日本について考えるブログ




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KIWI CUVÉE CHARDONNAY 2008 :: 2010/11/28(Sun)

このワインは,フランス・ロワール地方のテーブルワイン.シャルドネ100%.値段は1000円くらい.





この手のテーブルワインとしては今年最大のヒットかもしれない.すごく美味しかった.

まず最初にかなり強めの酸がやって来る.しっかりとした柑橘香もある.透明感のある味わいでシャープだ.このせいで「本当にシャルドネ?」と思ってしまった.ソーヴィニョン・ブランじゃないの?と瓶詰めの間違いまで疑った.(笑) だって,ロワールと言えば,ミュスカデ,シュナン・ブラン,ソーヴィニョン・ブランの3品種でしょ.ロワールのシャルドネって珍しい,そう思ったのも購入の動機なわけで...

しかし料理とあわせて飲んでいるうちに,なんか全体的にまったりとして重心が低いことに少しずつ気付く...ああ,なるほど,やっぱりシャルドネなんだなぁ,と....きっと,ロワールのテロワールを映したシャルドネなんだ.

さてネットで調べてみると,KIWIの名の由来が分かった.どうやらニュージーランドの著名な作り手がフランスで展開しているブランドのようだ.なるほどねぇ...エチケットもシンプルで美しくい.このワインの雰囲気だ.

今回,3日にわたって楽しんだのだが,このワインと最もマッチしたのは,シーフードでもなくパスタでもなく,実は驚くべきことに札幌味噌ラーメン! 麺は西山製麺.スープも西山製.玉ねぎ・もやし・キャベツにチャーシューとメンマ.札幌市民が家庭で作ると思われるありふれた味噌ラーメンが,このワインにもっともマリアージュ.このワインはこういう濃いものと合わせてもかなり美味しく飲めると思う.こういう出会いを探せてしまうと,やっぱりワインは楽しくて止められない.

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  1. 食/ワイン
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倍音マジック :: 2010/11/27(Sat)

先日,牧師でトランペット奏者で車好きの旧友と,147で札幌近郊の温泉に行った.





道中友人に,ツインスパークエンジンの音ってなぜこんなに気持ちいいんだろうか,という話題をふってみたのだけれど,すぐさま「とにかく倍音がたくさん入っているよね」というあっけない完全回答が...(笑)

愚問でした.
確かに倍音!久しぶりに思い出した.

エンジン自身のメカニカルノイズ,そしてエキゾーストノートはユニゾン(僕にはそう聞こえるのだけど,どうだろうか...).しかしそれ以外に様々な音や振動,つまりエンジンや駆動系から出ていると思われる音や振動がある.そして,これらの重なりも綺麗だと感じる.エンジンから発生した動力はいろんなサイズの歯車を介して,様々な回転数に変換されている.つまり変速ギヤはもちろんのこと,ベルト周りのプーリーでも回転数の変換が起こっている.一般には,それぞれの仕事を行う各パーツからは,おそらく全く低次倍数的関連性の無い周波数を発することになるのではないか.これらを可能な限り倍音に調整することをアルファロメオはやっている,というのだろうか?

倍音というのは,要するに,ある周波数の波(基底波)を想定し,その整数倍の成分から成っているということ.音楽で言うと,和音のドミソなどがそれに当たる.人間は倍音を心地よいと感じる性質があるのだ.ドレファを同時に鳴らしても気持ちが良くないけど,ドミソは気持ちいいのである.

これに関する話題を前に読んだことがある.フェラーリやアルファロメオは間違いなく倍音成分が多いサウンドなんだと書いてあった...確かCG誌だったと思うのだが,アルファロメオの広報に,専門のサウンドチューナー(つまり倍音を作り出すためにパーツ各部を調整する役割の専門家)がいるのかとインタビューしたところ,そんな人は社内にはいない,という答えだったかと思う.音作りのプロなどいない,という答えだったと記憶している.

しかし,メカとしての性能を優先して考えていたら,偶然の産物としては倍音を多く作り出すことは難しいんじゃないかと思う.だとすれば,これはすっごく個人的な想像だが,現場の人間がメカオタクであると同時に,音オタクで,誰に命令されることもなく自主的にやっているという可能性もある.何か,単純だけど再現性のあるノウハウを持っているのだろうか.

さて,倍音が多いということは,共振やうなりとの関係はどうだろう,というのが次の直感的な僕の疑問だ.つまり,我が家の147はクラッチミート時にジャダーが出やすい.そして高回転域でうなり現象が出る.これらとの関係性について考えてみる.

うなりはわずかに周波数の違う成分同士の音が鳴ると生まれるのだから,考えるてみるとけっこう謎だ.メカニカルに直結した同周波数の音はあっても,ちょっとだけずれるというのはそんなに起こるだろうか.僕はバスやトラックや,もちろん自動車にもいろいろ乗ってきたが,このような内燃機関で「うなり」というものにあまり出くわしたことがない.だから147のうなりはとっても興味深いのだ.ひょっとして,倍音成分になりきれていない,少しだけずれた成分同士が引き起こしているとか...計算機を使ったシミュレーションや理論どおりに設計しているのではなく,人の感覚で作り出しているのだとすれば,むしろ「うなり」はありえるようにも思う.

次にジャダー,共振はどうだろうか..これはクラッチの固有振動数に,エンジンが発する周波数が一致して,なおかつ組み付けが柔らかく,つまりマウントブッシュ類がその共振を殺せないから起こるのだと僕は考えている.だから,エンジニアの方はエンジンマウントの調節でこのジャダーを抑制させていた.これ,クラッチミート時に起こるのでクラッチが原因だと思われていることが多いけど(実際僕もこのブログでは「クラッチのジャダー」と書いてきた),多分そう簡単じゃないと思っている.しかし,固有振動数というのは素材や形状や質量によってまるで違うので,これは今回の倍音の話題とは関係ないか...

うーん,よくは分からないのだけど,波にまつわる何か面白い事実が隠されているような気がしてならない.

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  1. アルファロメオ147
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責任とは何か :: 2010/11/24(Wed)

responsibility(責任)とは,問うものでも,持つものでもない.自由な行為に付帯して,自ずとそこに生まれているものだ.

日本ではよく耳にする「責任問題」.

政治の世界では本当にこの問題は日常茶飯事だ.今回の柳田氏の国会軽視発言に関する話題も,結局は「責任問題」ということになる.野党は法相への問責案を提出しようとしていたし(これは,このような国会を侮辱するような発言をした法相の責任を問うという内容),首相が法相を更迭してたらば,今度はそんな首相の責任追及である(柳田氏を法相に指名した首相の任命責任を追及していく,とこういう意味).

もちろん,問責決議も首相の任命責任もそれ自体の「意味」は分かる.しかし,問題をそれだけにすりかえてしまっているように思えてならない.目的はひとつ.敵の誰かの足を引っ張って引きずり下すこと.だから発言内容の吟味や,そこから何か建設的な議論に発展させようとしたり,学んだりということは皆無なのだ.これは日本の国会ではいつでもそうで,とにかく相手の弱点を探してはそこを責める.

だから責められる方はもちろん萎縮していく.間違いが無いようにおとなしく,無難に,これまでの事例を重視しつつ,レールの上を歩くようになっていく.こうやって新しさやアイデアは排除され,疲弊していくのである.民主党政権も間違いなくこの過程をたどっている.

実生活においても日本での責任という言葉の使われ方は,政治の世界と基本的に同じであることが多い.「一人一人が責任を持って行動しましょう」なんて標語,学校などで出くわすだろう.とても自由奔放に振舞う若者に,「もっと自分の行動には責任を持て」なんて年長者が言ったりする.この責任とは何だろうか?

日本におけるこのような「責任」は,たいてい「義務」のニュアンスに近い.もしくは「責任を取る」というフレーズから分かるように,その義務を怠った場合に必要な謝罪(もしくは罰)の意味がある.

ある決められた正しいとされる範囲があって,そこからはみ出した人間を枠内に戻そうとして「ちゃんと責任を持て」と言うのだ.そしてその枠にとどまることこそが日本では「責任ある行動」と見なされる傾向がある.すごく端的に言うなら,「社会常識から逸脱しないこと」が責任ある人間であり,だから日本における責任は,たいてい「自由」とは対極のイメージになっている.

しかしながら,民主主義の世界の「責任」(responsibility)という言葉は全く意味が違う.この概念について,多くの日本人はもっと意識し理解しなくてはいけないと僕は思う.民主主義における責任とは,自由に付帯して生まれる概念である.何らかの束縛から解き放たれ,自由を得ると同時に自ずから生まれるものとして「責任」がある.自由とは切っても切れない関係であって,もちろん全く義務のニュアンスはない.

responsibilityはresponseという単語から派生した言葉で,レスポンスとは応答するという意味だ.応答...つまり山に向かって叫ぶとこだまが返ってくるイメージ.打てば響く,そういうイメージ.自由を得ると責任が還ってくるということである.だから日本ではよく「人が自由に振舞うには責任を持たなければいけない」などと言うが,民主主義の言葉では,「人が自由に振舞うと,そこに当然のように責任が生まれる,伴う,」ということになる.これが責任だ.

私たちは,自由に選択して何らかの行為を行おうとする場合,それに呼応して生じる何らかの結果には責任が生じていることを常々意識する必要がある.そうすれば,

「個別の事案についてはお答えを差し控えますと、これが良いんです。 わからなかったらこれを言う。で、後は法と証拠に基づいて適切にやっております。この二つなんです。まあ、何回使ったことか。」

など言えるはずもなくなるか,もしくは後になって謝罪することなどなく自信を持って言うことができるはずだ.

関連記事:http://erisabeth.blog123.fc2.com/blog-entry-402.html

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  1. 社会
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個別の事案についてはお答えを差し控えます. :: 2010/11/21(Sun)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101120-00000076-jij-pol

菅直人首相は20日夕、首相公邸で仙谷由人官房長官と約1時間半会談し、国会軽視と取れる発言をした柳田稔法相に対する野党の罷免要求に応じない方針を確認した。

(後略)


****

また政治家が何か問題発言をしたらしく,やめるかやめないか,やめさせるかやめさせないかで揉めているようだ.いわゆるこの国ではいつも見かける「責任問題」というものだろう.

僕は詳しく知らなかったので調べてみた.

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B3%E7%94%B0%E7%A8%94

「2010年11月14日、柳田は広島市での国政報告会で、大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件などに言及。「皆さんも、何で柳田さんが法相と理解に苦しんでいるんじゃないかと思うが、一番理解できなかったのは私です。私は、この20年近い間、実は法務関係は1回も触れたことはない」「法務大臣とは良いですね。二つ覚えときゃ良いんですから。 個別の事案についてはお答えを差し控えますと、これが良いんです。 わからなかったらこれを言う。で、後は法と証拠に基づいて適切にやっております。この二つなんです。まあ、何回使ったことか。」などと得意顔で講演した。」(2010年11月20日現在の記述)

ネットのニュースを検索しても明確な内容は見つからなかったのだが,なんとwikipediaの編集の早いこと...

この発言,インパクトがある.恐らく本当に自分が法相なんて務まらないんじゃないかと思ったのだろう.しかし実際やってみると,意外にも,発言のパターンを学習してしまえば楽勝だったということだ.

僕はこの発言に嘘は無いだろうと思う.ちょっと自虐的なユーモアになっているけど,それにしてもけっこう内容は具体的だし,真相であるだろう.

さて,この発言はそんなに問題なのだろうか?野党はこの発言に対して「国会を侮辱している」と言って責任を取れと言っているようだが,果たしてこれは「侮辱」なのだろうか?

侮辱とは,相手を見下しはずかしめ,名誉を傷つけるような行為のことを言う.本当に国会が立派で高貴な場所であり,それをこの発言によっておとしめたのなら,確かに侮辱になるだろう.しかし今回はむしろ「国会ってこの程度のものですよ」ということを自ら明らかにした発言だ.これは侮辱というよりは,暴露である.

いやもしくは,やはり侮辱なのか...つまり質問者への侮辱である.こんな適当な答弁で簡単に逃げ切れる質問しか野党はできていないよ,という真相の暴露が,一応立派に質問攻めにしていたつもりの野党議員をおとしめたということかもしれない.しかし,この程度しか自分はやっていないよ,という暴露なのだから,同時に自身もおとしめていると思うのだが..^^;

いずれにせよ,この発言を受けて,「いやぁ,こんなしょうもないやりとりを延々やってるなんて私たち馬鹿げてるよね.何とかしなくては!」みたいに,建設的なことを考えようとする政治家はこの国には本当に一人もいないのだろうか...それどころか,ここに及んでまたまたこの発言を取り上げての責任追及である.自らを高めようと言う意識は皆無で,他者をおとしめることしか考えられないのか?

この発言で責任をとってやめたり,罷免される必要は無いと僕も思う.首相と仙石さんに賛成だ.個人的には,頭がきれて周囲が見えていて,かつ利己的で悪知恵ががっつり働きそうな人よりは信頼できると思う.一方,このようなかなりのうっかり天然系で,なおかつ法務にどうも詳しくない方が法相をやっていて本当に大丈夫なのかどうか.そして問題発覚を受けてすぐさま「深く反省し、誠心誠意頑張りたい」などと,何を反省しているのかよく分からない発言をしてしまえる柳田さん.確かに「俺が言ったことは真実だ.何が悪い!」と逆切れされても困るのだが,この辺のことを考えていると,なんとも気分が萎えてしまう...

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147・オルタネータ交換 :: 2010/11/20(Sat)

エンジンから聞こえていたウォーンといううなり音.原因がオルタネータということが判明し,オルタネータの交換を行った.少しずつこのうなり音は大きくなっていたと思われ,それだけに当事者は全く気付けなかった.エンジニアの方に指摘されなかったら,何となくそのまま過ごしていたかもしれない.しかし一度「確かに音が変だ」と知ってしまうと,今度は一転して気になりだす...部品の在庫が国内にないということで,しばらく待つことになったのだが,交換までの2週間くらいは,もうこのうなり音が気になって,なんだかとても心配だった.(笑) ちゃんと発電できてるんだろうか,と...人間の感覚なんて本当にいい加減なものだ.





交換後の感想...

まずエンジンをかけてみる.おお,これは随分と静かになった.ひょっとして納車の時から既にオルタネータのうなりは聞こえていたのかもしれない.アイドリングから2500回転以下では,違うエンジン固体じゃないかというくらいに変化した.ローでゆっくり加速すると,今まで聴いたことがない,ヒューンというモーター音のようなものが小さく聞こえる.これ,新品のオルタネータの音?なのか定かではないが,この音なかなか悪くない.回転を上げると今までどおりのTSユニットの音だ.でもどこかちょっと薄味になったような,品が増したような,何とも形容詞しがたい変化である...

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206三昧 :: 2010/11/15(Mon)

久しぶりに206をじっくり味わってみた.

普段は営業車になっていて実はあまり乗ることができてない206だが,今回妻が出張で家を空けるため,なんと数日にわたって206乗り放題だ!! 147のオルタネータも完治していないことだし,ここは206三昧と参ります.改めて感想などを残します.






1.とても濃い

うーん.濃い.とにかく濃い.これがひとまず206三昧の改めての感想だ.さんざん美味しいものを食べた後に,甘いデザートワインとガトー・オー・ショコラ.そして最後に濃いエスプレッソを飲んでいるような感じ.

2.エンジンの味わい

トルク型エンジンなので,いわゆる華を持って心を高揚させるタイプではない.しかし,とりわけ演出感がないこの地味な質感もまたいいのである.つまり,地味であることを存在感に変えているようなとっても不思議なテイストだ...エンジンを始動する際も面白い.たいていの車は程度の差はあれ,きゅきゅきゅきゅブぉーん,となるものだが,206の場合は,きゅきゅきゅきゅげーーー,だ.つまり,回転計で表現するなら,0から800rpmに針が移動するだけで,ぶおーんと一度も吹かないのである.このストールしないぎりぎり,なんか小さな種火を最小のライターでそっと着火しました,的にエンジンがかかるのがとっても面白い.

3.運転が面白い

低いギアで,スロットル開度による車の加速がかなり大きく変化する.まあそれは原理上当たり前なのだが,かなり深く踏み込んだ位置であっても,わずかなスロットル開度の調節で,車は姿勢を大きく変化させるのだ.ちなみに,普段はほとんどやらないのだが,スロットル全開にすると,やや怖さを感じるような加速が得られる.

全開手前くらいのアクセル開度で,1速と2速をきちり4000回転くらいまで回してさっさと速度に乗る.これがフランス人の運転のやり方だ.パリの石畳のロータリー,車間つめたプジョーやルノーがローギヤでがんがん走っていく.あの走り方が最もこの206には合っている.ギアレシオはそれほど接近してないのだが,シフトアップはとても素早く行うことを要求される.エンジンなのかシンクロなのか分からないが,とにかくリズムよくシフトアップができるようにセッティングされているのがいい.やはりこの走り方を想定しているように思う.

4.空走感,まるで無し

マニュアル車なので,基本的にギアを入れた状態で走れば空走にはならない.とは言えハイギアだと少しは惰性的な雰囲気が出るものだ...しかし206の場合,どのギアで走ろうとも空走感がまるでない.いつもエンジンとギアとタイヤとシャーシと,すべてがねちっこく接続されて,ゆっさゆっさと動いていることを体が無意識であっても感じている所為であろう.

5.なぜか劣化しないインテリア

我が家の206は5万キロを超え,納車から6年が経過しようとしている.それにしてもインテリアの劣化が少ないと感じる.ダッシュボードなどの樹脂もとても綺麗だし,色褪せない.さほど日焼けもしていないように感じる.炎天下の駐車はかなり多い方だと思うのだけども...そしてシートである.これがまたヘタらないのだ.運転席と助手席を比べると確かに運転席のほうが柔らかくなってはいるのだが,へたっている状態ではない.しっかりとした弾力を持っており,復元力も衰えていない.走行中のサポートも実にいい.へたるのはまだまだ先のようだ.そして座面がいまだにきわめて美しいことも改めて驚く...これ,どんなにお菓子のくずをこぼしても,埃がたまっても,シートの中に入っていったりシートに吸着しないのである.晴れた日に風通しのいい場所でドアを全開にして,このシートをパンパン手でたたくとすごいことが起きる.もう表面に蓄積した埃がどんどんと舞い上がるのである.その量半端ではない.そしてさんざん叩いて,その後かたく絞ったタオルで水拭きするだけで,タオルは真っ黒に,シートはピッカピカに戻る.いや,これ,本当に恐るべしだ.こんな耐久性能とメンテナンス許容性能,みたことが無い.しかも基本的には安っぽいコンパクトカーなのですよ!!




↑我が家の206のインテリアに劣化感まるで無し.


6.マニュアルエアコン,最高です!

147に乗ることが多くなって,フルオートエアコンに慣れていたのだが,マニュアルエアコンの人の感性への合致具合はやはり特筆に価すると改めて思う.今札幌はもうヒーター無しでは寒くて走れないのだが,寒いと思えばつまみを右へ,暑くなったらつまみを左へ回せばいい.所要時間は0.1秒くらいだろう.この人間が行動を起こす動機に対して,まったくもって真正面から受け止めてくれるのは,フルオートじゃなく,マニュアルなのだ.フルオートエアコンの温度は,とても客観的な「温度」である.しかし人は同じ20度でも,暑く感じることもあれば,寒く感じることもあるのだ,ということをマニュアルエアコンはちゃんと覚えていてくれる.


7.時代を超えるエクステリア

改めて206のエクステリアをじっくりながめた.やはりこの姿は動物的だ.しなやかな筋肉の動きを感じる.
デザインというのはやはり流行りがある.どんなものにもある.日本ほどではないしても,流行というのは,人が社会的動物である以上,必ずや生まれている.ところが,流行にのったものはいつか飽きられるし,時間が流れると輝きを失う.なぜかというと,人々の最も心地よいと感じる感性は流転するからである.その時代に最も適合するように作ってしまうと,時間の壁を越えられないのだ.そういう物を後になって素晴らしいと絶賛する人は,たいていその時代の空気や流行を経験している人だけである.

フランス車のデザインは,その時代の人々の感性に決して迎合していない.というか,迎合する感覚自体が希薄なのだと思う.現行の3008やRCZだって,本当にかっこいいとか美しいと心の底から思えるかといえば,実は思えない.トゥインゴも,C4もそうだ.難解であり,どこか僕の感性と車の造形が,鍵と鍵穴のように気持ちよくフィットしないのだ.しかし,決して「変」なのではない.おそらく目や情報処理する脳の方がついていけてないのだ.なぜなら脳は常に既存の何かから多くを学習しているのだから...結局,2010年にあるはずのデザインではないような気がするのである.

206のエクステリアはどれくらいの時間を越えていくだろう...


8.ブリジストン・REVO2もなかなかによい.

これはプジョーの話ではないのだが,206に履かせているスタッドレスタイヤ,BSブリザックREVO2のフィーリングが少し改善されてきた.新品の頃は,アスファルト上でのふにゃ感が残念だったのだが,経年劣化が進むことで,逆にバランスがとれてきたかもしれない.高速道路は試してないが,走りとしてはまずまずだ.このブログではピレリを褒めすぎているので,ここは世界のブリジストンをフォローすべきかな.(笑)BS侮るべからずか...このタイヤはまた,雪上限界性能が高い反面,限界を超えた時のやや唐突なすべりが少し気になったのだが,これも経年劣化により限界性能が少し低下することで,むしろコントローラブルと感じるタイヤに変化してきているかもしれない.雪上でのこの冬の感想は機会があればまた書きます...

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  1. プジョー206
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生きる :: 2010/11/13(Sat)

人は全てを受け入れて生きていくことができるだろうか.

過去にはできていたかもしれない.めぐり合うもの,その多くに矛盾が見当たらなかったならば.

出会う人々,経験,身を置くコミュニティ,社会の構造,思想,信仰...そこに矛盾がなかったなら,きっと噛み合う.皆それに従っていて,それそのものこそが調和だった..そんな世界が目の前に溢れていれば,全てを受け入れ,心の底から本当にそうだと実感して生きていけそうに思う.

しかし現代の日本に生まれてきて,果たしてそんなことあるだろうか?親が言うこと,教師が言うこと,友人からのメール,教科書に書かれていること,テレビがしゃべること,ファッション,音楽,インターネット,小説の中,雑誌の中,漫画の中,アダルトサイト,溢れかえる数多の情報...人々の思い...

互いに様々に矛盾しているじゃないか.混沌としている.どうして世界を全て受け入れられようか!

だからこそ,溢れる人々の営みの中に,自分が「そうだ!!」と共感する何かと出会わなければいけない.それを求める旅こそが目の前にある.

みんな破片なのだ.どれひとつとして完全なものなんてない.この世はばらばらの部分の寄せ集め.もし自由や権利や愛情や名誉を欲したとして,本当のそれらが何なのか,そんなこと誰も知らないし教えてくれるわけがない.だから,自分は常に不完全だ.

でも不完全だというから何なの?

理想と現実はいつも自分というその存在にまとわりつく.その間をうろうろしながら,これは違う,こっちはもっと違う,って考えながら,それでも理想をずっと見つめているんだよ.そこに素敵な未来がまだ見えているから.だから僕はずっと走り続ける.どんなに苦しくて息が切れても,それこそが生きてるって実感できることなんだ.他人からはそうだねって,軽々しく賛同はされたくない.だってみんな何も知らないくせに.


  嗚呼・・・
  充たされないで,
  識らないで,
  追い掛ける影の美しさよ.
  皆まで言うな.
  憧れ続けてた筈の,
  孤独と自由が首を絞める.
  なんてこの世は果てしないのだろう


でもね.もう疲れたんだ.本当に息が切れて,どんなに走ろうと思っても,どうしてなんだろう,ぜんぜん生きてるって実感できない.確かに追い求めてたものはやってこなかったし,やってくる必要はなかったのかもしれない.全てがばらばら.それこそが現実だってこと?それを受け入れたってこと?だから息が切れた?

違う違う.諦めたんじゃない!!そんな理屈じゃないんだ.理想を求めて走り続ける,その行為自体にもう飽きたんだ.いろんなものを見たし聞いた.繰り返し,繰り返し...だんだん身震いする発見がなくなっていって,走るための意欲が湧かなくなった.だって同じことだけやってたら人は飽きるもの,違う? この世は有限だったんだ.

胸にあるのは,求めていた理想の未来.夢.それは色褪せてるわけじゃないんだよ.今でもね.でもそれに近づこうとする気力がなくなった.だからこそ,理想を追い求めて走り続けても全然それに近づいている気がしなかった,そんな頃の自分の気持ちより,今はもっともっと,本当に虚しいのさ.

でもね.可笑しんだよ.そんな無欲が胸を占領して,僕の心を満たしているみたい.満ち足りてしまった.この世には,あまりに何もないんだって,そんな気持ちに僕は満たされて(充足して)いるんだよ.


  最早何ぶん諸々を聞き飽きて居る.
  嗚呼・・・囚われないで,
  云わないで,為遂げる光の
  しなやかさよ.
  至らなかった.
  忌み嫌い続けてた筈の,
  無欲と空虚が
  胸を占める.
  なんてこの身は頼りないのだろう.
 
  あまりに何も無い.

             「生きる」より抜粋
             (詞:椎名林檎)

全歌詞:http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND89683/index.html

※これは,椎名林檎さんの詞からインスピレーションを受けて書いた自分の文章です.


全くやる気がない若者が身近にたくさんいる.これはもう,この歌で語られている最終領域に到達しているのかもしれない.無気力であること,何も考えられないことは,彼ら彼女らが駄目なわけでは決して無いと僕は強く思う.わくわくできるような,飽きようがないような素敵な変化が無くては...何かないかなぁって思いながら過ごしています.



(CD音源)


****



さて,ようやく東京事変の「ウルトラC」ですけど,ついに購入,じっくり鑑賞しました.素晴らしいです.dynamiteツアーの奇跡をもう一度見せられた気がする.音が生きていて,ライブを見て初めて発見がある曲もあります.CDは事前配布される予習するための教材みたいなもんですね.

最初の「勝ち戦」から「FOUL」まではずっと鳥肌立ちっぱなし.FOULの押しつぶされそうな重さがすごい.この曲が何を伝える曲だったかこのライブを見て初めて感じることができた気がする.言葉に変換できてないけど,これはダイナマイトの時の「サービス」と同じ感想...その後,「ありあまる富」「生きる」「絶体絶命」「遭難」と続くのだけど,観てるうちに自分も遭難します.(笑)遭難は完全に違うアレンジで,びっくり仰天.すごい説得力!30代の自分にはちょっと懐かしい旋律があるので,なおさら...ちなみに遭難は行方不明になることじゃなく,災難に遭うこと,つまり出遭いの曲ですのでお忘れなく.

本当に最高のライブなので,是非ファンの方でためらわれている方,購入をオススメします.(笑)

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  1. りんごさんのことば
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