日本について考えるブログ




スポンサーサイト :: --/--/--(--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. スポンサー広告
鯨たちよ :: 2011/03/20(Sun)

今回の大地震とその後の大津波によって,多くの方の命が失われました.そして今も避難所等で困難な生活を送られている方が大勢おられます.被災された方々に心よりお見舞い申し上げます.


今回の地震に関して,専門家の方々はあちらこちらで「想定外」を口にされている.そのとおりなのだろう.南北500km,東西200kmに渡って断層が破壊されるような巨大地震が日本のすぐ近傍で起ころうとは,「ありえない」とは言えなくても,「とても可能性は低い」ということになっていたのだろう.想定されていた津波の高さは数メートルだったと聞く.

可能性・確率,という言葉は残酷だ.私たちは,車に乗るとき事故で死ぬかもしれないけれど,それでも乗るだろう.なぜなら事故に会う確率はとっても低いと思っているからだ.だけど,対向車線から居眠り運転のトラックがはみ出してきて正面衝突すれば,おそらく確実に死ぬ.事故が起こる前には確率というあやふやな霧が立ち込めているばかりなのに,起こってしまえば確実な現実が目の前に現れる.今回はこんなとっても低い可能性でしかなかったものが,北関東から青森までの広範囲で一瞬にして起きてしまった.

今回の地震の前,僕はこのブログに書こうかと思っていたことがあった.それは以下のニュースだ.

****

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110305-OYT1T00340.htm

茨城県鹿嶋市の下津海岸で4日夜、クジラ約50頭が打ち上げられているのが見つかった。

5日朝から地元住民や同市職員らが救出活動にあたったが、既に半数以上が死んでいた。

茨城県大洗水族館(大洗町)によると、クジラは体長2~3メートルで、小型クジラのカズハゴンドウとみられる。同館の島田正幸・海獣展示課長(56)は「餌の小魚などを追いかけて遠浅の海に入り込み、方向感覚を失ったのかもしれない」と推測する。死んだクジラは砂浜へ埋めるという。

****


「餌の小魚などを追いかけて遠浅の海に入り込み方向感覚を失った」のではおそらくない.これは地震の前兆だろうと僕は思った.少し前のニュージーランド地震の際にも,地震の2日前にたくさんの鯨たちが浜に打ち上げられる事件が起きている.

鯨がなぜ地震の前兆を感じ取ることができるのかわからないが,地震直前,つまり巨大な力に岩盤が耐え切れずにずれ始めようとする時,なんらかの物理量の変化が起き(いわゆる磁場の変化や電磁波のような類),それが鯨を混乱させるのだとか,そういうことは考えられる.

ところがこのことは書かずに終わっていた.なぜなら,実は3月9日,三陸沖を震源とするやや大きな地震が起きたからだ.震度5弱で津波注意報も出た.鯨たちはこの地震が起きることを感じ取ったのか,と僕は思い,そして感心してしまっていた.この後,9日・10日の二日間,震度1から4くらいの地震が三陸沖で続いていた.もちろん余震だと思っていた.

ああ,鯨たちよ...あなたたちが命を失った場所が茨城県の浜であり,三陸ではなかったことを僕は見落とした.その後起きたこの巨大地震の断層破壊は,確かに茨城沖にまで達していたのに...予知なんてできるわけないのだけれど,それでも被害の甚大さが明らかになるにつれて,無力感と脱力感と悔しさで体が動かなくなった.そして0.1%にも満たなかっただろう可能性が100%の現実になってしまう残酷さを改めて思い知った.


****


最後に,原発事故の件...現場で問題解決に従事されている技術者,消防,自衛隊,そのほか様々な関係者の方々,その卓越したプロの仕事に最大限の敬意を表したいと思う.

時間を巻き戻して原発事故を防ぐことはできない.だからせめて,これを機に原子力というものがどういうものか,多くの人に真剣に考えていただきたいと思う.

ブログランキング・にほんブログ村へ  
スポンサーサイト

テーマ:東北地方太平洋沖地震 - ジャンル:ニュース

  1. ニュース
  2. | trackback:0
  3. | comment:8
言い訳が聞きたい :: 2011/03/06(Sun)

意義のある「言い訳」もしくは骨のある「弁明」が好きです.

小学生の頃,毎日のように遅刻してくるクラスメイトがいた.毎日先生に叱られて,その度に日替わりで何か言い訳をしていたのを覚えている.言い訳をして,嘘をつくな,言い訳するなと先生に再度叱られ,ごめんなさいと謝って終了する.もうこれはほとんどコントのようなものだった.今日はどんな理由が飛び出すのかと誰もが楽しみなのである.これは真剣な弁明ではない.だからもちろん全て嘘だと誰もが分かっていたけど,一度だけ道に蛇がいたから遅れました,という言い訳があって,いいわけするなと言ったら,鞄から本物の生きた蛇が出てきたこともあった.(笑) クラスはパニック! (注: ただし,僕の生まれ育った場所では蛇はそれほど特別ではありません.) でもこれも蛇が道をふさいでいたのではなく,逃げていく蛇を追いかけて捕まえているうちに遅刻したのだろうから,やはり嘘だったろう.(笑)

にしても,この毎回繰り出されていた遅刻の言い訳は,今思えばハイレベルな言い訳なのかもと感じる.日本には卑下の文化があるから,それとうまくからめて,なおかつ場の空気を和らげ人を心地よくさせ,最終的に謝罪に着地する.遅刻の理由はみんなを笑わせる,「芸」だったのかなぁ...

「いい訳」という言葉は非常に難しいニュアンスがあると感じている.例によって辞書を調べてみると,そこには「筋道を立てて説明すること,自己の事情を説明して,弁解をすること」とある.つまり,辞書の上ではほとんど弁解・弁明と同じ意味ということになる.

これは語源を考えると妥当だ.古語で「いひわけ」は状況を説明することの意味である.またそれだけでなく謝罪する意味もある.これはおそらく庶民の間の言葉ではなく,身分や序列と関係した言葉だ.昔,何か問題を起こした人間は,役人に呼び出され何のいひわけもせぬまま罰せられた.ここで「何があったのか申してみよ」と言われれば「ははあ...実は○○ということがございまして...本当に申し訳ありませんでした」となる.○○がいかに不可避な致し方ない事情であったとしても,それでも悪いのは私です,申し訳ありませんでした,と結ばれるわけだから,「いひわけ」は謝罪の意味もあるのだと思う.状況を説明するというのは謝罪する機会が得られたとも言えるだろうか.

しかしながら,現代日本人はそんな言い訳さえもできなくなってはいないだろうか.

社会人になっても遅刻する若者というのはけっこういるようで,僕が知る知人の会社の部署でもそれが問題となっていた.そしてついに上司が遅刻を指摘した.どうして毎日遅刻するのか,何か理由はあるのか,と...そうすると延々と「すみません」を繰り返すばかりで,何の説明もなかったという...もちろん生きた蛇も出てこない.

ああ,たのむから言い訳してくれ.これが僕の心の叫びだ.できることならもっとハイレベルな弁解も聞きたい.その上司だって何か説明が聞きたかったわけよ.説明を聞くことができれば,何か対策を考えたり,アドバイスもできる.そうやって人は前に進んでいく.

今話題の,入試カンニングで逮捕までされてしまった学生も,是非ともこっちが考え込んでしまうような言い訳や弁明をしてほしい.これは僕の個人的な,でも熱烈な希望だ.僕は社会のルールや規則に平々凡々と従って何ひとつ疑問に思うことなく過ごしている人よりは,そこから逸脱して何か問題を起こす人の方がずっと魅力的に思っている.そういう人は世の中の常識や当たり前のことに対して,敏感に「何か」を感じ取っている感性が鋭い人だと思っているからだ.しかしそういう人が「すみません.私が悪かったです」を繰り返していては何も生まれない.是非自分の行動に意味や理由を見出し,たとえ非が自分にあることは避けられないくても,他者に対して新たなことに気づかせてくれる素晴らしい弁明や言い訳が僕は聞きたい.そんな言い訳は,ちょっとずつ社会の構成をずらして動かしていく力を持っていると僕は思っている.

テーマ:教育 - ジャンル:学校・教育

  1. 教育
  2. | trackback:0
  3. | comment:4
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。