日本について考えるブログ




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ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション :: 2010/09/26(Sun)

私用で東京に行っていたのだが,少し時間に余裕を持たせ,念願かなってラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション(L'Atelier de Joël Robuchon)でランチをいただくことができた.

ジョエル・ロブション氏は,フランスの非常に著名な料理人の一人.世界中に様々なレストランを展開している料理人だが,その中でも「ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション」というブランドは,これまでのフレンチレストランの「型」が大きく崩されている.最も大きな特徴は,ほとんどの席をカウンター席としていること.赤と黒を基調とした色使いも,この手のレストランには珍しい.席からはオープンキッチンが見渡せ,その中で繰り広げられる料理人のスキルを堪能することもできる.

メニューはコース料理だけではなく,膨大なアラカルトメニューから好きな組み合わせを自分で選び,そのときの気持ちに合わせたオリジナルなコースを作ることが可能となっている.コース料理を選んだとしても,例えばメインとデザートだけのコースが用意されていて,前菜はアラカルトからチョイスするような楽しみ方もできる.また,コース内の料理も,たいていメイン3種,デザート3種の中から1種類を選ぶようになっているので,実に多彩な組み合わせが可能だ.

客に対してサービスの担当者は決まる.上に書いたとおりテーブル席ではなくカウンターなので,たくさんのサービススタッフが目の前を行ったり来たりするのだが,海外のレストラン同様に担当が決まるようだ.サービススタッフは料理内容やワインに関して細かく相談に乗ってくれる.

レストランのコンセプトとして,肩肘張ってかしこまるのではなく,カジュアルを強く意識しているように思う.日本の高級レストランにありがちな客に尽くすようなサービスを期待するなら,少し残念に思うかもしれない.しかし一方でカウンターという特性を活かし,コミュニケーションの花を咲かすことができる.スタッフと客との距離が凄く近い感じを覚えた.こちらの取るに足らない雑談にも付き合ってくれ,また今回自分たちが札幌からだと言うと,札幌出身のスタッフがいたらしく途中でバトンタッチ,北海道の経済に関するちょっと世俗的で愚痴めいたネタをお互い延々話してしまった.なんだろう,そういう点ではちょっと酒場的な匂いもして面白い.なるほどカウンターのなせる技である.そんなことさえフランス料理を提供する空間で実現しようとしているようである.もちろん,こちらがあまりトークしたい気分でなければこうはならないだろう.一人で考え事でもしながらのんびり食事を楽しんでいるような人も見受けられたし,客をしっかり見た上でサービスしていると思われる.

客は外国人半分,日本人半分といったところ.料理人とサービススタッフは日本人が多かったが,皆さん英語は基本的に堪能で,フランス語で普通に対応している日本人スタッフもいた.





さて,料理に関して僕はとやかく言うレベルではないのだろうけど,おそらくこれが世界一級の内容なのだと説得させられたことは確かである.料理はどれもが重厚かつとても大胆,それでいてとても複雑だ.とりわけ異なる食感の組み合わせ・コントラストは素敵だった.そして見た目の色使いや何かと見間違えそうな錯覚までも人を楽しませるために計算されているようでとても楽しい.いずれにせよ一言でまとめることができる料理たちではない.上の写真,ホタテの下にあるのは胡瓜である.胡瓜がパスタに見立ててソテーされている.ホタテ貝柱は水分が抜けて,何らかの下処理を施されているものと思われ,いわゆる鮮度のいいホタテの素材感を生かしたものではない.ソースは酸味と辛味が立っていて,その背後に何とも解体不可能な複雑なニュアンスが散らばっている.辛味はちょっとラー油を連想させて面白い.胡瓜ともとても合う.





札幌のレストランでは,やはり素材のよさを引き立てるための調理法やソースという感じを受けることが多い.しかしこのレストランの料理はそうではなく,全ての要素が強い主張を持ち,その主張のコラボレーションを楽しむものである.上の写真はデザートではない.ズッキーニをタルト生地に見立てている.白く見えるのがモツァレラチーズ.ソースの色はまさにベリーのよう.




こちらがメインの豚肉料理.お肉の歯ごたえ,その上に乗ったパテの滑らかさ,そしてその上のこんがり焼けた表面の食感の組み合わせには本当に感動した.しかし,どのように調理されているのか,食材は何が使われているのかなど,僕にはもう全く分かりません...説明していただいたにもかかわらず記憶できない.体験と連動できないからだ...涙


今回ワインは,前半をアルザスの白,後半メインの豚肉料理にはプロバンス地方の力強い赤を合わせた.アルザスは自分の気分で選んだのだが,赤はスタッフと相談して決めた.しかしこの赤が曲者で,とても美味しく料理とも合ったのだが,随分と酔いが回った.前にもローヌの赤ワインを飲んで変な酔い方をしたことがあるのだが,グルナッシュ・シラー系の強めのワインを選ぶときは今後気をつけようと思う.


レストランの日本語サイトはこちら.
http://www.robuchon.jp/roppongi/lateier.html

公式サイト.
http://www.joel-robuchon.net/

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テーマ:フレンチ - ジャンル:グルメ

  1. 食/ワイン
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アルテピアッツァ美唄 :: 2010/09/21(Tue)

アルテピアッツァ美唄を訪れた.

http://www.kan-yasuda.co.jp/arte.html

アルテピアッツァ美唄は,閉山になった炭鉱の学校跡地に創設された彫刻公園.札幌市から車で1時間半ほどの美唄市(びばい市)にある.美唄市と美唄出身の彫刻家である安田侃氏によって,現在も公園の創作が続けられている.





園内には大小さまざまな作品が置かれており,また当時の木造校舎もそのままギャラリーとして運営されている.またこの校舎の一階には幼稚園が現在も入っている.

初めて訪れたのだが,何とも心が安らかになる空間だった.校舎と作品群と周囲の自然の景色がとても調和していて,肩肘張る感じがなく,とてもリラックスできるのだ.作品にはタイトルもつけられていない.たぶん彫刻や芸術に全く興味がなくても,ここはなんか居心地がいい場所だなぁ,と感じるのではないだろうか.







昔,教室だったと思われる空間はギャラリーとなっている.





彫刻家の安田侃さんのインタビューをネットで拝見した.公園というのは,24時間,いつ誰が来ても入ることができて,もちろん無料で,そういうのが「いい公園」だ,とのこと.美術館のように入場料があり,柵があったり,静かにしなくてはいけない,遊んじゃいけない,のではなく,誰でも自由にくつろぎ,ぼおっとしたりできる.そういう空間を目指して創られているのだろう.

旧木造校舎の1階には幼稚園が入っている.これがとてもいい.美唄市立栄幼稚園.訪れて思った.これが市立の幼稚園だと!?(笑) 最高の贅沢じゃないか.子供たちはこんな素敵な建物と,周囲の自然や彫刻作品に囲まれて過ごすのである.本当に素晴らしい.僕は,こういう場所がもっとたくさんあっていいと思う.

園内にはカフェも併設されている.深煎りのとても美味しいコーヒーとパウンドケーキをオープンエアーでいただいた.


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テーマ:札幌/北海道の地域ネタ - ジャンル:地域情報

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けいおん!!・最終(24)話 :: 2010/09/20(Mon)

思わずはまってしまい,毎週欠かさず観てしまった「けいおん!!」.とうとう最終話を迎えた.

最終話はこれでもかというベタな演出で彩られていたが,それをベタと一掃できない重みが映像と劇の流れにはあった.先輩たちが卒業していなくなってしまう寂しさに耐えられず号泣してしまう梓に,唯は1期1話の中で撮った写真と,2期1話の中で拾っていた桜の花を何を迷うことなく贈った.桜は3年生の始業式の日に唯が拾っていたものだろう.11輪の桜を集めて,あとひとつで1ダースだと意味不明なことを言っていたあれである.

よくよく考えれば,桜とは一般的に散るものなのだ.日本では桜は儚さの象徴.なのに唯は1輪の花ごと拾って,手帳に挟み,花びらになって散る前の桜のまま時を止めた.散ることのない桜である.唯はきっと桜の花びらが五枚であることに気づいていた.梓に言った「花びら五枚.私たちみたいだね」というセリフは,他の人物が言ったら爆笑してしまうに違いないが,唯が言うと,これがどうにも笑えないのだ.即席とも予定的とも思えない,すごい質量を伴った言葉に思えた.彼女はどんな気持ちで桜の花を手帳に挟んでいたのだろう.そんなことをあれやこれやと考えさせられてしまう奥行きがこの作品の中にはたくさんある.

でも,こういうシーンばかりだと,それはそれでうざくなってしまうもの.それを仲間たちが緩和し,穏やかに変化させてくれる.紬は唯の隣でいちいち反応してるし,律は「何かっこいいことやってるんだよ!!」と唯の一人芝居?にいつもの突っ込みを入れる.澪はつられ泣きしないように必死でこらえているのか,全く緊張を崩さ(せ)ない.そんな,ひとりひとりの人間としての個性がいつでも損なわれないのがまたこの作品の素晴らしさだった.

先輩たちがただ一人軽音部に残される後輩の梓に送った曲「天使にふれたよ」.あまりにベタ過ぎてこっちが恥ずかしくなるような歌詞だったけど,3年間の背景があるからずしっと重たい.そしてそんなスペシャルな曲を梓は拍手しながら「あんまり上手くないですね」と切ってしまった.唯が入部するときに言った言葉と同じ...唯とは違って梓は受け狙い半分で言った言葉かもしれないが,いずれにせよこの言葉は全くマイナスではないのだ.だってあまり上手くないことなんてみんな自分で分かっている.おそらくとても短い時間の中で仕上げた曲に違いない.みんな前日まで必死に練習していただろう(唯は当日の朝まで...笑).誰も嘘など付かない.誰かに合わせて自分を失ったりしない.この社会の常識・体裁に対する軽い皮肉を,彼女たちの真っ直ぐな姿からどうしても僕は感じてしまう.

幼なじみの和と唯が一旦階段で別れるシーンも印象的だった.「一緒に帰ろう,後で電話するね」という唯の言葉に,和は返事をすることなく手だけを振って,二人は反対方向に歩いていく...もうこれは永遠の別れなのだろうと僕には思えたのだが,作り手は最後の最後に救済してくれた.電話などしてないのに和は音楽室にやってきた.このシーンは本当に感極まった...最終話は担任のさわ子先生の表情もすごく丁寧に描かれていてとてもよかった.音楽室に入らず外から聴いていたさわ子先生.あれが生徒と先生の間の距離だろうか.さわ子先生は音楽室で生徒たちといつもお茶してだらけていたけど,でもこういう「距離」をいつも考えている本当にすばらしい先生だった.そして最後の「私たちの曲聞いてくれる?」という,ちょっと挑発的な唯たちの言葉もすごくよかった.というかこのセリフはもう物語の流れとは関係ないのだろう.「けいおん」という作品の中をいつでも流れていた血液のような言葉だった.細かなことを拾い上げていくときりがないのだが,とにかくいい最終回だった.

****

この作品はとても上質な少女漫画だ.人物の感情やその変化と交差をとても大切に描き,だからモノローグが多用されている.そこをベースにして,男子を惹きつける分かりやすいいくつかのエッセンスが散りばめられていた.男子はどれくらい理解できているのか!?僕も思い至れなかったことがまだたくさんあるような気がしてならない.

自分の高校時代は,今思えばけっこう暗黒時代だった....僕は高校時代山岳部で山ばっかり登っていたから,正直なところ,くそ重たいザックの重みと汗の匂いしか覚えていない.もちろんいい思い出もたくさんあるけど,でもこの作品を見て,高校時代にもっと違ったことをやっていたら,もっと違った世界を知れたかもしれないと思った.ちょっと後ろ向きの感想ではあるけど,それくらいに青春という時間を思い出し,なんともいえぬ感傷に浸らせてもらった.

関連記事:http://erisabeth.blog123.fc2.com/blog-entry-364.html

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  1. 何かの紹介等
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生存競争などと言う・・・ :: 2010/09/19(Sun)

生物の間に果たして「生存競争」というものはあるのか!?生き残るために本当に競争してるように見えますか?

生物の進化を語るとき,「種間競争」「自然淘汰」のような言葉は常套句である.テレビのネイチャー番組を見ていると,しきりと弱肉強食,生存競争,適者適存を主張するシーンに出会う.自然界の掟.非情の理,のような言葉が踊る.

確かにそういう側面はあるだろう.しかし,生物たるもの競争が全てでは決してない.いや,むしろほとんどの場面では戦いなどないと僕は思っている.緻密な関係を築いて協調的に生きているのだ.

人間の細胞は,例えばインフルエンザウイルスや黄色ブドウ球菌と戦うことがある.しかし,ほとんどの細菌やウイルスとの間に特筆すべき敵対関係などない.それどころか,人間の皮膚や腸内など至る所におびただしい数と種類の細菌が生息し,むしろ私たち人間の生命活動をサポートしている.昆虫などでは,もうある種の栄養素の調達は腸内細菌に任せてしまって,自身では全く作らないような種もいる.つまり細菌と一緒じゃないと生きることができないほど手を取り合って(完全な依存関係になって)いる.

サバンナの肉食動物にとって,草食動物は命綱であるが,草食動物たちにとっては,雨季の後に勢いを増す植物たち,そしてその植物のセルロースを消化器官で分解してくれる微生物たちが命綱である.シマウマとライオンをテレビが映し出す時,必ずや弱肉強食という言葉が持ち出されるが,別にどちらが強いということはない.食物連鎖という言葉は確かにそうだし,生きるために食べるという行いは生物の姿だろうけど,弱肉強食のピラミッド構造は全く本質とは思えない.生命は,宇宙の無数の星のように互いに広がっていて,その宇宙空間には上下なんて概念はない.

抗生物質というものがある.ペニシリンやメチシリンという名前をどこかで聞いたことがある方もいるだろう.これらが抗生物質と呼ばれる化合物で,微生物の増殖を抑え,時には完全に殺してしまう能力がある.私たちは重篤な病気にかかったとき,医師から抗生物質を処方されることがあるが,人間が病気のせいで体力が落ちているときに,さらなる細菌感染・細菌の増殖を防ぐために飲むのである.

実はこれら抗生物質は微生物自身が作り出す物質だ.微生物たちは自分自身が生産する抗生物質の種類に対しては耐性がある.しかし異種の微生物にとっては猛毒となるのである.このようなことから,長いこと科学者はこれら抗生物質を「武器」だと思ってきた.土壌中に住む無数の細菌たちは,抗生物質を武器に互いに厳しい生存競争を繰り広げている,と本気で思ってきた...そしてその競争がまた新しい抗生物質が生まれる進化的要因である,と,,,そんなふうに思ってきたのだ.

しかし,これはとんでもない早とちりである.実際に微生物が生息する環境中で,他者を殺傷するほどの高濃度の抗生物質など検出できない.そう,つまり彼らは人為的に濃縮すれば他者を殺すことができる抗生物質というものを確かに生み出してはいるが,現実には低濃度すぎて全く武器としては役立っていない場面がほとんどなのである.

http://www.sciencemag.org/cgi/content/summary/sci;324/5935/1637

実は,人が抗生物質と名づけた物質の多くは,低濃度下では様々な遺伝子の発現を調節する能力があることが分かってきた.すなわち,様々な微生物が様々な抗生物質を生産し,それらは互いの様々な遺伝子発現の活性を変化させることができるようなのだ.言い換えるなら,これは生物の個体間を飛び交う「シグナル」なのである.ある研究者はこの様子を「彼らはこれらの(抗生)物質で会話をしているに違いない」と語っている.抗生物質は武器などではなく,微生物の世界でのコミュニケーションツールなのかもしれないのである.私たちはひとまず「抗生物質」という名前を改名しなくてはいけないだろう.

生命は生き残りをかけた厳しい生存競争をしているようには僕には決して見えない.しかし,確かに時にそのように競争しているように「見える」こともある.これは,私たちの今の社会や世相を出発点とした,私たち人間の価値観で生まれた感覚ではないだろうか.ある種のバイアスをかけて見たときの,あるひとつの生命の姿でしかないと思う.色眼鏡を外してみよう.そこには違った生物たちの姿が目に映る.その風景に争いは希薄で,彼らは時に手を取り合い,私たちが想像もできない方法で談笑しているのだ.

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テーマ:生物学、生態学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 自然・科学・思想
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147近況(走行:42760 km) :: 2010/09/15(Wed)

納車から2年が経過した我が家の147,近況.

147との生活もはや2年が経過した.全走行距離は42760 km,納車後からは約15000 kmの走行.現在車は極めて健康である.

納車直後には,些細なことも含めて何かとトラブルがあったことは,このブログでも記録として残したとおりである.MOTOR CONTROL SYSTEM FAILUREや,ENGINE OIL PRESSURE LOWの警告が出たり,何の前触れも無い突然のエンジンストールも一度あった.クラッチのジャダーもちょっと厄介だったし,パワーステアリングからの振動や異音,足回りからのキュルキュルという音やグシャっという音も多少不安だった.しかしながら,それら小さなトラブルや気がかりな現象は次第に無くなり(特に何の対策もしていないのだが),ここ1年くらいは拍子抜けするほど何事も起きていない.慣れたのではない,本当に何事も無くなった.今はオイルも減らない.エンジンの始動も好調.エアコンもよく利き,バッテリーも上がらないし,タイヤの偏磨耗もなければ,足回りなどからの異音もない.本当に健康そうである.今年の夏は札幌も例年になく猛暑だったけど,無事に乗り越えたようである.




さて,この車の心臓であるツインスパークエンジン.こちらもマイペースを保っている.以前にも書いたとおり,エンジン自体は調子の良さそうな日とそうじゃない日があり,これは相変わらずだ.調子が悪いと言ってもストールするとかエラーを吐くとかいうことではない.エンジンが発する振動が多少大きく室内に伝わってきて,回転を上げるとうなり,というか妙な共振が出やすい日がある,という程度...どちらかというと,たくさん乗っているとそのようなコンディションに陥りやすく,数日乗らない日が続いた後のエンジンの調子はすこぶるいい傾向にある.僕のこれまでのカーライフの常識では,車はたくさん走った後の方が調子がよくなるものだったのだが,147に限っては逆の傾向を感じる.

オイル交換をしてもエンジンの感触に変化は感じない.むしろ,上に書いたような日々の変化のほうがよほど大きい.これまで,オイル交換はだいたい1年に1回,純正のセレニアオイルで交換を行っている(約7000キロ間隔).

タイミングベルトは納車時に対策品に交換済みなので,こちらもまだ大丈夫だ.気になると言えば,バッテリーくらいだろうか...アルファロメオのバッテリーの突然死は非常に有名のようで,ある日突然,何の前触れもなくお亡くなりになるそうだ.今のバッテリーがいつ交換されたのか調べていないので僕は知らない.この点に関してはディーラーで聞いてみようと思っている.

それから燃費...街中走行時はエアコン無しだと約11 km/L程度.エアコンありだと約9 km/Lくらいだろうか.北海道の郊外では高速道路を使わなければ17km/Lくらいは出る.高速を使うと少し落ちて15 km/Lくらい...これは納車後からほとんど変化はない.





いよいよ札幌ではスタッドレスタイヤのテレビCMが始まった.スタッドレスタイヤへの交換は例年ならだいたい11月上旬頃.この冬も昨年購入したピレリ・WINTER ICE CONTROLと過ごすことになる.ただ制動性能のみを比べるなら,おそらくBやYなどのジャパン勢の方が上だろう.しかし,このタイヤは剛性感と路面接地のマイルドさの絶妙なバランス感覚を伴った実に素晴らしいタイヤであり,この点はジャパン勢とは一線を画す.巷では激安で安かろう悪かろうのイメージがつきまとうピレリのスタッドレスだが,実際はそんなことはない.ロードインフォメーションも豊富で,正直なところ夏タイヤよりも冬タイヤの方が走っていて心地いいと感じるくらいなのだ.

ピレリをはじめとする欧州タイヤの旨味は,二年目・三年目と時間が経過するほどに出てくるのではないだろうかと期待している.欧州のものづくりのコンセプトは,味のある商品を長く使ってもらうことにある.ゴム製品なので実際劣化がないなんてことはありえない.どういうことかというと,開発の段階から「劣化した時の性能」というものこそを真剣に考えているに違いない,ということなのだ.新品おろしたての商品性能は,だから逆にジャパン勢に見劣りする場合もあるだろう.しかしそこで評価するのは全くもって視野の狭い判断なのかもしれない.

アルファの近況を書いていたら,いつの間にかピレリの話題になってしまった...汗


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アルザスのワイン :: 2010/09/13(Mon)

ルネ・ミューレ.シニャチュール・ゲヴュルツトラミネール(2008).

フランス・アルザスの白ワインである.詳細はこちらのサイトにあります.勉強になります.

http://www.orveaux.co.jp/maker/rene_mure.html






薔薇の香りに包まれるワインだ.ゲヴュルツトラミネールと言えば薔薇香,もちろんこのワインからも薔薇のあま~い香りが果てしなく...♪ 口に含むとたっぷりとした甘みだけでなくかすかに苦味もあって,舌にびりっとくる刺激もある.二日目以降は薔薇の香りに青りんごの香りが加わった.おお,なるほど確かにりんごも薔薇科です.笑

アルザスはドイツとの国境に近く,ワインもドイツ的な料理との調和が素晴らしい.今回,ソーセージ,そして煮込んだキャベツ(ポトフの具)との相性のよさを痛感した.この冬はザワークラウトを作ってみようと思っているが,是非アルザスワインで煮込んで,アルザスワインで合わせてみたいと思う.


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品位 :: 2010/09/11(Sat)

郵便割引制度をめぐる偽の証明書発行事件で,虚偽有印公文書作成・同行使罪に問われた村木厚子さんの判決公判が10日大阪地裁で行われた.横田信之裁判長は検察側が描いた事件の構図の大半を否定.村木元局長が証明書発行を部下に指示したとは認められないと述べ,無罪(求刑懲役1年6カ月)を言い渡した.

http://www.asahi.com/national/update/0910/OSK201009100098.html

裁判後の記者会見での村木さんの言葉はとてもいいものだった.これが人としての品位だと思う.何かを強く否定せず,とても冷静で,実直で,前向きで,思うことは明瞭に誰もが理解できる言葉を述べる...今回自分を犯罪者に仕立て上げようとした検察に対しても,その責任を厳しく追及するような,もしくは怒りに満ちたような言葉もない.それどころか,むしろ検察に対する信頼とこれからの期待さえ感じる.

これだけの方だから周囲からの信頼もきっと厚いことだろう.検察が繰り出す魔法の前にあって証拠となる証言をした元上司や部下らも,公判の場では次々と証言を覆し,特に元部下は検察に無理やりに供述させられた過程を詳しく証言.真実と異なる証言をしたことを泣きながら謝罪した過程もあったという.人々の間に築かれた強固な信頼は,検察という大きな組織に飲み込まれることは決してなかった.

何かとパッシングされることが多い公務員だが,このような方が官公庁の要職で仕事をされていたということをとても嬉しく思う.これからもご活躍を期待いたします.そして,検察は,どのような過程を経てこのような冤罪が生み出されていくのか,自分の組織のことをよく研究し,その要因を把握できるよう努めていただきたい.


以下,上のニュースからの抜粋です.


――無罪判決の感想は

 こういう結果が出ると信じてやってきたが、その通りの判決が出た。いろんな人に支えられて今日を迎えられ、感謝しています。

 ――検察の捜査について

 裁判でいくつも、検察が考えていたことと違う事実が明らかになった。もうちょっと丁寧に捜査していただければ。私は検察を信頼していきたいし、みんなそう思っていると思います。

 ――逮捕から1年余り、悔しい思いはありますか

 公務員の50代は仕上げの時期。その意味で悔しさはありますが、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。子どもとたくさん話をし、拘置所の中でたくさん本を読みました。それはそれで意味のある時間だったと思っています。もう十分ですが。

 ――検察に対し何らかの責任を追及する考えは

 具体的には考えていないが、大きな権限を持つ組織として、きちんとこの問題を受け止めてくれたらいいと思っています。


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