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憲法改正の是非 :: 2013/07/21(Sun)

僕は憲法9条の改正には反対だ。それは、

1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

この条文がとても素晴らしいものであると感じるからであり、平和な国際社会の構築に寄与するためのひとつのあり方だろうと思うからである。これにつきる。

憲法改正派はこのように言うだろう。これは日本人が自分たちだけで作り上げたものではない、押し付けられたものだ、と。そして、より現実的に自国を守るための武力行使、つまり集団的自衛権の行使、海外での武力行使を可能にしなくてはいけない、そのためにも改正が必要だ、と。

しかし僕はこのようなことを言われても全く自分の考えは揺るがない。そもそも意見をつむぐための地盤が違うと感じるだけである。

この条文を日本が自ら作っていてもいなくても関係ない。あくまでその内容を考えているだけであり、それに賛同でき、意義を見いだせるかどうか、という視点で見ている。

僕は、武力の行使を強く否定している9条に賛成している。この9条が存在するせいで、中国や北朝鮮に爆弾落とされて、めちゃめちゃにされたらどうなるのか、という意見もあるだろう。それは極論ではあるが、しかしもしそうなったら、僕はそれを受け入れようと思う。人間の愚かさのはけ口が日本に向かった、その結果として。そしてその時も武力を行使して殺し合いをしに行かない。あくまで平和を守るという誇りを胸に強く持つ。マハトマガンジーの「非暴力不服従」の精神だ。

しかし、これはやはり極論だと思う。武器をかざして反撃してこない相手をこれでもかと痛めつけることは、現在の国際社会の中ではほぼ不可能だろう。むしろ、武器を持って殺し合いを始めるからエスカレートするのだと思っている。武器を手にとり領地を守るような行為は、人間の長い歴史の中で子供っぽく感じる。私たちは幼稚化するのではなく、大人にならなくてはならない。この条文が自ら作ったものでなくても、その内容は進歩的だと感じる。

一方、96条の改正の案件。改正に必要な条件の緩和であるが、これも賛成しない。改正の条件は厳しくていいと思う。その厳しい条件もクリアできるほどであって、初めて改正が可能になる、というのが正しいあり方だと思う。現状、9条改正のために総議員の三分の二以上の賛成での発議は微妙であり、国民投票で過半数が賛成するかどうかも微妙だろう。それをより安易に改正が可能になるようにする必要はないと思う。議論が成熟し、多くの国民が積極的に考えた上で何らかの意見をしっかり持った後、もしそれが必要であるのなら、今の改正条件でも自ずと改正できるはずだ。
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テーマ:憲法改正論議 - ジャンル:政治・経済

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全責任は機長に? :: 2013/07/09(Tue)

「アシアナ事故機は目標速度25%下回る、社長「全責任は機長に」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130709-00000038-reut-kr

という記事が目に入った。これを読むと、アシアナの社長は「私には責任はない。全責任は機長にある」と言ったと感じないだろうか。僕は一瞬そう思い、ずいぶんと無責任な発言をする社長だなぁ、と思った。しかし本文を読むとそうでもない。

内容はというと、今回操縦桿を握っていたのがボーイング777型機の習熟訓練中のパイロットで、機長ではなかったということが判明。しかしそれはごく普通にありえることで、すべての運航責任は教官役を務めた機長にある、と社長は語った、というものだ。つまり、訓練中のパイロットに「よし。今日の着陸はお前やってみろ」と任せる裁量は機長にある、ということだろう。

それで、またタイトルを読んでみる。解せない。これだと妙な誤解を生じるのじゃないだろうか、と。。。

案の定、予想できたことだがコメント欄はひどい有様だ。アシアナの社長は責任逃れの発言をしたことになっており、それが韓国人の特性だ、というような吐き気を覚えるようなコメントが延々と続く。

最近、在日朝鮮人に対するヘイストピーチがニュースでも取り上げられていたが、全くどうしたものか。もちろん、日本人のごく一部の人であるだろうけど、しかしこういう負の心は人々の中に眠っているのかもしれない。何かの拍子にそのエネルギーが爆発して、同じ方向に向いて互いに安心しあった状態が生まれると、歯止めがきかなくなる。新大久保のデモを見ていると、まさに中国や韓国での反日デモとよく似た空気を感じる。ああ、我々は結局、似た気質を持った民族なのだなぁ、と。

話が脱線したので元に戻すが、それにしてもこの「全責任は機長に」というタイトルは不適切だろう。

そこでふと気づいた。このニュース、ロイターだ。ということは原文はきっと英語だろう?
よし、原文を探そう。

そして見つけた。

http://www.reuters.com/article/2013/07/09/us-usa-crash-asiana-idUSBRE9650E220130709


「Asiana plane was far below target speed before San Francisco crash」

ほらみろ、後半の「責任は機長に」は(上の英語記事原文タイトルの中の)どこにもない。

あるわけない。だって文脈からそんなニュアンスは全く感じられないのだから、タイトルにできるわけがない。日本語に訳した記者か誰かがかけたバイアスだ。こういう事例をもって「マスコミは歪んでいる」と言うのだろうか。

もし、マスコミは真実を書かない、韓国寄りの報道しかしない、などと批判している方々がここにコメントしているのならば、滑稽以外の何者でもないぞ。

僕は前に、マスコミ批判をしても仕方がないと書いた。マスコミが歪むのは私たちが歪んでいるからだ、と思っている。マスコミは私たちが欲しい情報を提供しようとする。サービス業の側面があるのだ。

なので、ここは記事の批判はせずに、僕もコメントした。「ロイターの記事の原文には責任は機長に、という言葉はないようです」と。。。

そう思うにも、そう思わないにも、一票も入らないこの切なさ。。(涙)

テーマ:中朝韓ニュース - ジャンル:ニュース

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