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政策 vs 人物 :: 2011/07/31(Sun)

原発に関する世論調査の結果があった。


【7月24日 AFP】共同通信(Kyodo News)が24日発表した世論調査によると、菅直人(Naoto Kan)首相が表明した「脱原発」方針に対し、「賛成」もしくは「どちらかと言えば賛成」と答えた人が計70.3%を占めた。一方で、菅首相の退陣時期については、8月末までの退陣を求める人が66.9%に上った。

http://www.afpbb.com/article/politics/2815546/7494328

(引用ここまで)


この結果は、十分に予測できるものではあるが、大きな矛盾をはらんでもいると思う。

原発推進派なら菅首相の退陣を求めるのは理にかなっている。しかし、脱原発の方針に賛成して、なおかつ菅首相には辞めて欲しいという意見は、少々理解しずらい。

もしも脱原発の方針に賛成の意向であるならば、菅首相を支持する選択肢も十分にありえる。菅首相以外に脱原発を推し進めてくれる首相が出てくる保障は全く無いのだし、国民は脱原発を支持していると示す最適な機会にもなる。

菅首相が不甲斐ないと感じている人は多いだろう。もちろん彼が首相に適任の人物だとは僕も全く思わない。実行力がない人が首相にずっととどまっていても意味がないのは確かだが、実行力を発揮できない状況が、彼の能力のせいなのか、それとも政界に彼を疎外する空気が生まれ、うまく実行力を発揮できない状態に陥っているのか、僕には分からない。もちろん、首相なんだからそんなことに左右されてはいけないという考えもあると思うが、しかし現在はかなり特殊な状況だ。脱原発なんて言ったら、おそらく四面楚歌に近いんじゃないだろうか。

国民は、人物像から支持・不支持を決める人が多いのかもしれないが、あくまで提言している政策方針に基づいて支持・不支持を決めるのもありだ。

****


現在は、原発事故の今後の処理と、安全の確保、広がる放射性物質汚染にどのように迅速に対応していくか、極めて切迫した状況である。そんなときに、あっちでもこっちでも聞こえてくる辞任の話、本当に情けなくなる。海江田さん泣いていたが、泣いている場合じゃない。

必要なのは批判体制じゃなく協力体制だ。こんな難題山積みの状況で、協力しあわないとまず何も動くわけがない、無理だ。与野党含めて、専門家も集めて議論し、迅速に法の整備と政策決定をやってほしい。要するに、誰も辞めなくていいから、しっかり仕事してほしい、ということだ。


****


前の記事のコメントで、ユーチューブの動画のリンクをいただいた。これは2011年7月27日 (水) の衆議院厚生労働委員会「放射線の健康への影響」における参考人説明。訴えているのは東大の児玉龍彦教授。見るべきものだと思うので、リンクを張ることにした。

http://youtu.be/DcDs4woeplI


注目すべきは、まず原稿を読んでいない、ということ。複雑な数値を言うときに少しだけメモを見ている程度。つまり、訴えたいことは全て頭の中でまとまっているのだ。そして、具体的な問題点と、どう対処すればいいのか、解決策にまで踏み込んでいる。第一に、第二に、、、と区分けされていて分かりやすい。主語と述語の関係がはっきりしていて、曖昧な単語がほとんどなく、正確に意味が伝わる。話しの最後には、改めて要約された内容を明快に言われている。政治家は何から何まで大いに見習うべきだ。そしてもちろん、迅速な対応を期待したい。

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原子力発電に思うこと :: 2011/07/23(Sat)

僕は原子力発電に依存するエネルギー体系に賛成ではない。

僕は現代の大量消費社会、右肩上がりの経済成長にのみ社会的幸福の尺度を置くことに問題を感じている。現代では、安いものを工場で大量に作り、すぐに使い捨てて新しいものを買ってしまいがちな社会である。そうではなくて、もっと寿命の長い「いいもの」を人手を使って作り、それらに人々が価値を見いだし、相対的に高いお金を払って購入し、大切に愛情をこめて長い時間使う、そういう価値観がもっと社会全体に浸透したら素晴らしいだろうと思っている。職人さんの地位は上がり、そこにお金が投資され、いいもの(長持ちするもの、扱いやすいもの、オーダーメイドのようなスタイル、等・・・)はもっとたくさん産まれてくるはずだ。

こんな経済の回転が実現すれば電力消費量は大幅に減るのではと思う。その時原子力発電を導入しなくても電気をまかなえるようになったらいいと思うし、自然エネルギーによる発電技術ももっと効率的になればいいと思う。

なぜ原子力発電を導入したくないかと言えば、それは原子力発電には明らかに大きなリスクがあり、それを完全にコントロールすることは難しいのじゃないかと僕は感じるからだ。

原子力発電は、人為的ミスにしろ災害にしろ、事故が起きると広範囲の放射能汚染を引き起こすということ、そしてもし事故が起きなくても延々と放射性廃棄物が生み出されることになり、日本はこれを埋める場所もなければ再利用するための確実な技術確立もまだなされていない。これらは原子力発電そのもののリスクだ。これにプラスして、日本人の性格もリスクを増大させるように感じる。危機管理のシステム作りが上手ではない。客観的で正確な情報を共有する類いのコミュニケーション能力も低い。予想外の問題への対処がうまくいかないかもしれない。これは私たち日本人の気質の問題だ。さらには、日本が世界有数の地震国であるというのも同様にリスクを増大させる。これらすべて含めてリスク管理しなくてはいけないのだ。

それでもなお原子力発電にメリットや魅力があるだろうか。おそらく「ある」と答える人はそこそこいるのだろうと推測する。ふたつほど考えてみた。

例えば、「たくさん電気を作って、コストを下げたものをたくさん作って、がんがん消費して・・・」なんて考えの持ち主なら、原子力はいい選択肢なのかもしれない。国の発展と幸福のためには必要なことだと考えているわけで、なんとかリスク管理しようと挑むに値するものとなるのだろう。事実、国は原子力産業に莫大な投資をしてきた。

それから、原子力という純粋な魅力というのもあるかもしれない。実際の原子力の基礎研究や技術研究に対して興味を持って行っている人たちの中にはこんな魅力もあるだろう。もしくは、一般の人であっても、何か途方もなく巨大なものに魅力を感じたり、コントロールできないものをコントロールしようとか、危ない橋だからこそ渡りたいというような人間の知的好奇心や冒険心やそういうものが働く場所である。原子力はそういう心を惹き付けるものでもあるだろうと感じる。


今回の原発事故を機会に国は今後のエネルギー政策に対して大きな舵取りを迫られている。しかし舵取りする場所の近くにはおそらく原発推進の力がかかっている人が多いのじゃないだろうか。だからこの問題に関しては政治家が主導的に舵をとるのではなく、国民投票を実施するべきだと僕は思う。ただ、市民ももっと日頃から原発に対していろいろ考え、意見を交換し合うような風潮が生まれてもいいと思うのだが。


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天国へようこそ :: 2011/07/10(Sun)

東京事変の「天国へようこそ」の歌詞(英語版)の日本語訳.

けっこう難しかった...雰囲気が伝わってくるのに,日本語にできない,というか...もちろん意味や解釈はひとつではありえないのだが,これはあくまで,自分が感じることができる範囲でのひとつの訳,ということで.

ひとまず今のところの訳をここに残してみる.

---

There's only one truth if you say still I'm dreaming
(あなたはわたしが夢を見ているだけだって言うけど,真実はひとつのはずよ)
You're acting in a play you call your life
(あなたは自分の人生を楽しく演じているようね)
The sketch of flowers on paper - Can you smell them?
(紙に描かれた花の香りをあなたはかぐことができるかしら?)
Well, I would rather bloom for eternity
(わたしはむしろ,永遠に咲く花でいたい)

Don't talk to me
(話しかけないで!)
I'm gonna suck and drink your life right from you
(私はあなたの人生をむちゃくちゃにしてしまいそう)
No life in me
(わたしのはつまらない人生よ)
I've got no time for changeless things and useless things
(とても大切で重たいもののために身を捧げることもなかったし,つまらないことを笑い楽しむこともできなかった.)

Which one's the real face of the sky, day or night?
(昼と夜,どちらが本当の空かしら?)
How do you think? Uh…I suppose it's both
(あなたはどう思う? わたしはどちらも同じ空だと思うの)
It's contradicting the nature of existence
(そこに存在するということ自体矛盾に満ちているものじゃない)
It's somewhere I must go without delay
(ああ,わたしは違う場所に行きたいの.遅れないようにしなくちゃ)

Good bye my sunshine
(さようなら,わたしの大切な人)
Good bye my darkest days
(さようなら,わたしの真っ暗な日々)
Cause I have just wasted my life away
(そう,たった今人生を無駄に使い捨てたわ)
I'm more dead than alive
(生きてなんていない.死んでいるの)

Hello
(あら,まあ.)
I'm gonna suck and drink your life right from you
(私はやっぱりあなたを殺してしまう)
Don't come near me
(だから近寄ってはだめ)
Now it is time to recognize when you've crossed the bar
(さあ,自分で認知するのよ,自分が死んだ時のことを)

I am dead
(天国へようこそ)

---


話しかけている相手を恋人と設定したが,そうである根拠は全くない.

語る人物を女性にしているのは,「Well, I would rather bloom for eternity」の一行があるし,それに思考のプロセスというか,そういう全体から女性のニュアンスを感じる.林檎さんの詞なのだから当たり前ではあるのだけど,しかし出回っている訳は「僕」になっているものが多い.

「I've got no time for changeless things and useless things」
が難しい.ちゃんとした英語になっているのかどうかもよく分からないのだが,何らかの意味をここに込めていることは間違いないので考えてみた...「changeless」は英語では不動・不変で安定したしっかりしたもののニュアンスで,信仰や神を連想する.「useless thing」はつまらないものの意味だが,このフレーズでは,「changeless things」と「useless things」のどちらにたいしても時間がなかった,と言っているので,語り手はどちらにも価値を見いだしていると仮定して,上のようなむちゃくちゃな意訳をした.(涙)

Helloがと~っても怖い.でもどう訳していいものか...難しい.ここでは挨拶のハローではなく,ご満悦的な,得意げなニュアンスのハローだと解釈した.これは言葉自体よりも音楽を聴くことでのイメージだが.

最後のフレーズも悩んだけど,「わたしは死んでいる」はもう聞き飽きたので,やはり「天国へようこそ」かな,と.

ところで,この死は肉体的な死なのか,精神的な死なのか,,,「Now it is time to recognize when you've crossed the bar」の部分は,「さあ,あなたも自分で認識するのよ.いつを自分の死とするのかを」でもいいんじゃないかと思う.一般的に「死ぬ」と言えば肉体的な死のことだと思うのだけど,この歌の世界ではそうでもないのではないだろうか.この「天国」は,いわゆるキリスト圏で言うところの神の国,のことでは間違いなく,ない.

ギター弾くようになって,コード進行も楽しくなった.この曲,フィナーレに向かうところの,

/D/GM7 DM7/F#m7-5 B7/ Am7
(http://gakufu.gakki.me/m/data/N00110.html)

がすごい.最後の結論であるAm7で「I am dead」なのだが,絶望的悲しみと解放の喜びの両方が,どちらもこのAm7の中に見える!すごい.


****

こんなとんでもない曲に日本語と英語でサンドイッチをくらった今回の東京事変のニューアルバム「大発見」.なにしろ,「私に梔子(口無し)」(和歌でよくある掛詞)から始まって,「I am dead」で終わる恐ろしさ.今回はフェードアウトの曲もあり,曲間の「間」もしっかりとられていて,アルバム全体の統一感や疾走感が希釈されている.とりわけスポーツが濃密すぎたので(こちら)そう感じるのかもしれない.曲のタイトル文字数のシンメトリーは,文字数がすべてそろうという方法で残ったが,これも今までとは違うパターン.

というわけで,これまでの制作方法とはかなり異なったプロセスで作られたアルバムだという気がする.東京事変は,曲が潜在的に持っている雰囲気がアルバムの中の演奏ではたいてい出ていない(これはライブで必ず出会うことができます).毎度のこと,なので,ひとまずヘッドホンで,構成とサウンド,演奏の個人技とそのハーモニーを楽しむことで,ライブへの予習はばっちり.

アルバムの個人的な感想.「21世紀宇宙の子」がアニソンっぽくて面白い.最後のユニゾンもなんかとってもいい,というか新鮮.それから浮雲氏の曲は聴くたびにじんわり効いてくる.メトロなんかもそうだったけど.ほんと,しみ込んでくる感じ.最後に「女の子は誰でも」.シングルのときは「空が鳴っている」に隠れてしまってたのだけど,改めて聴いてノックアウト.

テーマ:椎名林檎 - ジャンル:音楽

  1. りんごさんのことば
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147,3回目の車検 :: 2011/07/03(Sun)

車に興味がない人で「アルファロメオ」という自動車メーカー,どれくらいの人が知っているのだろうか...とふと思った.

と言うのも,先日,アルファロメオなんて名前,聞いたことないという人に出くわしたからだ.フォルクスワーゲンやベンツは知っていた.フェラーリも聞いたことがあると...しかしアルファロメオは聞いた事も無い,とのこと...これが日本での知名度の順番,そのものかもしれない.世代によってもずいぶん違うのかも.


我が家の147は7歳.3回目の車検である(我が家にやってきたからは2回目).走行距離は約47000キロ.

今回は消耗品を含めいくつか交換した.以下に記録を残すことにする.

スパークプラグ・・・プライマリ,セカンダリともに劣化消耗のため交換
エアクリーナー・・・汚れが酷く交換
空調用フィルター・・・汚れが酷く交換
ブレーキフルード・・・交換
エンジンオイル・・・交換.セレニア20K.前回交換から1年(約6000キロ走行).
オイルフィルター・・・交換
リヤブレーキパッド・・・残量3ミリ以下のため交換
発炎筒期限切れ・・・交換
ファンベルト・・・劣化のため交換
サイドブレーキケーブル・・・ブーツ破れのため左右とも交換
フロント左アッパーアーム・・・劣化損傷のため交換





左フロントからきゅきゅっという音が出ていたのだが,これはロアアームボールジョイントが原因.しかし部品としてガタはきていないので無理に交換の必要は無いとのことで交換は見送り(しかもけっこう高い).一方,アッパーアームにガタがきているとのことで交換.するときゅきゅ音は出なくなった.性能が回復したらしい.これでロアアームの寿命も延びてくれれば...

サイドブレーキケーブルは前回も交換している.ひくときの感触に抵抗感が出てきていたので,なんとなくまた交換かもとは思っていたのだけど,案の定である.これは147の弱点なのか,それとも冬の札幌を走るからなのか,僕が長めの信号待ちでサイドブレーキを引くクセがあるからなのか(要するに引く回数が増える),そこはよく分からない.今後,駐車以外の時は引かないようにしてみようと思う.

リヤブレーキパッド交換と,ブレーキの分解清掃,ブレーキオイル交換で,ブレーキのタッチは別の車かと思うくらいによくなった.応答性のよさと強めに踏んだときの余裕のストッピングパワーには,思わず顔がにやけてしまう.

オイル交換,プラグ交換,そしてエアクリーナーまですべて一度に交換してしまったので,変化があってもどれが効いているのか判断が難しくなるはずだったのだが...大きな変化はなかった.心なしかスムーズになったとは思うが,エンジンの心地よさは買ってからずっと変わらない.

バッテリーは一度も交換していないのだけど,今回も「性能良好」とのこと...まあ,あまりエアコン使わないし,ナビなど外付け電気製品は何もつけていないので,バッテリーへの負担はあまりないとは思われるが...

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  1. アルファロメオ147
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「がんばれ」 :: 2011/07/02(Sat)

http://www.asahi.com/national/update/0702/OSK201107020070.html

東日本大震災の被災者に「がんばれ」と言い過ぎないで――。日本うつ病学会の委員会(河西千秋委員長)が1日、被災者を支援する人たちや報道機関などに向けた緊急提言をまとめ、大阪市で始まった総会で発表した。

 提言は、「がんばれ」、「強く」、「絶対」といった励ましが、被災者には時につらく、「これ以上どうがんばればいいのか」と感じることもあると知ってほしい、とした。

(引用ここまで)

****


日本の日常では,頻繁に「頑張れ」とか「頑張って」いう応援,励ましの言葉を聞く.しかし状況によって,この「頑張れ」という言葉には時々強い違和感を僕はおぼえる.

違和感をおぼえない状況としては,例えば...

一緒に山登りをしているときに,疲れてへとへとの友人に,「頑張れ,山頂はもう少しだ!」と声をかける時.
大事な商談の当日,「では行ってくるよ」と意気込んで商談先に向かう同僚に「頑張れよ」と声をかける時.
スポーツ観戦で応援しているチームの選手に「頑張れー」と声をかける時.

こんな状況は特に違和感を覚えない.一方,違和感を覚える状況.例えば,失敗ばかりで何もかもうまくいかないとうなだれている人に「頑張って」とか「頑張れ,君ならできるはずだ」と声をかけたりする状況.


要するに,頑張れと声をかける相手がやる気がある場合には違和感はない.一方,声をかける相手が迷っていたり気力がなかったりする時に,そこで「頑張れ」という言葉を使うことに違和感を覚える.

これはもうずっと前からそう感じている.自分が言われるとカチンとくるし,人が言ったり言われているのを見ると違和感を覚えたり,言われている人が傷ついていないか心配になる.

しかし,この感覚は意外にもほとんどの人に理解されない.確かにうなだれている人に「頑張れ」と声をかけることで,その人が少し元気を取り戻すこともあるのだろうから,自分の感覚を押し付けることはできない.また,とにかく日本人は「頑張れ」という言葉が好きなので,深く考えずそこにポジティブな意味を見出すのかもしれない.

なぜ自分が違和感を覚えるのかを考えてみた.

この言葉の意味は,「応援しているよ」「うまくいくことを願っています」のような感じだと思うのだけど,それだけでは終われない.なにしろ『頑張れ』という言葉なのだから...言われる側は潜在的にであっても頑張らなくてはいけない,ことになりはしないか.

こっちがやる気なら,言われて気持ちがいい.しかし気力がなかったり,気持ちが萎えているときにこう言われたら「お前に俺の苦労の何が分かるってんだよ」と言いたくなる.また「頑張れ」は一種の決まり文句でもあり,状況や人の気持ちに対して繊細になれない.発する人独自の何かが入ってもいない.こういう状況では頑張れの一言は全くナンセンスだと感じる.そんな一言で済ますのではなく,いろんなことを話すのが正しいと思う.そしてその人が気づいていないこととか,自分にできることを見つけたり,未来の展望を語ったりすることが必要だと思う.そうでなかったら,まだ何も言わないほうがいい.

僕は日常でもそう思っているので,地震の被害に遭われた方々に「頑張れ」なんてどういう神経なのか分からない.それくらいの気持ちだ.

****

ところで,そもそも「頑張れ」という言葉は単純すぎないだろうか.しかも乱用しすぎだ.1にも2にも「頑張って」と声をかけることが日本人の間では多い.だから心をこめて「頑張って」と言うのは逆にけっこう大変かも.それでも言われて嬉しい人はいいのだけど,そうでもない人もけっこういると思う.

これからは「頑張って」以外の言葉で応援したり励ましたりする言葉を考え,伝えてはどうだろう.その状況,その人のことを思って,その時ならではの応援の言葉を.もしそれはとっても難しくて無理だと感じたなら...皮肉にも,深く考えもせず記号のように「頑張って」を繰り返していた自分に気づくかもしれない.

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  1. 社会
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