが驚くほど美味しい.キャベツとタラバガニが,サツマイモが,サフランのリゾットが,もちろん主役と思われるアマダイも含めて,フランボワーズの酸味との調和をもってとても華やか.バターが重心の低さと料理全体の落ち着きを引き出しているように感じます.




肉料理.エゾ鹿肉の岩塩包み焼き.赤ワインとカカオのソース.野菜たちはスイートコーン,大根,人参,ブロッコリー,ラディッシュ,ジャガイモ(品種はおそらく,インかのめざめ?).エゾ鹿のお肉は初めて食べましたが,上質な赤身の肉という感じ.ソースは重めの赤ワインソースにカカオの香りがとても合います.そして地産と思われる野菜たちも歯ごたえと味がしっかりとしていて,こちらは魚料理とは違い,素材のよさをそのまま味わう料理だと感じます.




こちらはデザート.アロエとピンクグレープフルーツのスープにフランボワーズのシャーベット.飴細工が添えられます.このスープが絶品.グレープフルーツの苦味,アロエの優しい食感.シャーベットの酸味,ホイップのまったりとした重み,飴細工の質的な刺激,やっぱり出てくる言葉は「調和」です.プロフェッショナルの仕事には本当に魅せられます.と,改めて感じた次第です.


ちなみに今回,これら料理とあわせたワインは,魚料理までをソーヴィニヨン・ブランの華やかな白,肉料理をボルドーの赤.土や野草の香りの余韻を感じるワインで,鹿肉・根野菜ともよく合いました.妻はシャブリ地方の辛口の白.いずれもスタッフの方(イケメン)と相談してグラスで.私はワインは勉強不足で,ラベルの詳細までは記憶に残りませんでした...汗



****

以下は余談.

フランス料理の創造性.これは僕にとって本当に楽しいし,感動できるし,刺激と元気をもらいます.

僕は何はばかることなくフランス料理が好きだ,と周囲の人に言いますが,そうすると如実に嫌悪感を示す人がいます.あんなの,金持ちの娯楽だ,ナイフとフォークでかしこまって食べたって肩こるし,美味しくもなんとも無い,とか...まあ理由はいろいろですが,嫌いな人は嫌っていますね.ちなみに僕は金持ちじゃなく,平均的な市民ですけど...でそんなときは僕はこう言います.じゃあ,あなたは,長い修行を通して磨かれ身につけたシェフの感性や職人としての高い調理技術は全部嘘っぱちだと言うんですか?と...

そうすると,だいたい明快な返答は帰ってきません.苦笑 

そう,日本人は基本的に職人気質は大切にするんです.陶芸家とかピアノの調律士とか,寿司職人とか,,,みんな尊敬していますよ.すごい人たちだって...あまり馬鹿にする人はいません.フランス料理のシェフも同じなんですけど,なぜかそこは見落としている人がいます.そして食べる側からの視線だけで,贅沢は敵だ,と.フランス料理が好きだという人を目の敵のように言うんですが,それは見方が偏ってはいないでしょうか.

安いものにばかりお金を払っていては,本当に優れた技術や感性を持った人たちにお金が回りません.私たち一般市民がお金を払って買い物をするという行為は,一種の投資です.何も株をやることだけが投資ではありません.私たちがもし職人の高い技術や感性に敬意を持ちうるなら,そうしたものに投資をするべきです.現状,すごい人たちよねぇ,などと持ち上げはしても,一銭も懐からは出さない.これが日本の一般的なスタンスになっているようで残念です.確かに,いきなり数万円の寿司を食べてもその価値は分からない.だから分かるために勉強する,自分の感性も磨く,自分も成長する.そして,理解できたとき,感動できたときに,その人の人生には彩りが添えられ,同時に寿司職人にとっても本当に喜びを感じられる瞬間となる.確かに何に対しても高額のお金を使うことは到底無理ですが,少なくとも「あんなことに金を払って贅沢するなんて無意味,馬鹿馬鹿しいことだ」などと言うことは,その道のプロフェッショナルに対する侮辱だということを理解して欲しい.

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柿とヨーグルト :: 2009/12/22(Tue)

食材同士のシンプルな出会い.今回は柿とヨーグルト.よく合います.





お酒と食材の間には互いを引き立てあう組み合わせというのが確かにあります.日本酒だったら,新鮮なイカごろ陶板焼きとか,加賀の冶部(じぶ)煮が僕の人生の中では心に残る名コンビ.もちろん,食べる場所や作る人,日本酒の種類によっても変わりますけども...一方ビールならば,やはりソーセージとザワークラウトは黄金のトライアングル.

ワインの世界はもっと複雑で,地方・作り手・葡萄の品種・ヴィテージ等によって実に様々な方向性のワインがあり,どういう料理が合うかというのは,なかなか型にはまりません.よく料理とワインの「マリアージュ」という言葉で語られ世界です.深みにはまっていくと抜け出せなくなります.例えば「ブルゴーニュの軽めの赤と塩茹でホワイトアスパラガス」とか,「酸が強めで余韻が長いシャルドネとマダチの天ぷら」とか,そういう世界です.

お酒と料理の間だけでなく,食材同士にも同様の相性があります.例えば,椎茸とベーコン,ツナとマヨネーズ,鱈とチーズ,とかそういう感じ.ご飯と味噌汁も相性はとてもいいという気がします.こういう相性の中で,まだ誰も発見したことのない組み合わせはないものかと探すのは僕の密かな趣味で,暇があればいろいろ妄想するのですが,実際に試すところまでやるのは,期待の大きさとモチベーションとタイミング次第で,まあなかなかやれません.誰も発見していないとすれば,やはり違う国,違う地方の食材同士の意外な組み合わせということになります.それは常に念頭に置きつつ...

ということで,今回の発見は柿とヨーグルト.

甘い柿にプレーンヨーグルトはとても相性がいいことを発見!試したことない人は是非一度お試しあれ.

しかし,先ほどネットで調べてみると,この相性は既にかなり広く知られている模様...うーむ,やはり食材がありふれすぎていたのか...しかも柿は特に日本だけの食材ではないし,海外でもなぜか「kaki」という名で売っていたりする.あちらでは肉料理の付け合せに出たりもするkakiですが,ヨーグルトとの相性は知られているのだろうか...

そういえば,以前に報告した桃とコリアンダー(パクチー)(→こちら)を思い出しました.これは本当に意外だったので鮮烈におぼえて,インパクトでこっちの勝ち.この組み合わせを超える発見は次はいつになるやら...

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Pirelli WINTER ICECONTROLとアルファ147(2) :: 2009/12/20(Sun)

Pirelli WINTER ICECONTROL(ピレリ・ウィンターアイスコントロール)の雪上・氷上性能のインプレッション。このタイヤで雪上を気持ちよくハイグリップを感じて走ることはできません。なぜなら、本来雪上はそういう場所であり、それをタイヤが伝えてくるからだと思います。

今年の札幌は根雪が遅れていましたが、ようやく本格的な雪のシーズンに突入です。これまでにひととおりの雪道を経験しましたので、このタイヤの雪上での感想を書き残したいと思います。

市内走行ではほとんど何も分かりません。つまり他の主に国産スタッドレスタイヤ(すべてのブランドを経験しているわけではありませんが)と変わらないと思います。プジョー206のBS・REVO2と比較しても遜色なしです。完全に同じコンディションで比較できないので、これは感覚の問題ですが、経験的に滑りそうかな、と思ってもほとんど滑ることはありません。

ということで、本格的な郊外でのインプレッションを報告します。場所は札幌近郊の中山峠、喜茂別側の下り、および登りの2車線路での走行。僕の中でこの道は、やはり札幌近郊の中では「試される道路」でして、少しでもペースアップすると、車の持つ弱点とかタイヤの限界なんかが分かりやすく、いろんな情報取得ができる貴重な道路です。と同時に事故も多いので気をつけなくてはいけませんけども。。。





昨日は、真狩の名水豆腐を買いに中山越えをしました。中山峠の気温はー6度。路面は典型的な圧雪アイスバーン。

結論としては、やはり雪上での安心感はBSが上だと感じました。はっきりと差を感じたのは一点。ピレリは雪上での旋回開始時の応答が少々曖昧であり、穏やかに変化しないということ。ゆっくりとステアリングを切っていくと、車の旋回がワンテンポ遅れてやって来る。それが多少唐突なため、アンダーステアかと思ったら転じてリアがルーズになっているような、奇妙な錯覚・危うさを感じる時があります。これはタイヤのブロック剛性が高いためかもしれません。もちろんこれは低ミュー条件での弊害。そういう条件では、操舵角の微妙な変化に対して正確な応答が得られないようです。まあただ、一般レベルでは大して気にならない程度のことで、FF、FRでも少し違ってくるかもしれません。





直線でのトラクションの乗り、制動性能は全く不安を覚える要素は見当たりません。全くに現代水準だと思います。特に中山峠喜茂別側の登り追い越し車線では、低速ギアでしっかり加速しても、一度たりともトラクションコントロールの介入はありませんでした。これは車が実は非力でかつ重いからかもしれませんが、いずれにせよ好印象です。まとめると、このタイヤの雪上性能は、縦方向の変化に強く、横方向の変化にはちょっと不安がある、という印象です.

うーん、これはとてもいいタイヤじゃないですか!!笑 というのも、コーナー手前でしっかり減速し、旋回するというドライビングの基本を雪上でもしっかりと行いなさい、とタイヤが教えてくれているようなものです。いや実は、最近のスタッドレスは性能が上がりすぎて、中山峠でもけっこうびゅんびゅん飛ばす車が多く、私なんかすぐに登坂車線に追いやられます。日本のスタッドレスタイヤの雪上性能が向上しすぎて不安なく飛ばせてしまうんです。特にここ北海道のような低温路では思ったほども滑りません。しかし、何かの拍子に滑ってしまうと、すでにぎりぎりの性能を使って走っている車は一瞬にしてコントロールを失います。そして事故が起こるのです。タイヤは常にドライバーに路面の情報を伝えるという使命を負っています。それを忠実に行うのはやはりピレリの方だと思います。路面のミューにしたがって、旋回初期の応答が変化します。つまりあまり滑らない場所ならアスファルト同様の振る舞いをし、けっこう滑る場合は応答が悪くなります。それでドライバーは路面の状況を把握できます。また大切なことは,おっと滑りそうだぞ、とドライバーが思ったとしても、実際はそこまで滑るわけではない、ということ。これを中山峠で体感しました。慣れてくれば同じじゃないかという意見もあるかもしれないですが、やはりこの応答の不自然さは、ドライバーの本能にスピードを落とせと促してくるように感じます。。。

ということで、Pirelli WINTER ICECONTROLの性能を総括すると、ドライ路面の性能は夏タイヤ同等の剛性を確保し気持ちよく走ることができ、雪上ではアスファルト同様の走り方をすることはできない反面、積極的に路面情報をドライバーに伝えてくれ安全運転を促すタイヤだという印象です。

自動車というものは、思い通りに気持ちよく走れることは魅力のひとつですが、それを機械やそれを構成する部品に全て任せてしまうと、大きなリスクが生まれています。しかしそれは気付きにくいものです。そういうリスクを明らかにすること、そんなメッセージがこのスタッドレスタイヤの振る舞いから伝わってきます。そう、やはりコントロールするのは人間であり、その媒介者がタイヤなんです。タイヤが高性能だから安心よね、なんてことは絶対にありえません!!

さて,スタッドレスの市場にはミシュランX-ICEという真打が存在しますが、ピレリがどんなタイヤなのか見えてきただけに、X-ICEが実際いかなるタイヤなのか非常に気になるところです。レンタルスタッドレスなんてあったら、すぐにでも試してみたい。笑

関連記事:http://erisabeth.blog123.fc2.com/blog-entry-301.html

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  1. アルファロメオ147
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オバマ大統領のノーベル平和賞受賞演説 :: 2009/12/14(Mon)

オバマ大統領のノーベル平和賞受賞演説に感銘を受けました.


ニュース:
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091210-00001484-yom-int
日本語訳:
http://www.asahi.com/international/update/1211/TKY200912110021.html
英語原文:
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/139998

オバマ大統領がノーベル平和賞受賞に値するのか,という議論は世界中でなされており,今も渦中の人,かもしれません.確かに,何をしたというのか,と問われると,まだ何もしていないのかもしれませんが.

そもそも受賞理由は何だったでしょうか...ちょっと改めて確認してみると,

・大統領としての立場で国際政治の中で新たな機運を作り出した.
・国連やその他の国際機関の果たし得る役割を主張したおかげで,多国間外交は中心的な位置を取り戻した.
・最も困難な国際紛争を解決する手段として,対話と交渉が優先されるようになった.
・核なき世界の理念は,軍縮や軍備管理交渉に力強い刺激を与えた.

などが受賞理由として挙がっています.すなわち,何か大きなことを自ら成し遂げたから,ということはそもそも受賞理由にはないのです.「機運を作り出す」「位置を取り戻す」「優先されるようになる」「刺激を与える」という言葉たちからそれは明らかです.

そういう意味では,あのアメリカ大統領のポジションに,今年の4月のプラハにおける核廃絶演説のような考えを提示できる人が座ったのだ,というこの事実に重たい意味があるように思います.プラハ演説のような考え方を持ち続けつつ,なおかつあのアメリカという国の大統領選を勝ち抜いたということが,ノーベル平和賞受賞に値する彼の成しえた偉業なのかもしれません.


今回のノーベル平和賞受賞演説のテーマは,これまでのノーベル平和賞受賞者が発した言葉達とは一線を画すものがあります.それは言うまでも無く,「正当な戦争は存在する」と彼がはっきりと言ったことです.すなわち平和を目指すからこそ,戦争をしなければならないことがある,なぜならこの世に悪は確かに存在するからだ(Evil does exist in the world),と言い切っています.これは一貫したアメリカの思想であり,そして彼は大統領選中には決して口にはしていなかったことです.

日本人はちょっと勘違いしそうなポイントが多いので,少しばかり補足をします.

まず,日本なら「悪は絶対に存在する」よりも「本当に心の底から悪い人などいないはずだ.」という考えの方が賛同を得やすいかもしれません.だからオバマ氏の悪は確かに存在する,という言葉は,いかにも正義感をちらつかせ敵を作って戦いを挑むかのような,日本人が描くアメリカ像に近く,嫌われるイメージが付きまといます.

しかし実際は,バラク・オバマ氏の言っていること(≒アメリカ合衆国の思想)は,極めて現実主義的だというだけです.(そういう意味で常に日本人は理想主義に対して寛容であり,アメリカ人は現実主義に敏感なのかもしれません.)こう考えるとどうでしょう.例えば,来年の2010年,日本の殺人犯罪件数が0件になることはありえますか?ほぼ絶対にありえないじゃないですか...悪が存在する,という意味はこういうことと同義だと感じます.また,日本人は「悪」というと,悪いことをする「人間」を指していると思いがちですが,「evil」は人間ではありません.人間に大量殺戮を企てるように心を変容させてしまう邪悪な何か,つまり「悪魔」のイメージです.(「災難」「不運」というようなニュアンスさえ持つ単語です.)神と対を成すものであり,これは概念的なので,消えてなくなるものではありません.人間の心から悪魔が立ち去れば人は更生するかもしれないけど,それは悪という概念がこの世から消えたことを意味するわけではないのです.邪悪なものに魅入られてしまった者に言語や交渉は通じません.だからテロリズムは必ずしもアメリカが関与していない場所でも起きていますし,来年も日本でたくさんの殺人事件が起こるのです.だから,オバマはevilは存在すると断言しているのです.そして,邪悪と無縁であるはずの人々の多くの生命が現実に危険にさらされている時があるなら,アメリカは武器を取り,できる限り回避しようとする.それが正当な戦争なのだ,と言っているのです.

しかし,これで終わっていたら,まあ一種戦争を正当化して肯定するだけの「なんじゃそりゃ演説」になってしまったかもしれませんが,彼の演説の中にその対立概念,つまり理想主義も明らかに存在しています.これが今までのアメリカ大統領には無かったことです.

彼は平和を求めるための戦争はある(正当な戦争は存在する)と言いつつ,演説の中でこうも語っています.

「いかに正当な戦争であっても戦争は人間に悲劇を必ずもたらしている.兵士の果敢な犠牲は栄光に満ちているが,だからと言って戦争そのものに決して栄光などなく,決して戦争をそのように持ち上げてはいけない(But war itself is never glorious, and we must never trumpet it as such.)」

「私たちが行うべき挑戦は,一見相容れなさそうに見える二つの真実を,何とか共存させ調和させた状態を構築することだ.つまり戦争は時に確かに必要であるが,一方で戦争はある意味で人間の愚行そのものが表出したものである.(So part of our challenge is reconciling these two seemingly inreconcilable truths -- that war is sometimes necessary, and war at some level is an expression of human folly.)」

彼は,この演説を堂々と,しっかりとした言葉で明朗に行いました.しかし一方で,演説の意味するところは混迷と矛盾と葛藤に満ちています.これほど曖昧で確定的結論の無い演説を行ったアメリカ大統領はこれまでにいないと感じます.これはしかし,彼という人間の存在している立ち位置をはっきりと示し,そこに起因している演説だったことを僕は感じずにはいられません.すなわち,彼は黒人でもあり白人でもある.「現実」を受け入れることができる「理想」主義者でもある.アメリカ合衆国の大統領であり,1人の人間でもある.戦争を行っている当事者でもあり,ノーベル平和賞受賞者でもある.多くの価値観,立場,感情,を一人の人格の中に受け入れ,全てを理解しようと努力し,そこに立ってなおいまだに考え続けているオバマ氏の姿が僕には見えます.彼という人間がアメリカの大統領に選ばれ,今こうした言葉を発しているということは,確かにノーベル平和賞に値することなのかもしれない,と今にして思うのです.

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なぜ二位じゃ駄目なんでしょうか :: 2009/12/10(Thu)

二位では駄目な理由.それは,一番ではないから.一番だけが勝者だから.一番だけが名誉なことであり,一番だけに許された勝利の美酒が待ち構えているから....でしょうか.

事業仕分けで盛り上がっていた日本ですが,科学研究費予算の縮小は,科学で飯を食っている自分としては,直接的に研究活動に影響を及ぼすため,考えるべき部分が多くありました.

基本的に僕は,科学研究費の中に無駄がないなんてことは決して言えないと思いますし,縮小に賛成です.しかし「資源と土地の無い日本は科学技術の力で生き延びているのであり,そこから資金を引き上げることは長期的に日本の衰退を意味する」という意見も理解しています.ただ,個人的にはあまり国家という「枠」が好きではないので,国益の重要性は理解しつつも,どうもそういうことに興味は湧きません...今やっているCOP15の国際会議の場の映像などを見ていると,特にそう感じます...僕は国際学術会議に参加すると気持ちが明るくなり,元気が出ます.僕はあの人種や価値観の壁を越えて人々が対話する雰囲気が好きです.

話が脱線しました.

ところで,事業仕分けで印象深かったのは,理化学研究所の次世代スーパーコンピュータ予算でのやりとりです.確か,世界一でなければ意味がない,という見解に対して,仕分け人が「世界一になる理由は何があるんでしょうか.二位じゃなぜ駄目なんでしょうか?」というようなことを聞いたんです.興味深かったのが,それに対する明瞭な回答を担当者が出せなかったことです.

一番になることで,日本のスパコン技術を世界に知らしめ,強いインパクトを与えることにはなるかもしれませんが,この業界は常にいたちごっこなので,またすぐに追い抜かれます.この抜きつ抜かれつの世界競争を触媒しているものは,おそらく人間の競争心,名誉欲のようなものであるだろうし,抜きん出ることへの浪漫,勝利の美酒に酔いたいという欲求.それらこそが,一番じゃなきゃ駄目な本当の理由だろうと思います.

だから,「競争心と名誉欲が二番であることを容認しません.私たちは本能的に一番を目指しているのです.サッカー選手がワールドカップで二番じゃなく優勝を目指すのと同じです.だからお金をください.」が仕分け人に言うべき隠された答えだったんじゃないでしょうかねぇ.笑 しかし,こんなことはあの仕分けの場では言えませんよねぇ.だから答に窮するしかなかったでしょう.確かにこれはスポーツじゃなく,限られた国家予算をどう使うかの話.そして社会情勢も考えなくてはいけないでしょう...

それでも予算縮減される当事者は憂慮しているようです.ノーベル賞やフィールズ賞受賞者も巻き込み,科学者は今回の事業仕分けに対して緊急声明を発表し,政府に抗議しましたし,また芸術分野でも,日本オーケストラ連盟などが抗議を行い,予算削減を見直すように求めています.

この状況は一般的に日本では混乱を招いておりよくない状況と思われがちですが,僕は悪いことではないと思います.今までではありえなかったことなのです.これまでの日本なら,もし予算削減するなら,うまいこと根回ししてさりげなく減らしていたんです.それがこのように公の場で削減を示唆されて,当事者団体から公に抗議が行われることはむしろ健全だと感じます.多くの人々が,なるほどそうなのかと中身を知る機会が増えますし,いろんな意見が生まれてくる土壌を育むことにもつながりうると感じます..

民主党政権になって,一時的に日本が混乱することは必至かもしれませんが,未来に新しい風を吹き込みたいと国民が欲しているのだとしたら,この混乱はやがて来る未来への過渡期,になると期待したいです.

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  1. 社会
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能動的三分間 :: 2009/12/06(Sun)

素敵な時間180秒
心地よい

それを求めて
多くの事変ファンが繰り返し聴いているだろう.

しかし・・・

それはいかがなものか,とこの曲はおそらく言っている.


  三分間でさようならはじめまして


何度も聴く行為は受動的だろうか?
うん,そうだろう 
ある種の依存症
与えられるもの
洗脳
新しい自分に出会うためには邪魔なものかもしれない


  音楽のキキメは長い


一錠の服用で薬効は継続する
三分間で充分だ

三分間で何をする?
三分間でどれだけのことができる?
模索しよう
時間を無駄にするな
そのために


  Come back to life(生還せよ(現実世界へ戻ってこい))
  and be high(昇天せよ(気分を高めろ・元気をだせ・高貴であれ))



****


「能動的三分間」には秒殺ならぬ,
180秒殺.

時計の秒針と全く同じ速度で刻むビート.
90小節で完結するこの曲.
ただ3分にきっちりと合わせたという作為を感じない.
予定調和の凄み.
(もちろん,素人の自分には感じられない計画はあるのでしょうけども)





****


英語による重要な示唆を含むイントロダクションが終了し,

  遣る瀬ない沙汰止みを
  溜息にしにて無常

重たい和語が放たれる
瞬時に八ッ場ダムを思ってしまった自分・・・
そこに師匠のベースが重なる

悲観者達(保守派)への1番


  寄る辺ない現し身を
  使い古して無常
 
明日食べるものにさえ困る人々が増える日本
どこに悪者がいるだろうか
怨親平等

思考が足りないと本当は危ない
破壊が目的ではないはず
まずは時限爆弾のタイマーを切ること

改革者達への2番


****

考えすぎを承知で,
でも少し不安です
まさか東京事変は解散か,と思ったもので...


()はPVでの日本語字幕
(())は即席の僕の意訳

  I'm your record, I keep spinning round
  But now my groove is running down
  (我々は使命を果たしたと思う,しかし始まったものは終わる・・・)
  ((私はあなたのレコード,ずっとまわり続けたけどもう疲れてしまった))


  Don't look back brother get it on
  (決して振り返ってはいけない,任務を全うせよ)
  ((くそっ,振り返るんじゃねぇ,新しいことを始めるんだ))

  That first bite is but a moment away
  (幸せな1口目が待ち構えている)
  ((そう,その素敵な一口目さ,でもすぐ過ぎ去ってしまうその最初の一瞬))

  When I'm gone, take your generator, shock!
  Raise the dead on your turntable.
  (我々が死んだら電源を入れて,君の再生装置で蘇らせてくれ)
  ((私が死んだら,再生装置を取り出し電源を入れろ,そして屍を蘇らせてくれ))

  Up,up and away!
  (さらばじゃ)
  ((そして駆け上がれ!新しい世界へ飛び出して行け!))


最後の英語詞につけられるPVの日本語字幕は必ずしも英語の意味と一致していません.似ているけど...僕のネイティブ英語の経験・知識不足のせいもあるけど,up, up and awayが「さらばじゃ」の意味にしてしまってもいいのかなぁ.しかも私じゃなく我々って,いったい....

でもまあそうでしょう.疲労困憊だと思います.ファンの期待に応えつつ,自分たちの表現を音楽に託し,創造していくことってとても大変に違いない.(これは「凡才肌」でも歌われています.天才なんかじゃない,と.)バンドだから違う個性的な個人が集まっているわけでそれはもっと大変.レコード会社との不協和音もあるかもしれませんし,売って収入を得なくてはいけない重圧もあるんだろう.だからやめてしまいたい,疲れたと感じることはあるんだろうなぁ,と想像する.

で,解散かと不安になったのですが....

よくよく見ると,カップリング曲のタイトルが「我慢」!

少し安心しました.

でも疲れたら無期限のリフレッシュをとってください!僕は新しいことに挑戦し,新しい感性を磨くために旅を続けます.能動的に.そしていつでもまたこの曲を聴きます.何度でも僕の再生装置で蘇らせます.


(以上,あくまで勝手な暴走気味の感想と解釈...)

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MTとATの話(2) :: 2009/12/03(Thu)

僕がMT車が好きな理由.それは,MT車の方がより自分が能動的でいることを許容してくれるように感じるから.

MTとATの話(1)からの続きです.

僕は車はATよりもMTが好きですが,それはまず何と言ってもシフトブーツです.つまりシフトブーツフェチ?? あの,ぐしゃぐしゃした感じが好き.じゃばらタイプもたまにありますが,やはり僕は柔らかく,ぐしゃっとした感じの皮質感のブーツが好き.初めて見るMT車のインテリアでは必ずブーツに目が行ってしまう...





ま,それはいいとして...

MT車を選ぶ理由.それは,自分が自動車を運転するに当たり,相対的にATが不自然でMTが自然に感じるから.この理由につきます.

僕にとってATはとにかく気持ちがよくありません.これはもう完全に少数派の意見なんだと思いますが...

まず,ブレーキペダルを放すと,アクセルペダルを踏まなくても勝手に進み始める,あのクリープ現象というのは未だに慣れません.いや別に事故りそうになったりするわけじゃないし,慣れていると言われれば既に慣れてはいるでしょうけど,しかし未だに「不自然」に感じる感覚を払拭することができません.ATに搭載されるトルクコンバータという装置は,走行モード(Dレンジ)においてエンジン出力を機械的に切断できません.故に常にタイヤに動力が伝達されており,Dレンジで車が停止している時にはフットブレーキでその動力を殺しているわけです.この間,エンジンから伝達された動力はトルクコンバータ内で全て熱になってしまいます.こういう「成り立ち」と,それに付帯して起こる現象がどうも僕の心のもやもやを掻き立てるようです.止まる瞬間や動き出す瞬間にブレーキから聞こえるゴゴっという音がなんかもそうです.

トルクコンバータというのは,一種の「流体クラッチ」.剛体同士の歯車がかみ合った1:1対応の関係ではありません.エンジンの回転数とタイヤの転がる回転数が一義的に決まらない.だから停止中にエンジンが止まってしまうこともないし,同じ速度でもいろんなエンジン回転数で走れます.これがまたどうも生理的に気持ち良くないのです.まあただ,これはトルコンの味付けの問題,でしょうか...プジョーのオートマでそんなに違和感を覚えなかったのは,アクセルを戻したらすぐに前かがみになりエンジンブレーキがかかるところや,エンジン回転数が落ち込んで空走に近い状態にならないセッティングのおかげかもしれません.エンジンとタイヤが常にしっかり接続されているというのが,どうやら僕は安心できるようです.

ギアチェンジの操作が何より好きなわけでもないし.クラッチペダルがなければいけないとも思っていません.それでもやはり,MT車を運転する方がAT車よりも僕にとっては自然だと感じます.運転することが,より能動的な行為に感じる.車を走らせているのじゃなく,自分が走るために車を使っているという感じが好き.ギアチェンジという操作がマニュアルになるだけで,決断するべき要素が多くなるわけで,それはつまり運転スタイルを自分で作っていけるということにつながる.そう,自分の運転スタイルを!気分によって季節によって目的によって,運転スタイルを相当にガラリと変えられるのもMTの魅力であり,それも僕がMTが好きな理由のひとつです.

そういえば,僕は初代プリウスを運転するのはけっこう好きでした.いつどのタイミングでBレンジに入れるか,という面白さ.運転のスタイルもかなり広くアレンジできたんじゃなかったかと記憶しています.かように,ペダルは二つか三つという現在の選択肢であれば僕は3ペダルが性に合っているようですが,全く違う価値観の自動車が生まれてきたら,それはそれで夢中になってしまうかもしれません.これから増えてくるだろう電気自動車なども,ただ電気で動きますだけじゃなく,何かこうくせのあるスパイスがかかっていたら,きっと面白いだろうなぁ,あなどと想像してしまいますが,果たしてどうでしょうか...

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