スピリチュアルと疑似科学

受身的にメディアに翻弄されるのではなく,主体的に行動し思考し感じることで,自分に対するスピリチュアルブームを起こしてはどうだろうか.

少し前からスピリチュアルがブームですね.全くspirituallyに感じないですが...日本では過去にも,超能力だとかUFOだとか,その時々で科学では説明できない神秘的なものがよくブームになります.もちろん,ただのエンターテイメントとしてこれを楽しんでいるのならいいのです.しかし,本当にエンターテイメントという意味づけでしょうか.例えば,本屋に行くと,スピリチュアル系の本がたくさん売られていて,ちょっと本を開こうものなら,根拠のない駄文が延々と綴られているではありませんか!これがたくさん売れているのだから,そりゃあ不安になります.人生うまくいかないと本気で悩んでいる人も買っているのではないでしょうか.

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081121-00000055-san-soci

「スプーン曲げ」は,物理学でいう「支点・力点・作用点」を利用しているだけです.私もその通りだと思います.もしくはテレビのやらせです.それから,「霊」.霊は,科学的には存在しません.私もその通りだと思います.

この記事では,はっきりと言われていますが,本当にすっきりしますよ.

私は霊や死後の世界というものを,頑なに科学で考えようとする場面を見るたびに,可笑しくて仕方ありません.テレビで,なんか電磁波か超音波か分からないですが,そういう立派な機械を持ち出して,今反応しただとかそういうことで一喜一憂している...もちろん先ほども言いましたが,エンターテイメントならいいですが,真剣な視聴者がいるようで不安なんです.

なぜそこまで科学を信用しているんですかね.何度も書いていますが,科学はそんな磐石なものじゃないですから.科学で調べても霊は検出できませんよ.科学以外の方法でやらなきゃいけません.笑

そういう意味では,最近のスピリチュアル番組のほうがまだましかもしれませんが,しかしそれでもちょっと真面目すぎる気がして恐ろしく感じます.

こういうブームは,現代日本人が科学で説明できないものを必至で求めているから起こるのだろうと思います.これはなんとなく分かる気がするんです.だって,これだけ数値やランキングや法則に囲まれて,科学的以外のことに対して,その価値をどんな尺度で測ったらいいか分からなくなった.だからあえて科学から逃れたいという衝動が安直なスピリチュアルブームなんかを起こしてしまうのでしょうか.

まあ,スピリチュアルはいいと思うのですが,決定的に欠けていることがあると思います.それは,自ら自主的に行動したり感じているのではなく,メディアによって見せられているだけということです.全く持って主体的じゃないのですよ.本であっても同じ.自分で感じたことではない.結局,そういうものに振り回されて,それを「鵜呑み」にしたにすぎず,これはスピリチュアルでもなんでもありません.

やるなら,メディアに依存するのではなく,自らの手で自らにスピリチュアルブームを起こしましょう.例えば,自らお墓参りに行き,仏様に語りかけ,その中から死んでなお続く何かを感じましょう.森の中で,自然と同化できる感覚を実感し,人間の愚かさを受け止めましょう.そして,それらの体感を自分の人生に,そして人との関わりの中で生かすのです.

関連記事:科学=虚構,非科学=現実

 

テーマ : スピリチュアル - ジャンル : 心と身体

コメント

スピリチュアルブームですよね。なんだか、そういう本を読んでも、心から理解できないというか、しっくり納得できないので「う〜ん」となります^^;
確かに主体的に自分で何かするのはいいですね!

しかし、メディアの影響力はすごすぎますね。大きい。

ホリデイさん.

ホリデイさんもしっくりきませんか..私もどうもしっくりきません.笑

メディアの影響力ですけど,これは多分私たちを映した鏡でもあるんですよね.人々がたいして影響を受けなければ,メディアは必然的に力を持てないはずなのですが...

呪詛

えりざべすさん、こんちは〜

>森の中で,自然と同化できる感覚を実感し,
そりゃー北海道はいいよ、アルファロメオぶっとばし颯爽とできそうだし、
(-.-")ブチブチ
雪女にお願いしよ〜・・・雪をいっぱい降らせてロメオを閉じこめて下さい。
あ、お供えが無かった。。。

はむれっとさん.

呪詛!
そんなに憎いですか?それともはむれっと流のジョーク?それとも文化の違い?どうもはむれっとさんのこの手のコメントはとらえ所がなく,私は何に対して何を返事をすればいいのか分かりません.とはいえ,コメントをしたのですから,何かを私に伝えようとしているのだとは思いますが...分かるように書いてください.それとも分からないのは自分だけ??

北海道は大自然と思われがちで,確かにまあそうではありますが,日本の自然とはまるで違う種類のものだと思います.こちらはアイヌ文化圏であり,森もい日本的ではありません.よってこちらでは日本的な自然と同化する感覚は生まれませんねぇ.私は自然信仰があるようですが,別の文化圏では不思議とそういうものです.アイヌ文化についてはまたいつか書こうと思っています.

はむれっとさんも是非アルファロメオ買ってみてくださいよ.別にぶっとばさなくても,とても心地いいですよ.買うときはご相談ください.

どうも、いつも見てます。

自分はスピリチュアルな番組を見るよりも、山に行き、大自然の輪廻に見て触れる方がよっぽど刺激があり、発見があったり、自然が教えてくれる事の方が重要だと思います。職業柄、そう思うのかもしれませんが‥。
自分は、スピリチュアルな番組にはどうも馴染めません。

こんばんは。

スピリチュアルという言葉、とても軽い感じにしてしまっている、
と思ってしまいますが、
こう、目に見えない何か、というのは、
私も認めます。それが何なのか、、、。
何かを信じる、ということなのでしょうか、、、。

北の森、南の藪

えりざべすさん、

いえいえ、そんなに憎くはありませんよ。(^^)
昔北海道を旅した時に、朝日に照らされた白樺か、とても綺麗だった。
(車の中から観た光景だから車から出たら違ったかも。(^^;)
北海道の森は人を招いてる様な気がしますね。
樹木の周りに中木はあまり生えずに低い草々が生えてて、
樹の幹に少女が一人佇んでいる様な、絵になる森やな〜。
それに引き換えこっちは森と言うより藪。
樹の幹なんか見えないよ。中木低木草むら、争うように葉っぱを茂らせ
緑のカーテンというより壁に、蜘蛛があちこちに巣をかけ、
中に少女なんて居るはずもなくニョキっと出て来そうなのは、
馬に踏んづけられた様なおっさん(じっと鏡を見る。。。儂か、(xx;))が
出て来そうな、そんな藪。
えりざべすさんのまわりには森が有っていいな〜、
こっちにあるのは藪だんべ、呪詛が似合いそうでしょう。
憎くはないけど、ニクたらしか〜。(by武田鉄矢風)

こまちさん.
いつも訪問ありがとうございます.
そうですね.刺激と発見!まさにこれですね.私もテレビのスピリチュアル番組からは,こういうものを感じません.山を歩く方が本当に素晴らしいと感じますよ.やっぱり,テレビや本はブームに乗っかったただのビジネスなんでしょう...私思うんですが,「ブーム」という言葉がメディアに流れてから,その後に本格的にブームが起きている気がするんですけど,気のせいですかね.笑 ちょっと脱線しました.スミマセン...

kaoruさん.
軽い,軽い,むちゃ軽いっすよ.(←軽い) ^^
どうなんでしょうかね.別の場所でも話したことあるのですが,私は最近,目に見える見えないという区別をしてしまうこと自体に不安を持っています.例えば,時間って目に見えないでしょう.でもすごく価値のあるものじゃないですか.過ごし方次第で,無駄にもするし,豊かにもなるし...まあ,そんな感じに,霊的とかそういうものも感じられるんじゃないでしょうかね.これは本当に人それぞれだと思いますが,少なくとも私はテレビなどからは,何も感じるところがないですねぇ.汗

はむれっとさん.
そんなに憎くはない,ということは,少しは憎いんですか?それくらいがいいと思います.笑
隣の芝,ですよ.私も北海道に来る前は美しい森を想像して,で実際まあそうだったのですが,今はむしろ藪も懐かしいものです.たまに故郷に帰ると,「うっそうとした」という雰囲気が妙に懐かしくてね.くもの巣も.まあ自分がそういう生物が好きだからなんでしょうけど...^^; 確かに白樺は綺麗です.でも白樺は全く紅葉しない.笑 緑がだんだんくすんでいって,少しだけ黄色になったら,そのまま枯れていく感じ.これは北海道の秋の色ですね.(別にだめと言っているわけではありません.)はむれっとさんが見た朝日の白樺は多分すごく綺麗ですわ.白樺がとても美しく見えるシチュエーションかも,とそう思います.

コメントの投稿




URL:

Comment:

Pass:

 管理者にだけ表示を許可する