日本について考えるブログ




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勝ち戦 :: 2010/02/26(Fri)

今,僕の研究室の学生たちは就職活動一色だ.この就職難だから苦労は計り知れない.それに,これまで経験した受験や入学面接なんかとはかなり様相の違う就職活動というものに,戸惑いだってあるだろう...

しかしこれだけは忘れないでほしいと思う.選んでいるのは相手だけではない.君たちも企業を選んでいるんだ.互いに選び合ってベストパートナーを見つける.自分の味を活かせるそんな人々と出会う.それができる時間が今流れているということ.そのためには自分を知らなきゃいけないし,意見を持たなきゃいけないし,相手を知る能力だって必要になる.だけど,それは素晴らしいこと.生きてる実感が湧いてくるはず.そうすれば,その先に勝利が見えてくると僕は思う.


東京事変の4thアルバムが出た.待ちに待ったニューアルバム「スポーツ」.

これまで,事変のアルバムは「教育」「大人」「娯楽」と漢字二文字できたので,今回の「スポーツ」は「運動」とジャケットに書いてあるんじゃないかと思っていたのだが.....


....「競技」だったか.(爆)..たしかにスポーツは「運動」じゃないか.


「勝ち戦」がいい.なぜか苦労している学生たちを見ていると,面接官に僕は「このやろう,お前ら見る目ないだろう?」と言ってやりたくなる.そのために書かれた曲なんじゃないのか?なんてね...笑

ちなみに以下は和訳なんてものではないので...正確な意味,僕もよく分かりません.たぶん林檎さんは日本語にならないから英語で書いているのだろう.ちなみに(ここでは)「お前ら」は面接官のこと.笑




No one knows how I live my life
(誰も俺がどんな人生を送っているかなんて知らねえくせに)

'cause I don't belong to anywhere
(俺は何にも属してないんだぜ)

No one knows the truth inside me
(ああそうよ,こんな面接くらいでお前ら俺の中の真実を見抜けはしないさ)

don't know the fever that's so deep in me
(俺の中にある燃えたぎるもの,お前らには分からねえだろう? 
だってそれは俺の中のずっとずっと奥にあるんだから)

come on give me fever
(熱いものをお前らは持ってるか?
あるなら俺にくれてみろよ)

I want the shock to see how much you kill my mind
(お前らのせいで俺は自由にやれねえ.
だからこそ,お前らは俺のこと分かりっこねえってことさ)

won't you go for your life
(お前らも自分の人生歩んでいるんだろう?)

Fever....Burns on a brand-new-day
(俺は,熱い火傷するようなわくわくする毎日を送ってるよ)

No one knows what's your struggle
(ああ,もちろんだとも.お前らの苦悩も誰も分かりゃしないだろうさ.)

'cause you are in the air
(だってそんなことわざわざ考えないだろう?)

don't care 'bout your values till U die'
(お前ら,自己評価なんてくだらねぇことは死ぬまでやるな,って俺は言いたい)

between reality and dreams, there's right
(追い求めてる夢,それから今ここにある現実.
俺はいつだってその間で暮らしてるんだよ.
でも,それこそが正しいって,俺はいつでも思ってる.)

      「勝ち戦」より
       (英詞:椎名林檎)



みんな,頑張れ!
勝ち戦だ!



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  1. りんごさんのことば
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春菊と筍と生ハムと柚子胡椒のサラダ :: 2010/02/22(Mon)

筍と生ハムと春菊の組み合わせが素晴らしい.柚子胡椒風味のドレッシングで食べるサラダ.

このサラダは創作ではなく,ずいぶん前にスーパーマーケットでもらったレシピに載っていたもので,とても美味しかったと記憶している.メモを頼りに少しアレンジして再度作ってみたが,やはりこれは相当に素晴らしい一品に違いない.

このサラダは,やはり春菊が主役である.春菊は香りが強い.そしてそこに筍,さらには柚子胡椒の香りとくれば,相当にとがっている.刺激過剰だ.しかし相性は悪くなく,どの食材の個性もうまく同居している.全体をマイルドにまとめる役割は生ハムとオリーブオイルが担う.これはなかなかに素晴らしいサラダだ.ただ,このサラダは脇役じゃなく料理の主役になる.パスタや肉料理や,けっこう重いと思ったメインディッシュを押しのけるほど強烈.それ故,全体のバランスを考えると難しい一品.いわゆる「サラダ」扱いはしないほうがいい.





材料(4人前):
(具材)
・筍水煮・・・・・・・中1個
・春菊・・・・・・・・二束ほど
・インゲン・・・・・・お好みで
・ミニトマト・・・・・お好みで
・生ハム・・・・・・・5枚ほど
・塩・胡椒・・・・・・適量

(ドレッシング)
・オリーブオイル・・・・・・・・・・・・・おおさじ2
・酢(米酢もしくは白ワインビネガー)・・・大さじ1
・醤油・・・・・・・・・・・・・・・・・・小さじ1
・柚子こしょう・・・・・・・・・・・・・・香り付けに少々
・塩コショウ・・・・・・・・・・・・・・・適量

レシピ:
・筍を薄切り.軽く塩コショウをふってオーブントースターの上で焦げ目が付くくらい焼く.
・生ハムを適当な大きさにちぎる.
・インゲンは塩茹で,適当に切る.
・春菊は傷んでる葉先などを取り除き,ちぎって水に浸す.しゃきっとさせる(重要).
・ドレッシングを作る.泡だて器などでよく混ぜる.
・具材とドレッシングを和えて,盛り付ける.


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  1. 食/ワイン
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死刑の意義は何だろうか :: 2010/02/14(Sun)

僕は死刑存続には賛成ではないが,難しい問題だ.

宮城県石巻で本当に悲惨な事件が起こった.

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100214-00000060-san-soci

被疑者は未成年なので死刑判決は出ないかもしれないが,日本の常識では死刑に値する重犯罪であり,多くの人が18歳だからといって死刑にならないのはおかしい,と考えるだろう.

そういえば,最近の内閣府の調査によると,85.6%の人が死刑制度の存在を容認すると答えている.例によってどのような質問内容なのか分からないが,「死刑について、「場合によってはやむを得ない」と容認する声が85%を超え、否定的な意見を大幅に上回っていることが6日、内閣府の発表した「基本的法制度に関する世論調査」で分かった。」となっている.

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100206-00000537-san-soci

****

死刑というものは,民主主義の根幹でもある人権,つまり生きる権利を侵害する残酷かつ非人道的な刑罰,と言っても言い過ぎではない.どんな犯罪人であっても生きる権利はそこに人間として存在していることで生じている.だから,人権という考え方が成熟すれば,死刑というものは存在する余地がない.

現在,民主主義国家において死刑が存在する場合,学問的視点では「予防」の効果によって存続していると言える.重犯罪者にも人権は存在するが,それよりも犯罪予防という社会の利益を優先する考え方である.

予防にはふたつの意味がある.まず第一に抑止力である.重い犯罪を犯せば,死刑になる.「死」は特別なものだ.懲役刑とは比べ物にならない.「こんなことしたら死刑になるかもしれない」として犯罪を思いとどまらせるのだ.本当に思いとどまってくれれば社会にとっては利益がある.次に,矯正が不可能である犯罪者を死刑によって排除することにより,その犯罪者が将来起こすかもしれない次の犯罪を予防するという意味づけもある.しかし,これらふたつの死刑存在意義は,人権的視点から見ればもちろん大きな齟齬がある.相容れないのだ.

一方,市民レベルで死刑の存在理由を考えると,実は上記のような学問的な視点とはかなり異なっていることが分かる.

日本の一般市民が死刑は存在すべきと思う場合,だいたい報復論的である場合が多い.「人の命を奪ったら命をもって償うのが当然」という考え方だ.目には目を,歯には歯を,だ.究極的には,一人殺せばもう死刑でいい,と思っている人も中にはいる.また,被害者感情を考慮すればこそ死刑は必要だ,という考え方も多い.確かに,被害者の家族が会見などで「極刑(死刑)を心から望む」と言っている場面を見る.重たい犯罪の代償として犯罪者には死んでもらいたい,死をもって償ってもらいたい,死という苦痛を味わってもらう以外に私の気持ちは治まらない,という思想が強固にある証拠だ.これは敵討ちの思想ともいえるかもしれない.国民の多くがそう思っているのなら,死刑は存在して当然かもしれない.

基本的に僕は死刑には反対だ.以上見てきた死刑の存在理由のどれもが僕にとっては意義を見出せないからだ.

まず抑止力はほとんどないだろうと思っている.例えば中国などでは麻薬を扱っただけで死刑になったりするが,これは多少抑止力があるかもという気がする.何せ麻薬だけで死刑?超リスキーだから止めとこう,とか思うかもしれない...しかし日本は麻薬に対して死刑はない.一方,日本で死刑に相当する無差別殺人や私利私欲に基づく悪質な殺人事件など,死刑になるかどうかを考えた上での行動ではないだろうから抑止力があるとは思えない.むしろ,散々人を殺して自分も死刑になって人生終わりにしよう,などと思っている犯罪者もいるようだから,その場合は意味が逆になってしまう.

予防論に関しては,いささか強引だろうと僕は思う.再犯の可能性など誰にもわからないし,終身刑があってもいい.また冤罪のリスクや人権思想を考慮すれば,やはり予防のために死刑執行によって社会から犯罪者を削除するのはちょっと強引過ぎると思うのだ.

報復論は僕にとってはどうしようもない.これは価値観・思想の問題なので僕には分からないからだ.よく「あなたは家族が殺されたことないから死刑廃止なんて言えるのよ」などと言われるが,いやそれは違う.もし仮に家族が殺されても,今のところ,僕はその殺人犯に死刑になってほしいとは思わないと自信を持って言える.犯罪者が死刑になって死んだら,すべてが終わってしまうようで空しく,納得できないだろうと思うからだ.僕はその犯人に一生「お前なんてことしてくれたんだ」と言ってやりたい.そのほうが何かし意義を見出せる.まあそれは不可能かもしれないが,犯罪当事者が生きていれば,犯罪心理の研究者が凶悪犯罪がなぜ起こるのかを調べる材料にもなるかもしれない.それによって将来の犯罪件数が少しは減らせるかもしれない.また,生きて服役して労働をとおして社会に少しでも何か還元してほしいとも思う.それから上にも書いたように,最近は死刑を望む凶悪犯罪者もいる.さっさと死刑にしてくれと望んで死刑になるなんてされに馬鹿げている.とにかく,僕にとっては犯罪者が死刑になっても,だからと言って何も解決しないようで空しいのだ.もし家族が殺されたとしても,殺され損と思うことになるだろう.

死刑を別の角度から考えた過去記事です → 死への恐れ・憧れシリーズ

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  1. 社会
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アバター :: 2010/02/11(Thu)

話題のジェームズ・キャメロン監督最新作「アバター」の感想(3Dは吹き替えだったので,2Dで字幕版の感想です).

どうも最近「アバター」が非常に気になっていた.理由はいくつかある.まず,世界最高の興行収入を記録した映画がいかほどのものか,という漠然とした興味.また,今回は宇宙人が善で人間が徹底的に悪役らしいということで,いったいどんなストーリーなんだろうか,そしてどう解決するのだろうか,という興味.そして最後に,遠い異世界の惑星(実際は僕の勘違いで衛星でした)の景色・生き物の姿が最先端のCGでどのように描かれているのだろうか,という興味.だいたいこの三つだ.基本的に僕はSF・CGという言葉に弱い.なんだかわくわくしてしまい,どんな映像なのか見たくなってしまう.

感想を正直に書くと,ちょっと残念だった.残念の意味は,ストーリーも映像も,期待していたものとは違った,という意味でだ.ストーリーに関してはそもそもあまり期待してなかったのだが,映像はけっこう美しくて刺激的かもしれないと思っていたのだが,そちらも少々期待はずれだった.今回は残念ながら2Dを鑑賞した.3Dだと受ける印象が違ったかどうか,それは分からない...


(注:ここから先は内容に関係することを書いています.)


この映画の舞台は,地球からはるか彼方のとある衛星「パンドラ」である.この星には鬱蒼と茂るジャングルがあり,その森の中で原始的な生活を送るナヴィ族が暮らしている.地球からこの星にやってきた(おそらく未来の)人間は,この森の地下に貴重で高価な地下資源が眠ることを知っており,それが欲しくてナヴィ族との間で小競り合いが続いていた.

そんな中,主人公のジェイクは人工的に作られたナヴィ族の体を借りて,森の中にナヴィ族に立ち退くよう交渉に向かう.しかし森の中で自然と調和した生活を送るナヴィ族の心に触れるうちに,ジェイクは地球人の行いこそが間違っていると悟り,それに賛同した科学者たち数人と共にナヴィ族側に味方する.つまり人間が人間を裏切る.あとは資源略奪を試みる地球人の暴走軍隊との間で例に漏れずドンパチ騒ぎをやる.戦争の結果,ナヴィ族が勝利し,地球軍は破れパンドラから追い出される.ジェイクはパンドラに残り,ナヴィ族として生きていくことになり,一応ハッピーエンドで終わる.

勧善懲悪の典型の映画だ.類似のハリウッドSF映画と同様で,新しさは何も見つからなかった.これまではエイリアンと地球人の戦いなら当然エイリアンが敵だったが,今回はそれが逆になった,というだけである.戦争を避けるためにはどうすればいいのか,とかそういう場面があればもう少し雰囲気が違ったかもしれないが,アメリカには悪は悪であるという思想が根強い.オバマさんも言っていたように,「Evil does exist」なのだ(こちらの記事).

悪(悪魔に魅入られた人間)には言葉や交渉は通用しないから,戦って打ち負かすしかない,という前提がやはり根底にあり,戦争でどんぱちやるのが恒例になる.このどんぱちシーンで,美しいパンドラの森がむちゃくちゃに壊れていく様があまりに克明に描かれすぎていてさすがに胸が痛くなる.エンターテイメントと割り切れば全く問題ないんだが,この映画には完全にそう割り切って楽しめない陰鬱とした雰囲気がある.どこか中途半端だと感じる.

ところで,この手のハリウッド映画に登場する悪役は悪役としては完全無欠だといつも思う.今回もそうだ.地球軍の大佐(悪の大ボス)はかっこよすぎる.最後まで見事に心を悪魔に授けた大佐の首尾一貫性は美しくもある.笑 日本が産んだ悪の英雄,越後屋も悪代官も真っ青である.ある意味,見所はここだと思う.

あと,今回の映画のストーリーに関しては,ナヴィ族がネイティブアメリカンに見えるという感想があるようだが,僕もそれは感じた.確かにいろいろと似ている.しかし,それならほとんどダンス・ウィズ・ウルブズの焼き直しである.場所を地球外の遠い場所に移しただけで...そういう意味でもあまり新しさを感じない.


次に映像に関して...こっちは少し期待していた.生き物好き冒険好きの自分は,こういう設定は大好き.でもちょっと期待が大きすぎたようだった.汗 いくつかピックアップしたい.

まずナヴィ族のしっぽがどうも軽視されている(この感想は多分僕だけ...).とても立派なしっぽをナヴィ族は持っているが,しっぽの美しさ・喜びが感じられない.しっぽはもっと生き生きと活躍して,別の生き物のように振舞わなくては.そんな映像があるだけで,ナヴィ族はもっと生き生きとしたのではと思う.肌の質感とか,そういう映像自体はとてもリアルなのだが,どこか生き生きと感じない...僕的にはロード・オブ・ザ・リングのゴラムの圧勝だ.

パンドラに住む凶暴な野生動物や植物の姿もいまいちだった.特に奇想天外な生き物は登場しなかった.どちらかというと凶暴ぶりばかりが強調されすぎていて,もっと異世界感をかもし出すようなき奇怪な生物がいてもよかったのにと思う.植物にしても同じ.やたらと発光植物が多かったが,姿かたちは地球のものと変わらない.というか充分に想像の範囲である.ただ巨大なだけ,というふうに思えた.しかし,未知の生き物をゼロから描き出すことがどれほど難しいことか,僕は想像できない.おそらく本当に大変な作業なのだろう.ただのイラストならまだいいが,動きもあるのだし.

とても美しいと思った映像もあった.それはパンドラの空に昇る惑星である.舞台の星パンドラは衛星.巨大な惑星の周りを回っている衛星だ.夜になるとこの巨大な惑星がパンドラの空を覆うほどの迫力で空に現れる.他にもう一個小さな衛星が見えていた.この月明かりならぬ惑星明かりがパンドラの夜を照らす.そして地上には無数の発光植物...この風景は明らかに地球のものではない.けっこう感動した.天体運動は物理現象なので,生物より描きやすく,説得力が生まれやすいのかもしれない.


ところで,この映画がなぜこんなに売れているのだろうか..

http://movies.foxjapan.com/avatar/

実は本編を見た後,自宅でアバターのHPにあるこの予告編を見た.そして,,,,また少しだけ見たくなった.笑 ずいぶんとよくできた予告編なのだと思う.もちろん,3Dという新しい試みも好奇心旺盛な人々の心をつかんだのだろう.ただ3Dは目が疲れたという人も多いようで,賛否が分かれているようである.

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トヨタは驕ったのか,それとも犠牲者なのか :: 2010/02/06(Sat)

暗雲が立ち込めている.雷鳴が聞こえ,大粒の雨が落ち始めた.高性能を誇るトヨタの雨雲レーダに,この巨大に発達した積乱雲の影が映ったのはいつのことだっただろうか.

リーマンショックの後,米国ビッグスリーの凋落を横目に,世界最大の自動車会社に上り詰めたトヨタ.それが今や「トヨタは本質から目をそらし,隠蔽工作をしていたのではないか?」というニュアンスさえある散々な論評が目立つ.これはまずいことになった,というトヨタの声が聞こえてきそうである.

ニューヨークタイムズには,「Toyota’s Slow Awakening to a Deadly Problem」というタイトルで異例の長文記事が掲載されている.

http://www.nytimes.com/2010/02/01/business/01toyota.html?pagewanted=1

At almost every step that led to its current predicament, Toyota underestimated the severity of the sudden-acceleration problem affecting its most popular cars. It went from discounting early reports of problems to overconfidently announcing diagnoses and insufficient fixes.

ここがこの記事の要旨に近いと思うが,極めて手厳しい.トヨタは高品質で優れた自動車を生産する世界で最も高い評価を得ている自動車会社と言っても過言ではなかった.今もトヨタのファンは世界中にいるはずだ.こんな状況になっても,トヨタを愛している人はたくさんいると思う.だからこそ,このような非常に手厳しい記事が出てくるのとも言える.影響力のあるメーカーだから,逆にしっかりと書かなければいけない理由となる.これは別に大成功をおさめた日本企業への妬みでもいじめでもない,と思いたい.

改めて確認しなくてはいけない.これは,パワーウィンドウの欠陥ではないし,エンジンを構成するセンサー不具合で走行中にエンジンが停止する恐れがある,というものでもない.車が勝手に加速し,またブレーキが効かなくなる,というのだ.これは改めて考えるまでもなく,自動車にとって非常に由々しき問題だ.この問題がもし本当に生じたなら,その車はもはや車ではなく殺人マシーンである.恐怖以外の何者でもない.

2002年時点で,既に問題の報告は始まっていたとされる.2007年には,米国政府とトヨタ自身は,トヨタ車の中に意図しない急加速およびブレーキが効かなくなるという問題が存在することを把握していたらしい.オハイオ州における調査では,レクサスES350所有者の実に3%が意図しない急加速を経験したと報告されている.しかしこれらの問題は重要視されなかった.問題の根本解決は先送りされたらしいのだ.それが今になってこの事態へと発展し,死者も出てしまった.このように手厳しい論評をされても弁解できない状況になってしまったのである.


とは言え,この問題に関して,僕はどこかすっきりせず霧がかかってもいる.もちろん僕はトヨタ内の人間でもないし,急加速を経験した人間でもないから,本当のところよく分からないだが,ただあのしたたかなトヨタである.問題の芽はさっさと摘みそうなものであるから,どうも本当にこの問題の原因を解明できていないのかもしれない,などと思ってしまう.つまり先送りじゃなくて,本当に「なぜなんだろう??原因が特定できない.おかしい...」と思い続けている可能性もあるんじゃなかろうか.そしてフロアマットくらいしか考えられない,という結論に達したのかもしれない.もしそうだとすれば,トヨタとしては真摯に取り組んでいたにも関わらずの避けることができなかった災難ということになる.

さらにである.ここにきてプリウスのブレーキに関してのパッシングが始まった.ちょっとタイミングが良すぎはしないだろうか,と思うのだ.プリウスのブレーキは普通の自動車のブレーキシステムとは成り立ちが違う.だから違和感はあるだろう.現状,トヨタはプリウスのABSシステムに不具合ありとして,無償修理を行うそうだが,本当にABSに欠陥があるのだろうか.どうも釈然としない.

国内ではトヨタ社長が異例の会見を行った.

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100206-00000048-jij-biz

しかし,プリウスをはじめ相次ぐ不具合の指摘に関して,その原因について全く触れなかった.とにかく全力でお客様第一主義で取り組む,と言うにとどまった.

カナダのフィナンシャルポスト誌が,この僕の釈然としないもやもやを実にダイレクトに書いてくれているのでちょっと引用しよう.

http://network.nationalpost.com/np/blogs/fullcomment/archive

There can be little doubt that Toyota, the world’s greatest automaker in recent years, has become the victim of much more than another typical out-of-control All-American media frenzy.

前半を読むと分かるが.トヨタのリコール問題はアメリカの国益にかなうものだから,一斉にパッシングをはじめたと書かれている.トヨタは犠牲者であることは疑う余地が無い,これはほとんど集団リンチだ,と言う勢いだ.特に後半の,

Was Toyota panicked into doing something ― anything ― when faced with a looming full-bore economic attack from the United States Economic Marines, with the media imbedded as part of the crusade?

という部分は,確かにそういう状況なのかもしれないと思う.自動車の不具合に加えて,トヨタが本当に戸惑っているのは,米国経済界から次々に押し寄せる大波,こちらのほうかもしれない.どうして状況を収拾しようか,と困惑しているのだ...


ふたつの面からこの問題を考えてみた.トヨタは驕り失敗を犯したのか,それとも米国経済界からの暴風に曝され犠牲者となりつつあるのか...僕は,どちらが本当でどちらが嘘ということではないと思っている.本当に重大な問題は起きたのだ.そしてその問題を利用して国益を操作する圧力も同時に生まれた.本当に困った状況に違いない.

とは言え,僕は車好きの一人としてこの問題はやはり著しく深刻だと受け止めたい.車が暴走し,死者も出ている.今のトヨタなら体力がある.この問題に関して,最適な言い回しは何かとか最小限の損失で抑えるにはどういう手段が最適かなどということを最重要項目とするのではなく,やはり何はともあれ徹底的に解明して欲しいものである.そして言うべきことははっきりと言ってもらいたい.もしどんなに詳細に調査しても原因が特定できないのなら,「私たちは最高の技術と知識を駆使してあらゆる面から調査したが,自社製品に欠陥を見出すことはできなかった」と濁さずに言ってもらいたい.もし本当にそうなら,事態は徐々に静まっていくのではないだろうか.

****



最後にちょっとこの問題のテクニカルな範囲に関して個人的感想をつぶやく.

本当にレクサスは暴走するんだろうか??...そして原因はフロアマットなの?? ちょっと考えにくいんだけどなぁ.レクサスのアクセルはもちろん電子制御だから,アクセルを踏まずに急加速する原因はコンピュータをはじめとする電子デバイス系ということになる.ソフトウェアそのものか,ドライブバイワイヤシステムの不具合ということになるのか?いや,さすがにそれはちょっと考えられない.とすると,やっぱりフロアマットという原因の方が妥当かも,という気もしてくる...うーん,素人の自分が考えても始まらないのだが,それにしてもこの問題,不可解極まりない...というのが僕の感想だ.

2010/02/08追記:
コメント欄で指摘を受け追記します.アクセルペダルが戻らないという問題に関して,その原因のひとつは概ね突き止められているらしいということが分かりました.アクセルペダルモジュールの構造のうち,フリクション発生装置が湿度で膨張し,過度の摩擦を生んでアクセルが戻らなくなる,という現象が確認されているようです.私の頭の中の情報が少々古かったようです.ここに追記します.ただ,カリフォルニアで起きたあの悲惨な暴走事故に関してもこれが原因だと特定されたかどうかは不明です.また電子制御装置(コンピュータ)に問題ありという指摘が出ているように,一連の問題がこのアクセルペダルの物理的要因だけですべて説明できるわけでもないようで,いまだにすっきりとしません.

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カメラマンの仕事 :: 2010/02/04(Thu)

本題に入る前に,北海道の結婚披露宴は日本の一般的な形とはちょっと違うので紹介しておこう.北海道の婚礼イベントには「ご祝儀」というものがない.親族やとても親しい間柄であればもちろんお祝いのお金を包むことはあるのだが,一般的にはそこまでしない.だから披露宴も招待制ではなく会費制だ.披露宴の会費はだいたい1万円から1万5千円の間くらいで,引き出物はその代わり質素.「会費」なので,もちろん祝儀袋に入れる必要はなく,財布から出して受付で支払えばいい.札もピン札である必要は基本的にはない.領収書をくれる場合もあるほど.この会費制の結婚披露パーティは,北海道と東北北部には存在するが,おそらく日本ではまだ一般的ではないだろう.いい面としては,何やと気を使わずに済み,主催者側の負担が減ることだろうか...参考まで.

****

先日,友人の結婚式と結婚披露宴に参加した.本題は,この会場に入っていたプロのカメラマンの振る舞いに関してである.大口系のばかでかいレンズをつけたキャノンの高級デジタル一眼レフカメラを二台持ち歩いていた彼の会場での行動は,僕にとっては目を覆いたくなるようなものだった.言葉にすれば無作法,というか粗野というのか...自分しか見えていないの典型である.

人が写真をとっている間に平気で体を入れてきて自分の写真をとる...構えていない方のカメラが会場の机や椅子に当たったり,人の体に当たったり,椅子に突っかかったり...今は静かであって欲しいという時にシャッター音をやたらと響かせて連写.そして何より,ばりばりの存在感で会場をあちこち動き回るので落ち着かない...私たちのカメラで新郎新婦と一緒に写真を撮ってくれたのだが,一枚撮ったらその場に私たちのカメラを置き,その後に自分の高級一眼レフで何枚も撮っていた.こっちが本番とでも言うように.僕らのカメラで撮った写真はどうでもいいのだ.自分の仕事に夢中なのである.ちなみに彼にとってもらった写真は,水平線がずれていて,なんか非常に残念な写真だった...

そんな彼に結婚式の華やかな祝福の場の空気感を果たして写すことが可能だろうか?彼にはカメラのメカニズムや露出や構図の基礎知識はあるかもしれない.それなりの写真は撮れるとしても,大切な何かは欠如している.彼は会場の暖かで穏やかな雰囲気を肌に感じて,それがどうやったら写真に残るかなどとはまるで考えていないだろうから,テクニック以上の世界は多分捉えられない.だから上に書いたような,下手な鉄砲数打つ作戦である.あちこち動き回り,たくさん露出を変化させ,とにかくたくさんの枚数撮るのである.そして場の雰囲気との不調和をかもし出すのだ.

僕はかなり残念で,何よりも新郎新婦が可哀相だ,などと思ってしまうのだが,おそらくそんなことを思ったのは僕と妻くらいかもしれない.というのも,これに類することは別に珍しいことでもなく,ほとんどの人は気にしないからだ.説明すれば,「確かにそうね」とはなる.気付いている人は気付いている.しかし,「まあ,そんなもんじゃないの?」ともなるのだ.仕方ないこと,当然のこととして慣らされてしまっているのである.

この国では心からプロフェッショナルと呼べる人にはそうはめぐり合えないものである.

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