日本について考えるブログ




スポンサーサイト :: --/--/--(--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. スポンサー広告
崖の上のポニョ :: 2008/08/17(Sun)

崖の上のポニョ,見ました.
感想や思ったことなどを残します.

注:今後映画館に行こうと思われている方は読まないでくださいませ.以下には映画の内容に関わることを書いておりますので...



思ったことをまずはダラダラ書きます.


********

映画を見るまでは何とも感じなかったけど,実際映画の中で動くポニョは本当にかわいい.ポニョのしぐさや表情,命が吹き込まれてると思いました.

最初の海中の映像から始まり,オープニング曲とともにデフォルメされた海と陸の絵が流れるシーンまでの流れは圧倒されました.美しい!!「ポーニョポーニョ♪」の歌からはおよそ想像していなかった壮大なオープニングシーンです.

宗介はなかなか立派な少年です.彼はまだ5歳ですが,自分で考え,判断して行動する.ただ,宮崎映画に登場する男の子の特徴である,「優等生ぶり」が今回もずいぶんと際立ちます.もうちょっと欠点なんかあれば人間味が増して深みがでると思うのですが.

宗介の母であるリサも素敵な大人です.宗介をひとりの自立した人間として見ていて,そして深い愛がある.親子が名前で呼び合っているのもいい.宗介は,デイケアセンターのお婆さんたちに対しても苗字じゃなく名前で呼んでいますね.

この作品の中には,どんな些細な悪意さえ登場しないように思います.悪意はこの浮世にはつきものなので,この作品の中は完全なユートピアで,現実世界ではないですね.それを見せているのだと思う.この映画を子供に見て欲しい映画だと言うのなら,なるほどそうかもしれません.でも大人も充分に楽しめました.

この映画はCGを一切使っていないそうですが,そのおかげもあってエンディングロールがとても短いです.例の「ポーニョ,ポーニョ,ポニョ魚の子...♪」の歌が流れてそれで終わり.ものの数分.早くてとても気持ちいいです.最近の映画は,大作ぶりをアピールするかのように,延々とエンディングロールを流す映画が多いですが,あれは少々気持ちが萎えます.まあ仕方ないケースも多いのだろうけど.

********



とまあ,こんな感じなのですが,これはあくまで,この映画を単なるファンタジーとして捉えた場合です.実は,もうちょっと細かく見ていくと,気になることがたくさんありました.いや,そここそが今回とてもひっかかったポイントです.ここからは,いつもどおりごちゃごちゃ書きますが,暇でしたらお付き合いください.汗 ちなみに私は宮崎アニメはけっこう好きです.ただ,だからと言っていつも「いい映画だったなぁ」とはならないんですよね.思ったことは正直に書きます.

まず,宮崎駿氏は,この映画に関して,単なるファンタジーという位置づけではありません.氏はこの映画に対して,

「少年と少女、愛と責任、海と生命、これ等初源に属するものをためらわずに描いて、神経症と不安の時代に立ち向かおうというものである」

と述べられています.このフレーズはこの映画のテーマであると感じます.明らかに現代社会に対して具体的メッセージを伴っており,実際そのように感じます.しかし,私はそのような視点で見たときに,あまりに自分の感覚とはこの映画は異なるなぁと感じました.

少年と少女とは,この映画では,宗介とポニョでしょう.宗介は,知的で落ち着きのある責任感のある少年として描かれていますが,ポニョはどうでしょう.可愛らしく,思慮深くなく,感情的に突っ走る存在として描かれています.このふたりを「少年と少女」として代表させるのは非常に問題を感じます.

この部分は,宮崎氏のこの映画に対する説明にある,

「海に棲むさかなの子ポニョが、人間の宗介と一緒に生きたいと我儘をつらぬき通す物語」

という言葉にも表れています.つまり「わがまま」という言葉.なぜこんな壮大なテーマの中に「わがままをつらぬき通す」が登場するのでしょうか.どのような意味が込められているのでしょう...

それから「愛と責任」.もちろん「愛」も「責任」もこの映画のいろんな場面で出てきますが,肝心な宗介とポニョの間にどんな愛と責任があったんだろうか,と思うと非常に疑問です.一番残念なのは,なぜポニョは宗介を好きになって,なぜ宗介はポニョのことを守ろうと思うようになったのかが,私には推測さえできないということです.この部分を無視しながら,愛も責任も実現するのでしょうか.私の感覚では,これは「愛と責任」じゃなく「ひと目惚れと約束」ですね.責任は果たされているかどうか分かりません.むしろ物語の描く範囲内では無責任だとさえ感じます.私は,ポニョがこの先,人間になったことで幸せな一生を送れたかどうか,不安でなりません.しかし,そこに多くの人は興味を持っていないようで,恐いです.

という具合に,私が心配してしまうのは,常にポニョのことなんですが,別にポニョの可愛さにやられたからじゃあないですよ.笑 これは,ポニョの描き方がそうなっているからだと思います.つまり,ポニョはとても可愛らしく,おちゃめで自由奔放に描かれている一方で,知性とか意志とか責任とかが全く与えられていないんですよ.これじゃあ,私は不安です.そんなポニョを人間にしようと取り決めている周囲の人たちは,ポニョが不幸になったらどう責任を取るんだろうと思いますね.自己責任だとでも言うつもりでしょうか.

ということで,宮崎監督は「不安に立ち向かう」と言われていますが,私はむしろ不安になりました.涙 ただのファンタジーならすごくいい映画だと自信を持って言えますが,社会に対するメッセージ性を絡めるなら,私はこの映画は非常に問題だと感じます.人魚姫が題材ですから,多少は仕方ないのかもしれませんが,もう少し,現代的解釈を付加して欲しかった.

 

スポンサーサイト

テーマ:崖の上のポニョ - ジャンル:映画

  1. 映画
  2. | trackback:0
  3. | comment:10
<<科学=虚構,非科学=現実 | top | エゾチッチゼミ>>


comment

こんばんは。

宮崎駿氏はそういったいろいろな解釈もあろう、という前提で映画を創られています。

氏、自身、例えばナウシカがトルメキアに屈伏した時、「姫様のいうとおりだ」と思った者もいれば「なんて卑怯な奴なんだ」と思った奴もいる。それが人間でしょ? と述べられています。

映画も同じこと。

僕はこう言うテーマで作った。と言われているだけであり、他者がどう評価しようが関係ないのです。

エンターテイメントとして成立した宮崎アニメですが、万人に受け入れられる訳がありません。

根底には、俺はこう思う。人の評価なんか、知らない。

そう言う部分はありますし、当然でしょう。
そのあたり、どこか宮崎アニメはすべての人を楽しませる、理解させるものである、と言う「幻想」を感じました。
十人いれば十通りの解釈があって当然です。
「幻想」とは、十人とも同じ解釈を持つことです。

  1. 2008/08/18(Mon) 02:31:04 |
  2. URL |
  3. ろぼ #-
  4. [ 編集 ]

ろぼさま
コメントありがとうございます!

ロボさまのおっしゃっていること,全くそのとおりだと思います.解釈は10人いれば10人違ったものでよいと思います.というか,そうあるべきですね.いろんな見方ができる作品は素晴らしいです.同時に,いろんな見方ができる個人個人(何かの常識に縛られるのではなく,自由に発想し考えることができる個性)でありたいものです.私はその10人の1人でありたいと思います.

ただ,10人がいろんな解釈をして,それを口外せずに,内に秘めておく必要はないと思います.それぞれにいろんなことを感じたのなら,意見交換などして,「へえ,なるほどそういう見方もあるんだね.」とか,「それはちょっと穿った見方じゃないの?だってさぁ...」というようにいろいろ話したいんです.そのほうが視野が広がるでしょう.そういう感覚で思ったことや映画に対する私自身の意見を全く率直に書いています.今回は,問題だと思ったから正直にそう書きました..

私の考えが,全く常識を逸脱しているとかいうことでしたら,もちろん私は非難,指摘されるべきなので,具体的にご指摘ください.そうでなければ,なるほど,そんな見方もあるんだねぇ,くらいに流していただくか,もしくはもし映画をご覧になったのでしたら,私が問題だと感じていることに関して全く違った見方をお教えいただければ,私はとても嬉しいです.
  1. 2008/08/18(Mon) 10:25:16 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

最近,夜になると♪ポーニョポニョポニョ,さかなのコ~♪と某人と歌い出します.これは1種のサブリミナル効果であるに違いないとおもいました.今回の国内におけるプロモーション活動は完璧であります.
  1. 2008/08/20(Wed) 00:02:49 |
  2. URL |
  3. かろのり #-
  4. [ 編集 ]

かろのりさま

コメントありがとうございます♪

私もサブリミナル効果によって,映画館に誘導されたと解釈するのが妥当でしょうかね.笑 と思うと,どんどんそうかもという気がしてきました...^^;

宮崎映画は,芸術的だと思う部分もあるのだけど,妙に作為的だと感じる部分も多くて...まあこれは自分の主観ですけど,今回の主題歌もそうかもしれませんね.
  1. 2008/08/20(Wed) 00:26:00 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

初めまして

初めまして。通りすがりのものです。

ポニョを一緒に見たうちの旦那は“あの破天荒な子(ポニョ)と付き合うのは周りが大変だぞ。。。”とボソッと言いました。旦那的には宗介の将来を考えて不安になったみたいです。
ポニョはまだ何も分からない赤ちゃんみたいな状態で、宗介とともにこれから成長していくと思います。一目ぼれにしても二人は出会うべくして出会って、疑いなくお互いを愛する事を学んでいく。これからの事を考えると周りは不安になるかもしれないけれど、でもどんな事にも二人なら無条件で大丈夫!と立ち向かって行けるような気がします。っていうか、そうあって欲しいなぁ。ポニョもポニョのお母さんみたいな大人になるんではないかと楽天的な私は勝手に想像しました。
大雑把な意見ですみません。私は、不安な世の中だけど、本人達の気持ちがブレなければ何があっても何とかなる!的な事をこの映画をみて思いました。
  1. 2008/08/26(Tue) 02:02:20 |
  2. URL |
  3. ナナ #UxP3.ydY
  4. [ 編集 ]

ナナさま

はじめまして.コメントありがとうございます♪

そうですね.ナナさんがおっしゃられていること,すごく分かります.私も,ポニョと宗介が切磋琢磨しつつ,明るい未来を歩んでいってほしいなぁ,と思うし,それは全く不可能なことではないだろうとも思います.この点は,本当に私も同感です.

ただ,私がここで言いたかったのは,宮崎監督が「愛と責任」という言葉を使っていることに関してです.ポニョと宗介の間にはどのような愛があり責任を負ったのだろうか,そこがよく分からないんです.お互いの気持ちがぶれない,という確信が,どうやって2人の間に湧き出てくるのかが分からないわけですよ.

責任とは重いものです.だから,責任を引き受けるなら,それ相応のものと引き換えなければなりません.ポニョが人間になって,宗介と共に歩んでいくなら,そうするだけの理由,なぜお互いそこまで惹かれ合うのか,ということを互いは知る必要があるのではと思います.そうやって,互いに深く理解しあえて始めて,責任は生きてくると感じます.フィーリングだけではいけません.それが責任という言葉だと私は思うんです.しかしそこが描かれているように感じません.そこが曖昧だと,「責任をまっとうしている」から,「我慢を強いられている」に変わってしまうのではないか,と思います.それでは本末転倒ではないでしょうか.でも,日本の今の家族は(もちろん全てではないですが),なんだかそんな状態なのではないか,と不安なんです.

過去に,今回のことと関係する内容で,日本人男性の無責任さについて,ちょっと書きました.
http://erisabeth.blog123.fc2.com/blog-entry-38.html
とまあ,こんな感覚を持っている人間が,崖の上のポニョを見るとこんなふうに感じるんだくらいに思っていただけると幸いです.
  1. 2008/08/26(Tue) 07:53:09 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

早速お返事ありがとうございます。

私は、フィーリング=知る事であり、すべてを説明する必要はないと思います。とくに愛は理屈で語れるものではありません。そこだけ気になったのでまたコメントさせて頂きました。ええと、実際そこまでポニョを支持している訳ではないのですが…私もポニョを観て足りないものを感じましたし。私もこの映画から責任はあまり感じ取れなかったけれど、愛は充分に感じたので大丈夫な気がしたのです。
以前の記事も読ませていただきましたがえりざべすさんのおっしゃる事はよく分かりますし、私も同じ方向を向いていると思います。
こちらも、こういう感覚の人間の戯言ですのでどうぞお聞き流しください。では、失礼致しました。
  1. 2008/08/26(Tue) 13:34:29 |
  2. URL |
  3. ナナ #UxP3.ydY
  4. [ 編集 ]

ナナさま

こちらこそ何度もコメントありがとうございます.
このように互いの考えていることが相互に分かっていくというのは素晴らしいものですね.と私は思うのですが,どうでしょうか.

今回の感覚の相違は,ナナさんは映画の中の2人から愛を感じて,私は感じなかった,この部分に集約されるのかもしれないですね.そして,その原因はというと,愛は理屈などではないというナナさんと,簡単な言葉に変換できなくても,愛が芽生えるのにはやはり何らかの理由と過程があるのではないか,と思っている私とでは,ものの見方がまるで違ってくるのでしょう.

私もフィーリングは大切だと思いますが,どうも,そこでは完結できない性分のようで,フィーリングが合って気になりだすと,その人のことをもっと知りたいと思うようになるんです.そして少しずつ理解が生まれて,必要以上に言葉を交わさなくても,互いのことがよく分かるようになったりして,確かな信頼関係が築かれて,その段階でまあ「愛」のような言葉に相当するものを自分は感じる気がします.だから私にとっては「フィーリング=知ること」じゃなくて,どうやら「フィーリング→知ることが始まる」って感じがします.僕にとってこれは男女の間に限らず,ですが...

これは私が不器用だからなのかもしれませんね.汗 ナナさんは私が別々にやらなければ進まないことを,人と出会った時に同時に行われているのかもしれないです.だから「フィーリング=知ること」なのかも.いや,違っているようでしたら勝手な推測をして申し訳ありません...機会があれば,もう一度この映画をじっくり見て,愛を感じてみたいと思います!

  1. 2008/08/26(Tue) 23:55:34 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

私の言葉の足りないコメントに対して前向きに理解しようと考えてくださって、ありがとうございます。ちょっと見方や感覚が違うだけでそれ以上理解しようとせず否定してしまう事が多いのに、えりざべすさんはとてもオープンな方なんですね。
私には、えりざべすさんの方が器用に思えますよ。私もたまには理由や過程についてじっくり考えてみようと思います!いいきっかけを与えてくださってありがとうございました。
  1. 2008/08/27(Wed) 13:35:33 |
  2. URL |
  3. ナナ #UxP3.ydY
  4. [ 編集 ]

ナナさま

いえいえ,私も新しい感覚に出会えて嬉しいです.本当に,この感覚を私は求めてこのブログもやっているのだと思います.ナナさんがおっしゃるとおり,日本という国はとにかく違う価値観の人間同士が,お互いに理解しあい,高め合うということが少ない気がします.同じ価値観の人間同士が集まって,そうだよねを繰り返しているだけでは,そこからは生まれるものは少ないと思うんですよね.今回は,有意義な時間を過ごすことができました.こちらこそありがとうございます!
  1. 2008/08/28(Thu) 01:12:25 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

comment


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://erisabeth.blog123.fc2.com/tb.php/142-d52460c7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。