数日前,秋葉原で悲惨な事件が起きてしまいました.この件を今朝のある局のニュースが伝えているのを偶然見たのですが,あまりに空しい気分になったので,ちょっと書きたいと思います.
キャスター「どうしてこういう事件が起きてしまうのでしょうか.そしてどうしたら防げるのでしょうか.」
解説者「こういう事件を起こす人は社会にうまく適応していない人で,社会全体が敵なんです.事件を起こす前に何かのサインがあると思うので,それを見過ごさないようにしなくてはいけません.それに早く気づくことで事件を防げるかもしれません.」
キャスター「なるほど.ありがとうございました.」
(短く要約するとこんな流れでした.)
どんなサインがあるというのか?どうやったら見過ごさずにすむのか?凶悪事件にまで発展してしまうかもしれないサインだってどうやったら分かるのか?分かったところで,まだ起こってもいないのに,どうやって防ぐのか?...開いた口がふさがらない,とはこのことです.ありがとうございました,じゃないでしょう.私には何ひとつこの解説者の言っていることが理解できません...
こういう話はやはり上から目線的で,善と悪を初めから決めてかかっているかのように感じます.自分たちが善で,社会に適応できない人が悪だという前提をメディアがやっているのです.こんな恐ろしい事件を起こす人間ですから,非難されて当然でしょうけど,それでも,「なぜこのような事件が起こったのか」ということを真剣に考えるなら,そこには客観性が絶対に必要です.もし社会に適応できないことが理由のひとつだとしても,「なぜそのような人をこの社会は生んでしまうのか」というような視点は重要であり,その突っ込んだ最も大事な部分がいつもないのはどうしてなのでしょう.
余談ですが,こういう凶悪犯罪者が,死刑になってそれが執行されて終わりというのも,実は同じくらい私は虚しく感じます.私は,一生かけて犯罪者に,「なんでこんなことになったんだ」と問わなければならないと思っているんです.そして,その様々な理由から,社会のあり方を考え直していかなければいけないと思っています.そうすることで,社会に適応できず自暴自棄になって起こるこの手の犯罪に関しては,少しでも減らせるのではと感じます.死刑に抑止力が見出せないという理由で,国連では死刑執行停止の決議案が採択されていますが,本当に抑止力がないのなら,死刑には何の意味もないと本当に思います.
関連記事:死刑執行停止の決議案を国連が採択

キャスター「どうしてこういう事件が起きてしまうのでしょうか.そしてどうしたら防げるのでしょうか.」
解説者「こういう事件を起こす人は社会にうまく適応していない人で,社会全体が敵なんです.事件を起こす前に何かのサインがあると思うので,それを見過ごさないようにしなくてはいけません.それに早く気づくことで事件を防げるかもしれません.」
キャスター「なるほど.ありがとうございました.」
(短く要約するとこんな流れでした.)
どんなサインがあるというのか?どうやったら見過ごさずにすむのか?凶悪事件にまで発展してしまうかもしれないサインだってどうやったら分かるのか?分かったところで,まだ起こってもいないのに,どうやって防ぐのか?...開いた口がふさがらない,とはこのことです.ありがとうございました,じゃないでしょう.私には何ひとつこの解説者の言っていることが理解できません...
こういう話はやはり上から目線的で,善と悪を初めから決めてかかっているかのように感じます.自分たちが善で,社会に適応できない人が悪だという前提をメディアがやっているのです.こんな恐ろしい事件を起こす人間ですから,非難されて当然でしょうけど,それでも,「なぜこのような事件が起こったのか」ということを真剣に考えるなら,そこには客観性が絶対に必要です.もし社会に適応できないことが理由のひとつだとしても,「なぜそのような人をこの社会は生んでしまうのか」というような視点は重要であり,その突っ込んだ最も大事な部分がいつもないのはどうしてなのでしょう.
余談ですが,こういう凶悪犯罪者が,死刑になってそれが執行されて終わりというのも,実は同じくらい私は虚しく感じます.私は,一生かけて犯罪者に,「なんでこんなことになったんだ」と問わなければならないと思っているんです.そして,その様々な理由から,社会のあり方を考え直していかなければいけないと思っています.そうすることで,社会に適応できず自暴自棄になって起こるこの手の犯罪に関しては,少しでも減らせるのではと感じます.死刑に抑止力が見出せないという理由で,国連では死刑執行停止の決議案が採択されていますが,本当に抑止力がないのなら,死刑には何の意味もないと本当に思います.
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