カプチーノ

「自分がされて嫌なことを人にするな」
この言葉,言われたことがある人はどれくらいいるでしょうか.私は何度となく聞きました.特に子供の頃,小学校時代はよく耳にした気がします.人に意地悪をしたりからかったり,そういうことを先生がとがめる時に「自分がされて嫌なことを人にしてはいけません!」って,こんなふうに言う先生が必ずいました.

じゃあ,自分は気にならないことでも,人によっては傷つくことってあると思うのですが,それはどうなるの?誰が分かるの?自分しか分かってあげられないの?って思うのです.

人の痛みを分かることは,自分中心から離れることです.

自分がされて嫌なことをしない,確かにそうです.でもここで止まっていてはいけない気がします.人の心を理解する時に,自我ほど邪魔なものはないのかもしれません.でもそんなものはどこかに置いておけばいい.大切なことは,相手の心を真剣に思い,感じ,理解し,イーブンな関係になること.イーブンとは,1 kg = 1000 g ということではありません.英語のイーブン(even)には,公平・対等だけでなく,「穏やかだ」という意味があるんです.


  今度逢うときはコートも要らないと
  そんなに普通に云えちゃうのが理解からない
  ミルクの白に茶色が負けている
  何よりもあなたに逢って触れたいの
  全て味わって確かめてイーヴンな関係になりたい

                         「カプチーノ」より
                         詞:椎名林檎

 

テーマ : 教育 - ジャンル : 学校・教育

コメント

気づかないこと

ある知り合いの方に色弱の方がおられたのですが、その方は大人になるまで自分が色弱であることに気づいていなかったそうです。当然のことながら景色を見て綺麗と言っていたのが、お互いに違って見えていたということになります。
 というように個々の人の感受性は十人十色のところがあるので、なにか基準となる物を設けて相対的に比較しながら相手と共感しあうことでお互いを知るという方法を採っていますが、それでもお互いに誤解していることがあります。うーん、人間って複雑ですね。

必殺仕事人さん♪

そうですね.人はみな,それぞれに個性があり,感じ方や考え方は本当に多様だと思うのですが,それだけに,共通理解に達し意思疎通を円滑に行うことは簡単なことではないですね.しなくてもいい誤解を避けるよう,みな努力しなくてはいけないし,自分中心の考え方はその妨げになると感じます.

私は,男女間や年が離れた親子間で相互理解のある豊かな会話が築けない日本の現状を見ていて,特にそう思います.日本人は多様な価値観を持っている民族とはいいがたいですが,こういう者の間には多少の価値観や考え方に垣根がありますね.そういう場所で,傷つけ傷つけられ,が日々繰り返されている気がします.守るべきものを自分の中に持つあまり,相手への敬意や理解しようという努力が少しだけ足りない,そんな人がけっこう多いのではないでしょうか...

必殺仕事人さんの「何か基準となるもの」とはどのようなものなのか,ちょっと意味深で気になります♪ 

コメントの投稿




URL:

Comment:

Pass:

 管理者にだけ表示を許可する