日本について考えるブログ




スポンサーサイト :: --/--/--(--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. スポンサー広告
選択的夫婦別姓に反対の方の意見 :: 2009/05/23(Sat)

私は選択的夫婦別姓に賛成ですが,反対の人の意見をいまだににちゃんと理解することができません.批判しているのではなく,ただただ理解に到達できないのです.先月末,民主党がこの法案を参議院に提出したそうなので,この機会にもう一度,選択的夫婦別姓法案の紹介と,私の考え,および,なぜ反対の人たちの意見を理解することができないのか,その要因について分析して書きます.

選択的夫婦別姓は,結婚しても夫婦間で姓を同じにするかしないか,選択できるようになる制度です.現状,法的に婚姻すれば,わずかな例外を除いてほとんどの場合女性が男性の姓に変わることが社会的に求められています.もちろん,多くの人はそれにことさら異を唱えていません.しかし,日本において姓はほぼ名前と等価であり,このようにして姓の変更を社会から強制される女性は,人によっては実生活における問題と精神的な苦痛,自己喪失感を伴う場合があり,選択的夫婦別姓はそのような問題の緩和に貢献できるだろうと思います.

また,この法案には,婚姻最低年齢や再婚禁止期間に関する著しい差別的規定の改正も盛り込まれています.日本の民法がこのような男女差別的規定を含んでいることに関しては,国連などからも度々指摘を受けているようです.日本が民主主義国家を自認し,倫理観を大切にした,より多くの人々が住みやすい国家を目指すなら,この点は早急に改正すべき項目だと思います.

私は選択的夫婦別姓法案に賛成です.なぜなら,上述のような,姓を変更させられ自己喪失感を感じる女性の気持ちに共感をおぼえるからです.また,姓を変更することで仕事や実生活において不便を強いられることもありますし,そのための免許証やカード類など様々な事務手続きを踏まなければいけないのも姓を変更する側だけであり,人によっては不条理に感じるだろうと思います.男性は,自分のこととして考えてみれば,これがいかに大きなことか分かるでしょう.女性なら受け入れられる,ということではありません.男女とも,姓なんてどうでもいい人もいれば,自分の姓に愛着を持ち,それを変更させられることに苦痛をおぼえる人もいるだろうと思います.現代の結婚は,「家系」のイベントでもありませんし,政略結婚でもありません.個人が個人を好きになり結婚する場合がほとんどで,お見合いであっても個人の気持ちは尊重されるでしょう.結婚によって政治に参加して自己の存在意義を確認するなんてことも現代にはありません.だから,各々の個人の気持ちを問題の中心におけばこそ,この問題は表出していると感じます.

しかしこの法案は長らくもみ消され状態でした.決議されることもなく...もはやこのまま葬り去られてしまうのかと思っていたのですが,最近再びわずかに光が差してきたようです.

http://www.dpj.or.jp/news/?num=15817

「民主党は24日午後、選択的夫婦別姓制度の導入を柱とする「民法の一部を改正する法律案」を共産党、社民党、無所属議員との共同で参議院に提出した。(以下,省略)」


選択的夫婦別姓には,明確に賛否両論があります.ですが,国民の意見が完全に割れているというよりは,一部に著しく反対の人と賛成の人がいて,残りの人々はあまり興味がないのだろうという印象を持っています.世論調査では,だいたい賛否は拮抗しているようです.ただ,世代を考慮すると,若い人ほど賛成しており,また性を考慮すると男性よりも女性のほうが支持しています.

****

ある事柄に対して,賛否両論がある場合,たいていはそのどちらにも「なるほど,まあ確かにそうだな」と思える部分があるものです.例えば,最近話題になった定額給付金.あれ,私は基本的に賛成でしたが,反対している人の意見もよく理解できました.ばらまき,といわれれば,まあそうとも言えるのかな,と.もっと別に使い道があるだろう,といわれれば,確かにあるかもしれない,と考えをめぐらせることは可能でした.今流行の新型インフルエンザ.状況が明らかになっている今,私はマスク着用の必要性など全く感じませんし,海外渡航を止めるほどの事態でもないと思いますが,しかしマスクを買いに走り,海外旅行を中止する人の気持ちももちろん理解できます.

ところがです.私はこの選択的夫婦別姓の問題に関して長いこと関心を寄せていますが,本当に一度たりとも「確かに現行制度のほうがいいかもな」と考えられたことがないのです.法改正に反対の人の意見を読んでも,頭の中に「?」が増えるだけで,一向に理解できないのです.なぜなのでしょう.つまり,反対派の方の意見の構造が見えてこないわけです.

まず最初に,賛成と反対の人々の立ち位置が全く違う,ということを認識する必要があります.一瞬,別姓か同姓かという対立問題のように見えますが,そうでは決してありません.なぜなら,この法案は「選択的」だからです.この法案に賛成の市民は,「別姓がいい人も,同姓がいい人も,問題なく結婚できる制度にしましょう」ということに賛成しているのです.つまり,多様な価値観を尊重する,ということに賛成という意味になります.一方反対派の人は,「現行制度のまま,結婚したら例外なく同姓になるということでなければいけない」と主張しているわけです.個人的な希望ではなく,他人を含めて社会の構成員全員,結婚して家庭を持てば必ず姓は統一すべきだ,それこそ家族だ,と主張しているのです.ですから単純な対立関係ではありません.

私は,何はともあれ選択的夫婦別姓反対の論拠を探ります.そうすると,「別姓にすると,家族の一体感が損なわれ,絆が薄れ,家庭崩壊へとつながる」という意見が目立ちます.あとは,「子供が困るから.子供が可哀相だから,子供の姓が違うと混乱が起こるから」という意見にも出会います.

しかし,私はここでもやはり理解ができません.そして,反対派の論理には明らかに大きな混乱が存在していることに気付くのです.繰り返しますが,この法案は「選択的」なんですよ.家族の一体感を姓が同じであることを通して感じている人は,当然同姓を選べるのです.ですから,私は改めて「なぜ必ず日本の全家族が同姓でなくてはいけないと思うのか,全家族が同姓であるという現在の条件が,なぜ個々の家族の絆が薄れないために必要だと予測できるのか」と問わなくてはなりません.夫の姓に変わることで不安や自己喪失感を感じる女性でさえも,結婚したら同姓でなくては家族の絆は薄れるのだと本当に思うのでしょうか.この部分に関して,論理性のある見解をまだ聞いたことがありません.

私の考えではむしろ逆で,絆は強まることさえあると思います.もしこの法案が実現したなら,別姓家族と同姓家族が混在することになるでしょう.今まで同姓を強要されていた家族が別姓になれるのですから,その家族は姓に関しては社会からの抑圧はなくなり,安心して婚姻して暮らすことができるようになるでしょう.一方,同姓希望の家族は今までどおりでいいのです.ですから,各々の家族の幸福度の社会全体の総和のようなものを考えれば,むしろ上昇すると思うんです.万が一,別姓がどんどん増えていったなら,それは潜在的にそれだけの人々が別姓を望んでいたことになるわけで,そういう問題が露呈し,実際に別姓にすることで解決していくのですから,やはりいいことだと思います.つまりこの法律は,市民の意思決定にゆだねるという自由をもたらします.

次に子供の問題ですが,この理由も私は理解できません.この理由には,語られない前提として「子供も当然同姓を好むはずだ.同姓でないと安心できないはずだ」という価値観があると思います.なぜこのような論理の飛躍が生じるのでしょうか.考えてもみてください.子供はこの世に生まれてきて,親や社会からいろんなものを吸収してその中で育って行きます.狩猟民族に育てられれば,立派な「狩人」に育ち,過去の日本の村に生まれたならば,しっかりとした共同体意識を持った「村人」になっていくものです.だから,別姓の夫婦の間に生まれたら,両親と似たような価値観を身に付けることになるかもしれませんが,それは別に子供が「可哀相」ということではありません.なぜ,子供が可哀相とか混乱が起こるという予想が生まれるかといえば,「当然同姓(自分の意見)が正しい理であり,子供もそういう価値観であるはずだから,子供はきっと混乱するでしょう」という論理なのかと思いますが,これでは説得力は全くありません.(しかし,この類の論は日本では当たり前にそこらじゅうにあります.)子供ははじめから意見や定まった観念を持って生まれてくるわけではありません.考えるべきは,子供が生まれ出てくるこの日本社会(家庭)が,どのような器であるべきかという部分であり,それをいかなる先入観も除いて考えなくてはいけないのです.

結論として,なぜ私が選択的夫婦別姓反対の人の意見が理解できないかというと,その中に,自己の希望や好みを完全に廃した,客観性のある意見というものを見出すことができないからなんだと思います.

****

ところで,私はそもそも家族の絆は姓が同じであることで生まれているとは感じないのです.私は,同棲している人,もしくは結婚前の恋人同士の段階のほうが,結婚した後の状態より深い愛情と絆で結ばれていると感じること,あります.とりわけ日本では...そう考えているうちに,そもそも「絆」とはどういう意味なのだろうか,という疑問にぶつかりました.愛情とか思いやりとか信頼関係とか,そういう言葉とは,似ているようで全く違うように思います...改めて次回,「絆」について考えて見ます.どうやら私の「絆」の理解は間違っているようです.汗

以前に書いたエントリー → 「選択的夫婦別姓」

関連記事:議論にならないのはなぜ
     :自分の世界から出ようとしない
     :素直のあり方を考える

つづき → http://erisabeth.blog123.fc2.com/blog-entry-241.html

ブログランキング・にほんブログ村へ  
スポンサーサイト

テーマ:政治・時事問題 - ジャンル:政治・経済

  1. ジェンダー
  2. | trackback:0
  3. | comment:29
<<「絆(きずな)」の語源から思ったこと | top | 不思議の世界(2)>>


comment

結婚って何やろ

えりざべすさん、こんちは

夫婦は同姓の方が良いのじゃないの?。大した理由は無いけど。
その前にね、結婚って何なのと思うし同棲とどう違うのかも分からんからどっちが良いのかわからないって所。
昔は法律的に色々差があって嫡出子、非嫡出子で違ったりして相続できなかったりしたけど今はそれほどでもないんでしょう?、よう知らんけど。

で、結婚って何なの?、というのがハッキリしてないとどっちが正解っていうことは言えないのじゃないかな。
精々そうした方が良いかな、って事ぐらい。

結婚って何なのと考えてみると同じ様に姓って何なのと思う。姓って結局チーム名って事では?。
個人プレー、個人の尊厳を最大限活用したいと思うときはチームてしての束縛は邪魔な存在だろうし変えない方が良いと思うのは十分考えられる。
でもそれではチームは維持できない。
成る程短期的には問題ないかもしれないけれど、長期的にはどうなんだろ、結婚というのは7年したら別れましょうと言ってするもんではないでしょう。一生一緒に暮らすことが前提でしょう。そう言う意味では私の個人的見解では田中さんと鈴木さんが結婚して、どちらかの姓を引き継ぐのではなく、全く違う佐藤という名でも良いのじゃないかなと思う。でも同じ名前を夫婦で共有する方が良いのじゃないかな?。
夫婦で別姓にするというのは同じチームを形成するつもりが無いと言われてる気がして、何の為の結婚と思ってしまう。同棲とどう違うの?。10年したら離婚するつもり?。と感じる。
ジャイアンツに新しい監督が来て、「タイガースの掛布です。」と何時までも名のっていたら変に感じるし負けたら「ジャイアンツの為に采配ふるってるのか。」と疑惑の念も出て来るやろ。
結婚生活でもそうじゃない?、そりゃー短期的には古い名前を名乗るのも構わんだろうけど、一生名乗る名前を昔のままだというなら、結婚に何を望んでるのと思う。
名前なんて大した事ないと思うだろうけど、言霊って大切だよ、言霊の威力は短期的には無い。でも長期的には有ると思う。短期的には出る幕のないほころびでも長期的に出てこないと言えるかどうか?。
何時までも夫婦で違うチーム名を名乗ると言うのが良いとは思えない。親のチーム名を引き継げとは言わないけれど夫婦は同じ名前を名乗れと言いたい。
そう言う意味で別姓には反対。
とはいえ所詮他人事やな~。
  1. 2009/05/24(Sun) 00:10:11 |
  2. URL |
  3. はむれっと #fpu/AaYg
  4. [ 編集 ]

私の場合、、?

えりざべすさん、こんばんは。

私の場合、なんて題名ですが、私の母の場合、です。

私の母は、結婚して離婚してますが、
離婚後も、父の姓で通しています。
彼女曰く、
「いきなり苗字を変えて、めんどくさいことには、かかわり合いたくない」
(と、私には聞こえるのですが、、、(笑))
という、こだわりの無い?人なのかもしれません。
というのか、なんなのか、、、。

仕事をしていた時に、離婚しているので、なんとなく、解かる気がします。

そのひとそれぞれ、事情があり、選択があり、、、それを捨てても結婚すれば?
というのも、違うかな、と思います。

このえりざべすさんのtopic の「B面」です。

なので、選択、で大いに結構だと、私は思いますが、

宅配や郵便、配達する人達が、反対してるのかしら?
(日本は、住所だけで配達しているのでしょうか?住所と名前、両方で配達しているのでしょうか?)


名前は、確かに大切だと思います。


ついでに、子供が成人した時に、
「どっちの姓がいいかい?」
として、別姓選択法を生かすのも、有、だと思います。

えりざべすさんのおっしゃるのは、たぶん、
「賛否両論」が成り立っていない、
ということではないでしょうか、、、。
「両論」になっていないから、
討論もできないじゃない?というのかしら、、、。
  1. 2009/05/24(Sun) 00:58:07 |
  2. URL |
  3. kaoru #7Cg6ddf2
  4. [ 編集 ]

世の中、理屈だけでは成り立っていない

☆==================
 自己の希望や好みを完全に廃した,客観性のある意見というものを見出すことができないからなんだと思います
==================☆

 人間とは、不条理な存在です。

 客観的に完全に解明出来るとしたら、それはロボットになるのではないでしょうか。

 客観性がないからと、夫婦別姓を認めたとして(選択とはお題目で、結局はなし崩し的に全て別姓になる方向になるのでは)、何か不都合が生じないという保障はありません。

 同姓にしたのは、それなりに積み重ねてきた先人の知恵があったからではないでしょうか。

 そこに、合理的な理由など見いだせなくても当然ではないかと思います。
  1. 2009/05/24(Sun) 08:12:44 |
  2. URL |
  3. 尊野ジョーイ #r8.gCnUU
  4. [ 編集 ]

好きな方をとru

えりざべすさま、こんばんは

地球全体で見たら、家庭の姓はどのようになっているのかな?と知りたくなりました。
現実を見ながら、もう一度考えてみました。
母は女系家族なので、跡取り娘はそのお婿さんが姓を変えています。みんな《肩身が狭い》というのが本音と見受けました。そう、男性が改姓して、実感してみればいいのだわと思います。
選択的夫婦別姓,ぜひ実現して欲しいです!


  1. 2009/05/24(Sun) 20:58:36 |
  2. URL |
  3. rain #iz.eytdM
  4. [ 編集 ]

コメントありがとうございます

みなさま,コメントありがとうございます.

この問題は,議論の仕方を学ぶにはいい教材かもな,なんて今思いました.
何せ,互いの立ち位置が全く違ってしまうようなので,
少しずつすり合わせて,相互理解へ導くために,互いがどのように言葉を選んでいけばいいのか,
こういうことの練習になりそうかも...
自己啓発セミナーか何かの教材にならないかなぁ.笑
ただ,日本人にとっては難易度10(最大難易度?)でしょうか.
私も自信ありません.



はむれっとさん

結婚とは何か,というなら,何でしょうなぁ~
現在の制度としての結婚なら,明治政府が作ったもので,違う視点の問題になってしまいます.
日本の庶民の間に長く存在してきた婚姻の形はかなり違ったもので,
夫婦は一生をともにするもの,なんて感覚も本来ないのではないかなぁ.
(日本という国は基本母系で,その辺のこといずれ書こうと言いつつ,まだ書いていませんでしたね._ _)
そういう意味で,「だいたい結婚って何なのよ」と現代日本人が思うのは,当然なのかもしれません.
結婚とは自分の意志でするものではなく,
たぶん,しないといけないもの,のようになってはいないか!?

で,肝心の別姓の件です.
ユニホームに例えられていますが,家族はスポーツチームとは違いますからねぇ...
ジャイアンツ,という名称よりも,「掛布」のほうの話ですから.
それに,はむれっとさんもおっしゃっているように,言霊は長い時間をかければ威力を持っている.
つまり結婚後のこともあるけど,結婚までの間生まれてからずっとつきあってきた姓のほうだって,
その姓はその人の精神に深くまで入り込んでいるんじゃないかと思います.
だから,嫌悪感が生まれる人がいるんでしょう.

ちなみにこの制度は,選択的なので,
はむれっとさんの希望を損ないません.ちゃんと同姓にできます.



kaoruさん

kaoruさんだけでなく,お母様もめんどくさいことがお嫌いなんですね!
いや,ほんと,めんどくさいことは私も嫌いです.
実りや意義があればいいですけどね.そのときはめんどくさいこともやってみようと思うのですが...

反対している人,郵便局員はどうか分かりませんが,
そういう実務的な問題よりも,もっと精神的な何かで反対されている人のほうが多いと思います.
なんというかこう,基本的に概ね男性は反対の雰囲気ありますね.
何か大切なものが犯される,というイメージを持っておられるように感じます.
もしくは,日本がむちゃくちゃに乱れる,というイメージを持っているように感じます.
なぜそう悲観的なのか分からないのですが...
郵便局は,届け出れば,複数の姓であっても問題なく配送してくれて,
多分今はコンピュータ管理だろうから,大丈夫じゃないかと思います.

ところで,最後の討論の話ですが,
はい,全くそのとおりで討論できそうに感じませんね.涙
だから,もし国会で審議してもまともな討論にはならないでしょう.
だから審議せずにもみ消して済ましているのだと思っています.
私の勘違いならいいのですが...



尊野ジョーイさん

自己から解き放たれた完全なる客観なんて,私もあるとは当然思いません.
人間とは不条理な面を持っているとも思います.
だからどんな考えや意見も,完全に合理的で間違いがないなんてことはないわけで.そこは心から同意します.
確かにもし完全であったなら.ロボットのように一義的な命令や演算で片付く問題になるでしょうね.

しかし,私は自分の希望や意見を人に話すとき,
なぜそう思うかということを,自分だけが分かる常識や言葉で話すのではなく,
なるべく誰からも「なるほどね」と思ってもらえる言葉で話さなければいけない,と思っています.
賛同してもらえるかどうかは別の話です.
いやむしろ賛同できるかどうかを相手が判断できるに足る言葉で話すことは,
意見を言うものの責任だと感じます.
こういう努力は,客観的な視点に近づこうとすることであり,
完全な客観や合理性はなくても,「近づくこと」はできると思います.
自分の主観的意見をある程度客観的に捉えなおし,言葉として再構築し,そして対話する.
他人とコミュニケーションをとるとはそういうことだと思うのです.

ところで,これは個人の問題じゃなく,国の制度に関しての意見なのですから,なおさらだと思います.
国会で選択的夫婦別姓に反対であることを,
賛成派の人にも一理あると思ってもらえるような言葉で語る必要があるのです.
よりよい社会を築こうと思っているのなら,ですけど...



rainさん

お久しぶりです.^^
北海道は春真っ盛りですが,そちらはもう新緑の季節も終わり,初夏の装いでしょうか...

久しぶりのコメントに,rainさんの力強い言葉を感じました.
自分の言葉は湿度100%って感じで,どうも駄目ですね...

日本という国は,政治に関わるような人を除き,
農村では長いこと女系の文化を続けてきたわけで,
まあ私は,現在も家というものを動かしているのは女性だという認識ですけども.
なんだか明治時代にあまりに歴史が動きすぎた感じがします.
現代では女系家族の方は本当に大変なのでございますね...

ところで,世界の動向ですが,
ちょっと調べたら,

http://blog.livedoor.jp/sakuraxmomo/archives/cat_5265.html

このようなサイトがありました.
法制度として同姓を義務付けている国は非常に少ないようです.

しかし,アメリカなどは制度としては特に規定がないようですが,
一般的には女性が男性の姓になる同姓の夫婦が多いようですね.
でも,これは自由の中から自分たちが選んでいるので,日本の場合とは全く意味が違ってくると思われます.

参考までに.
  1. 2009/05/25(Mon) 00:24:36 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

えりざべすさん、こんばんは

選択的、というのは自由権の範囲って事だよね。でも自由と平等は相反するよ、自由を認めれば平等がおかしくなるかもしれない。えりざべすさんが考える平等とは違う平等が侵されるかもしれない。その辺をちょこっとTBでもと、、、

実はこっちに書いた後、長らくほったらかしの自分のブログに関連話題を書いてみた。確かトラックバックしたと思ってたのだけど、認可制だったけ?。反映されないからどっかシステムが狂ったかな、儂が狂った可能性も否定しないけど。(^^;
とりあえずこっちね
http://hamlet.soreccha.jp/e52090.html
  1. 2009/05/25(Mon) 19:16:00 |
  2. URL |
  3. はむれっと #fpu/AaYg
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

はむれっとさん.

自由を,「無限の自由(好き放題!?)」と考えるから,平等とは相容れなくなるのだと思います.
間違ってますかねぇ?
私は,しかるべき範囲内の自由であれば,平等とは矛盾しないように「できる」と思います.

で,このエントリーの話ですが,
これまた選択的別姓反対の人に典型的な意見でございまして...

はむれっとさんが考える,もうひとつの平等が選択的別姓になったら犯されるというなら,
それはどういう種類の平等なのか,なぜその平等が犯されると苦痛なのか,ということこそ言及すべきですよ.
なぜその肝心な中身を「えりざべすさんとは違う平等」というような言葉で曖昧にするのでしょうか?

はむれっとさんの考える「平等」が,民主主義国家において妥当に用いることができる「平等」なのか,
例えば,「法の下の平等」におけるいくつかの平等について,どれに相当する,とか...
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E3%81%AE%E4%B8%8B%E3%81%AE%E5%B9%B3%E7%AD%89
その辺を是非考えてみてください.

もし可能なら,具体的なコメントよろしくお願いします.

PS
そういえば,トラバはよくわかりません.こっちには来てないです...自分もトラックバックはうまくいかなかったこと,何度かあったりで,どうも私もいかれているかもしれません...^^;
  1. 2009/05/25(Mon) 21:39:09 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

えりざべすさん、失礼をば

選択的夫婦別姓は(無姓か?)個人の権利として平等かもしれない。
けれどその利は個人の域は出ないのでは?。
私が書いた事は、姓は親族証明書として代用になりうる。
代用は代用でしかないけれど現在十分代用となってると思う。
だからみんなが姓を統一してる間は親族証明書は持ち歩く必要はないけれど、夫婦別姓にしたらそれが侵され、
だんだんみんなが親族証明書を持ち歩かなければいけなくなるのでは?。
ということです。
みんなで負担しみんなで利を得る、そういう平等。だから一部がやらんというのは平等が崩れ、崩れ方に合わせてみんなが負担しなくちゃ成らなくなる。

  1. 2009/05/26(Tue) 00:17:46 |
  2. URL |
  3. はむれっと #fpu/AaYg
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

はむれっとさん

まあ,無姓の意味に近くなるんでしょうかね.
私としては,姓は名前の一部分を成していると感じます.
辞書を引いてのっている姓の定義とは別に,
日常生活では,名前と等価の価値を姓は持ってしまっているのじゃないか,と...

たぶん日本人が姓なんて日常めったに遭遇せず,
みんな下の名前で呼び合うような習慣だったら,
この問題は出てこなかったのかもしれません.
しかし日常的に個人を区別するように姓を使う習慣があるので,
姓が名前という概念と融合しているんでしょう.
だとしたら,結婚して98%の女性が姓(名前)を変えなければならない社会常識に対して,
なんとなく暗い気持ちになる,というのも理解いただけるんじゃないでしょうか.
はむれっとさんも,姓を変えさせられる側の立場だったら,
あまり気持ちよくないんじゃないでしょうか.(まあ,分かりませんけど.)

ま,それはいいんですが,はむれっとさんのブログの方の話題ですが,
あれらはすべて,実質問題にならないことだと思います.
今,家族は同姓だという常識があるから,問題が生じそうに感じているだけで,
実際,別姓の人が増えてくれば,それも常識になってくるので,
別に問題は生じません.
現在も,事故にあったって,妻ですと言えば面会させてくれますよ.
姓を確認して,「おお,確かに妻ですね」なんてステップは踏まないでしょう.
万事において,同姓で確かに家族だと確認しなければいけない必要性はないと思います.
保険もそう.
保険屋は,生命保険金支払うときは,戸籍謄本とか今でも要求するはずですよ.
だから加入するときはどうでもいいはずです.
現実に,現在でも別姓の事実婚の夫婦も保険に入れるようですから,
まあ,保険の世界のほうが一歩進んでいる気がします.

現実に,世界の国々ではほとんど別姓可能ですが,
ファミリーというものを定義するときに,
どうしても「姓」のような共通のものがないと立ち行かない状況,聞いたことありません.
だから日本でも運用可能だと思います.

思い出したので,ついでに書きますが,役所に勤めている友人から聞いたことですが,
別姓導入なんて,システム上,一瞬で終了だと言っておりました.
導入されている戸籍管理電算システムは既に別姓に対応しており,すぐにでも可能だそうです.
システム上は何の混乱もないそうです.そんなもんなんですよ.

私は,同姓であることで,みんな利を得ているとは思えません.
憲法の保障する平等において,
同姓であっても,夫と妻,どちらの姓に統一してもかまわないので,
機会の均等(形式的平等)は守られてます.
しかし,結果の平等(実質的平等)がうまくいってないということです.

最後に.
姓が変わることで,本当に大きな苦痛を感じている女性は,たくさんいます.
夫婦別姓を切望している方々のブログやサイトはいくらでも見つかると思うので,
是非,読んで,感じられてみてください.
そして,そのやりきれない気持ち,苦痛を感じていただけたら,
私としては賛成していただけなくても嬉しいのですが...
私たちは我慢するために生きているのではなく,
考え,新しい一歩を踏み出すために生きている...と私は考えております.
  1. 2009/05/26(Tue) 22:35:47 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

最後にと書いてあるから、私も最後にしておきます。

結婚は人生の節目と言われます。節目節目には儀式がありました。中学を卒業して高校に入るとき、中学の卒業式があり高校の入学式がある。
高校に入って今日から○○高校生、と呼ばれる事は嬉しいことでしょうか悲しい事でしょうか?。
結婚式って卒業式でしょうか入学式でしょうか?。近頃の結婚式に呼ばれて華やかさは際立って卒業パーティではあるけれど、入学式の様な凛とした立ち向かう未来を見てないような気がします。
過去の名前を引き摺るより未来への希望を名前に込めた方が良くないですか?。
何年の未来を見つめて過去と取引するのか。
中高一貫教育校より別学校の方が脱皮と飛翔のチャンスが有ると思うのだけどな。
  1. 2009/05/27(Wed) 01:03:16 |
  2. URL |
  3. はむれっと #fpu/AaYg
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

はむれっとさん

ちょっと誤解がありましたが,
最後に,というのは,自分の長々と書いてしまった文章の最後に,という意味で,
やりとりを終わらせたかったわけではなかったのですが...
まあ,でも延々とやっても仕方ないので...

ところで...

> 過去の名前を引き摺るより未来への希望を名前に込めた方が良くないですか?。
> 何年の未来を見つめて過去と取引するのか。
> 中高一貫教育校より別学校の方が脱皮と飛翔のチャンスが有ると思うのだけどな。

ということは,はむれっとさんは,姓が変わることに積極派だったんですか!?
間違っていたら申し訳ないですが,これまでちょっと勘違いしていたらそれも申し訳ないです.

まあ,とにかく人それぞれ.
そういう人もそうじゃない人もいるんですよね.男女問わず.年齢問わず.
昔はそうではなかっただろうから,かなりの思想の変革だろうと感じます.
みんな同じが当然,という常識を続けていくのに,
徐々に無理が生じ始めている...のかもしれません.何事につけても.
これは,日本が制度や法律だけは形式的であったにしてもちゃんと民主化した結果なのでしょう.
今,それが市民レベルで少しずつ浸透しはじめている,という気がします.

私は,なにがなんでも別姓こそ是である,なんてことを主張したいわけじゃ全くないです.
ただ,この別姓の話題を考えていると本当に「水」と「油」のようなものを感じるし,
今の日本を考えるにはいいテーマなんだと思っています.

  1. 2009/05/28(Thu) 00:06:19 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

論理的トレーニングの本

えりざべすさま、みなさま、おはようございます♪
すばらしい討論が展開されているみたいに見えましたよ。(*^_^*)

私は本当に、日本語って、ふんわかとしていて、話し合いむきじゃないなと思ってきました。また、私自身のことですが、感覚的散文的になってしまって、どうしても会話を論理的に発展することができないと感じて悩んでいましたが
最近、出会った本ですが、これは私にひとつの解決への糸筋をくれました、ちょっとみなさまの討議にあてはめてかんがえているところ
日経新聞社 論理的に「考える」ためのトレーニング 質問力 (飯久保廣嗣著 2003年2月初版)
久しぶりに、芯のある本だと思いました。ではまた
  1. 2009/05/28(Thu) 05:59:53 |
  2. URL |
  3. rain #yqcne1.w
  4. [ 編集 ]

Re: 論理的トレーニングの本

rainさん.
こんばんは.

言葉は,それを話す人々の気質とか思想を反映するものでしょうから,
日本語はやはり,あまり論理的な会話には向かないのでしょうね.

自分も含め,私は日本人の議論下手は本当に重症だと思っています.
特に,その道のプロ(政治家とか!?)でさえ,ちょっと酷いなぁ,なんてと思うこと多いです.
自分の主張(立場)はもう決まっていて,
それを補強する材料を探すことに専念するのが日本人の一般的な傾向...なのかと感じたり...

ところで,紹介いただいた本に照らして,
何かまた面白いことが見えそうでしたら,いつでもお願いいたします!
  1. 2009/05/28(Thu) 21:39:09 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

なんとも議論に出遅れた感はありますが気になったのでコメントさせていただきます

私自身は夫婦別姓に反対、というか慎重派です
というのは、この問題は、夫婦間の問題だけで留まらない問題だと考えるからです

現在、少子化や離婚率の上昇はよく言われている問題ですが、若い人の方が夫婦別姓に賛成者が多いという点などからみても、若い人達の意識に起因している問題で、因果関係があるのではないかと感じます

家族の一体感などと言うつもりはありませんが
少なくとも、「私は別姓を選ぶ」と主張する人の意見の中には結婚するための意識がそれほど高くない
要するに気軽に結婚をしたいという意思が見て取れるように感じます
ただし結婚の難易度が下がると言う事は離婚の難易度も下がることだと言えると思います
わざわざ別姓にしたいという人からは「離婚」を示唆するようなニュアンスを感じるのは私だけでしょうか?
また、これが原因で結婚を躊躇するほどの問題なのでしょうか?

これを個別の問題として考えるのならば確かに選択肢は魅力的だと言えるかもしれません
でも、現行の制度でも男性が女性の姓にすることは可能です
男性側の姓を名乗る事が多いのは当事者がそれを自ら選んだのであって、別に制度が悪いせいではないのではないでしょうか?
むしろ私は別姓にするメリットが理解できません

そして、その結果別姓夫婦が増えるとしたら、気軽な離婚
もしくは将来の選択肢として容易く離婚が考慮されたり、そのために子供を作らない家庭が増えるなど社会問題が加速する可能性があると思います

それは言いすぎだとしても、その結果起こるであろうことを考慮せずに、感情的な理由で先走るのはなんとも危険な気がします
そういった意見のカップルは女性側の姓を名乗ることにすれば殆ど場合問題は解決するのではないかと思うことが多いですね
  1. 2010/11/10(Wed) 16:49:32 |
  2. URL |
  3. コレット隊長 #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

コレット隊長さま,コメントありがとうございます.

この問題はある意味非常にシンプルで,結局,民主主義の思想に基盤を置くか,そうじゃないのか,という問題なのだと思います.

ある国に選挙権が男子にしかない国があったとしましょう.その国では若い人ほど男女ともに選挙権があるべきじゃないかなぁ,と思っています.一部の人はこんなのおかしい,男女ともに選挙権があるべきだと著しく騒いでいるとします.また逆の一部の人は,選挙権は男だけに決まっているじゃないか,女性には別の役割がちゃんとある,と強く反対しているとします.(別姓問題に状況を似せた架空のたとえ話です)

ここで「政治について女性の多くは何も分かっていない.でも人口の半分は女性なのだから,その何も分かっていない女性が投票するようになったら,今まで当選することがなかった能力のない政治家が当選したりして,この国は駄目になってしまう,だから慎重であるべきだ.現状でも政治はちゃんと機能しているのだし,女性も大多数はそこまで選挙権が欲しいとは言っていないじゃないか」というのが反対派の意見の理由だとします.

これが,コレット隊長さまの今回の意見のタイプです.

しかし,民主主義の原理に基づけば,この理由はナンセンスなのです.個人の自由と権利・機会均等を最重要とするならば,政治のことを何も分かっていない女性が投票することで得られた結果がもしこれまでと異なったとしても,その変化がどんなものであっても「民主主義の理」になります.なぜなら,全国民が機会を得て投票した結果なわけですから...それこそが国のお意思決定を構成する力なのです.そして,女性も政治に参加するようになったら,政治のことを知りたいと思ったり,自分も政治家になろうと思う女性も出てくるかもしれません.それこそがその先にある期待される変化です.

これの現代における,しかもけっこうマニアックな領域の話題が,この選択的別姓問題です.選択的夫婦別姓を導入することで,仮に離婚率が上昇したりさらに少子化が進んだとしても,それは個人が自由に自分の意思で行動した結果として,「自立した民主主義国家としての正しい理」なのです.で,国家の存続としてそれが問題になるというなら(というかもし少子化が進むなら確かに大きな問題になりますが),それはこの民主主義の理とは別の方法でもって対策をしなくてはいけません.

しかし僕は,選択的別姓を導入する事で離婚率が上昇したり少子化がさらに進むかどうか,全く分からないと思っています.ひょっとしたら変化が起こることで歯止めがかかる可能性だってあるかもしれません.しかしどちらにせよ,姓を強制的に変えざるをえなくなった人や,法的な結婚にふみきれない同棲中の若者に,そういう「心配」や「予測」を基盤として「それはわがままです,このまま我慢しないさい」などと言うことは,民主主義の観点からは大問題です.

ただ,コレット隊長さまのおっしゃりたいニュアンスもとても分かるのですよ.なぜなら,日本は自分たちで民主主義を勝ち取った訳ではなく,気づいた時には与えられていたって感じですから...法だけは民主主義でも思想は出遅れています.大きな枠組みを考える一部の人の思想で物事を動かせます.だから,確かに今すぐ何がなんでも別姓だなどということは難しいでしょうし,国民全体からもっと強い要求というか世論が出てこなくてはいけないでしょうね.それも民主主義の一部ですから.まあ,過渡期なのかなぁなどと考えたりします.

  1. 2010/11/11(Thu) 00:38:54 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

なるほど
たしかに、何に重点を置くかという事で認識は変わってくるのでしょうね

ただ、民主主義であるからという理由で平等や自由だけを主張するのは、どうなのでしょう?
もちろん自由を否定したい訳ではありません
月並みの言い方ですが、自由や権利には責任が伴うとかなんとかw
責任の伴わない物は自由などではなくただの無法となってしまいます

こういう言い方をすると変かもしれませんが、私は夫婦別姓自体にはさほど興味はありません
自由に選べること自体はむしろいいことだとも思います
ただし、その与えられた自由によって起こりうる問題に対しては、しっかりと考え、可能性があるのならば対策をするべきなのではないかという考えがあります

たとえば、女性の選挙権云々の話で考えるならば
与えること自体はもちろん民主主義、平等の観点から考えれば、歓迎すべきことです
でも、(その世界の女性が本当に政治的知識に疎いかどうかは別にしても)新しく選挙権を与えられる人間には、選挙にしっかりと責任を持って臨めるような対策
たとえば政治についてしっかり学べるよう、教育改革なども合わせて行うべきだと思います
これは別に自由を侵害するものではありませんよね?
これが法治国家にあるべき自由ではないでしょうか

実際に問題が起こるかどうかはわからないとしても、だからと言って考慮の必要がない訳ではありません
起こりうる問題に対してよく練られた法案であるのならば、もちろん歓迎するのですが
今の段階では、夫婦別姓の問題は権利の主張ばかりが目立って、それが見通しの悪さに繋がっているように感じます
  1. 2010/11/12(Fri) 17:37:44 |
  2. URL |
  3. コレット隊長 #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

コレット隊長さま,

自由には責任が伴うという点,もちろん同意ですが...

責任は誰かが教えたり,お前責任をとれるのか?と日本ではよく問うたりする,
あの「責任」ではないです.
これは僕は「日本的な責任」として区別しており,
この責任は全く自由や平等をもたらしません.
どちらかというと責めを負わないための義務,と申しましょうか...
そうですね.義務に近いかもしれませんね.
誰かが「是」としたことに義務的に従う結果をもたらすという意味で.
つまり,誰かが是とした政治学を追随させることになるのです.
コレットさまがどのような意味で使われたか正確には分からないですが,
このように感じてしまいました.

義務でもって縛らなければ,
日本人は実に身勝手に行動して問題が起こり,
無法になるというのでしたら,
もちろん心配事のひとつとして理解できます.
僕もこのブログでは同様の感覚,
「日本人は利己的だ」という表現でたくさん書いています.
自分のことしか考えられなかったら確かに無法状態になるでしょう.
別姓が増えて,離婚が増えるとしたら,それは自分のことだけになっているということで,
恐らく姓の問題だけではないと僕は思います.
一度お互い好きになった者同士なら,
自分のことだけでなく,互いに思いやる気持ち(=愛情!?)が薄れなければ,
そんなに簡単に離婚することにはならないでしょうから...

日本人はもっと功利的にならなくてはいけないのだろうと思いますが,
そのための方策として,
僕はコレット隊長さまとは180度全く逆の道を見ているのかもしれません.

話は戻って,
民主主義における自由に伴う「責任」,つまりresponsibilityというのは,
自由を勝ち取ったと同時に自ずから生じるもので,義務とは無縁の言葉です.
誰かが教えるものでもないし,責めは一切負いません.
結果が全て自分たちにふりかかってくること自体が責任なのです.
レスポンス(応答)という単語から派生しているので,
コチラから声をかけて,返事が返ってくる,というイメージ.
つまり,自由が生まれたら責任がこだまのように自分に返ってくるだけです.
僕が「自由には責任が伴う」と言う場合は,この意味です.
「責任がないのに自由平等を主張するな」というのは,
日本でしか通用しない,妙な論理です.

ところで,僕はいつも思うのですが,
他者の主張を否定することだけを行うというのは好ましくありません.
例えばAの立場を主張している人は,Aの良さ,素晴らしさ,なぜその意見を持つに至ったかを述べ,
その上で,Bに潜む問題点を述べるのがいいと思います.

ところが,日本人はよく相手の問題点のみを指摘して,
それを理由に自分の意見の方がより正しいと言い合うのです.
国会中継を見ていれば,ほとんどがそれです.

まあ,コレット隊長さまは,あまりこの問題には興味がないとのことなので,
特にここでの選択別姓問題の議論,無視していただいてよかったのじゃないかと思いました.
そうでなければ,やはり現在の同姓の良さやメリットを,
同姓を強いられることで精神的苦痛を持っている人にもなるほどと思っていただけるような,
そういう意見を述べられることを期待します.
そのような努力が,違う意見を持つ者の間の壁を下げて,対話をもたらすと思うし,
袋小路を抜け出すための方策です.

関係したことをいくつか以前に書いていますのでリンクを張らせてください.
http://erisabeth.blog123.fc2.com/blog-entry-102.html
http://erisabeth.blog123.fc2.com/blog-entry-266.html
  1. 2010/11/13(Sat) 23:32:33 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

えりざべすさんの記事をいろいろと読ませていただきました
多少なりともあなたの考え方が理解できたような気がします

そこで感じたのですが、原因の発端は私にあることを十分に自覚してはいるのですが、我々の意見は別に対立している訳ではありませんよ
もちろんあなたの意見を否定する意図は全くありません
まぁ確かに、議論という形を取っている以上、意見を対立的にとらえられてしまう事は誰でもあることなのですがw
えりざべすさんの意見には結構同意する部分も多いですよ
もちろん思想的な対立もあることは確かですが、わざわざそれを揉める必要もないでしょう

基本的な私のスタイルとしては、中立的な立場で考えることにしています
(実践できているかどうかはともかくとして)
そのうえで、今回はえりざべすさんが賛成的立場の話を中心に語られていたために、結果として反対意見側の疑問がわいてきたのですが・・・
この問題には興味がないと言ったのは、どちらの意見もわかる、もしくはどちらの意見にも完全に同意しきれないと言ったニュアンスのつもりだったのですがいい方が悪かったようですね
えりざべすさんは頭の回る方のようですから、私の反対の側に徹しきれないのに反対側に回ると言うその無節操さに思想的な安定感の無さのようなものを見透かされて、批判ばかりしている人と捉えられてしまったのかもしれませんね
また、自由云々の話にまで及んでしまって少し論点がそれ過ぎてしまったように感じます
申し訳ない

ここで本来の話題にもどります
お互いに長々と書いたために、論点がぼやけて熱くなりすぎたようですから、思い切って流れを断ち切ってコメントを書きます
私の言いたかったことは主に次のようなことです

「女性が姓を変える事を余儀なくされているという事態の原因は本当に制度のせいなだろうか?」
「現状でも男性が女性の姓を名乗るということで問題は解決できるのではないか?」

90%以上の女性が姓を変えているという現状は「制度」の問題ではなく、「社会的な風習」が原因なのではないかと私は考えています
そもそも、この制度自体には女性側が変える方が望ましいといった内容は含まれていません
ここが重要なのですが、この問題を「制度が悪い」と捉えた理由は一体何でしょうか?
これが私にはよく理解できなかったために、反対的コメントをしたというだけなのですが、我ながらわかりにくいコメントでしたねw
制度を変えたとしても、この問題の根本である「風習」や「男女観」の原因ははたして改善するのでしょうか?
もし、改善しないとしたら、この歪みは結局他の所に顕現してしまうだけなのではないかという危惧があります
自分から乗っておいてなんですが、国民の大多数が「賛成」だというのなら、それは確かに民主主義社会の自由として正しいことなのでしょうが、意見が割れているというのが現状な訳ですから、少し的外れな議論な気がしますね
  1. 2010/11/14(Sun) 19:40:12 |
  2. URL |
  3. コレット隊長 #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

コレット隊長さま,

作文が下手で,とにかく簡潔明快に書くことが苦手でどうもいけません.申し訳ありません.余計なこともあで書きすぎた気がして,ちょっと反省しています...

今回はなるべく要点だけを書くように心がけます.

>「女性が姓を変える事を余儀なくされているという事態の原因は本当に制度のせいなだろうか?」

男女観,家庭観に関して多数の日本人が共有する社会常識と,それとは異なっている個人の思想とのギャップが原因にあると思います.現制度は統一的な社会常識側に従っています.

>「現状でも男性が女性の姓を名乗るということで問題は解決できるのではないか?」

そうやって解決している夫婦もいるでしょうけど,一般に,自分の姓を婚姻で変えたくないと思う人同士が出会うことでこの問題は起こるわけで,そういう場合にもし男性が変えたとしたら,今度は男性にストレスがかかります.姓を変えたくない人同士が結婚するとき,女性が変える場合は理解者がいないという孤独が襲いますが,一方男性がそんな女性の気持ちを思いやって自分が変えようとする場合は,親との壮絶な戦いが始まったりします.親は女性が姓を変えるのが当たり前だとたいてい思ってますから...それに,その状態になったら女性にも強いストレスがかかることになります.私が姓を変えたくないと言ったせいで,こんなことになるなんて...と悲しくなりますし,男性の親からは白い目で見られたりするものです.

とまあ,これは実際の事例で,僕は他にもいろんな事例を知っていますが,いずれにせよ,問題が露呈した場合はたいてい深刻になるように思います.法が「別姓」というものを正式にサポートすることで少しは緩和するのじゃないかと思います.

>制度を変えたとしても、この問題の根本である「風習」や「男女観」の原因ははたして改善するのでしょうか?

僕は「「風習」や「男女観」の原因を改善しよう」とは全く思っていないということ,どうかご理解ください.何が改善に相当するのかも難しいところです.100人いれば100人の男女観が現れていい時代になりましたし,実際そのようにゆっくりと変化してきています.「あなたについていくわ!」という女性も,「女性が姓を変えるのはおかしい.私は家に嫁いだのじゃないのよ!」という女性も現代にはいます.どちらも安心して暮らせる包容力を社会が持ってもいいのではと思います.現代日本人男性だって,いろんなタイプの女性を好きになります.僕はこの件に関して,日本全体の思想の基盤を統一的に変えようなどと全く思いませんし,そんな立場でものは語りません.もしこの制度を敷くことで何か変化が起こるとすれば,それは僕じゃなく,この国の一人一人の国民がそれを行った結果で,これが前のコメントで書いた民主主義の責任ということです.そして,そこに踏み込めないという感覚は,日本では本当の民主主義思想が根付いていないということの表れだと思います.
(根本的な思考プロセスがお互いに違うようなので,この点は非常に難しいですね)

>この問題を「制度が悪い」と捉えた理由は一体何でしょうか?
制度が悪いとは思いません.悪いかた改正したいわけではないんです.自己喪失感を覚える人が現実にいて,素晴らしいはずの結婚がなぜかブルーになってしまう人がいて,そういう状況を打開するための案として,現行法を改正することはひとつのソリューションになるのではと思っているわけです.つまり,現行法も不平等なわけではないけど,もっといいものになるかも,と思っているわけです.現法でも平等です.どちらの姓を選んでもいいわけで...でも実際はほとんどの夫婦は男性姓にするわけじゃないですか? 確信はないですが,おそらく選択的別姓に改正しても,ほとんどの人は同姓で男性姓を選ぶのじゃないかないかと思いますよ.制度で思想を変えられないというコレット隊長さまの意見が正しいなら,なおさらそうです.でも現実にいる別姓を望む夫婦がそれを選べるようにはなるわけで,これこそが重要だと僕は思います.


***ここから先は余談,というかぼやきです.
(やっぱり余計なことを書きたくなってしまう自分...予め,申し訳ありません._ _)

正直な話,ここでコレット隊長さまを始め,いろんな方とコメント欄で議論しましたが,法務委員会などでの政治家の方々の議論よりもこっちのほうがずっと意義があり,実りがあります.本当です.それくらい,国会議員の夫婦別姓反対の人は,喧嘩腰で同じ言葉および揚げ足取りの繰り返しで建設的ではありません.民主主義とは何かを理解しているなら,この法案に欠点は見出しにくいんです.政治家はやっぱり頭はいいし知識も豊富な方たちですので,どうも頭では理解しているのだと僕は感じます.でも信条としてどうしても別姓が嫌なんでしょう.劣勢ゆえに喧嘩腰になっているように見えます.「とにかくお前に娘はやらん!」というのと同じ姿に見えます.だから論理では推進派に押されっぱなしという状況だけど,決して国会審議,そして採決に進めようとしません.否決すればいいとは言え,もし可決されたらと思うと怖いので,民主主義的な手続きに移行できないのです.議員の中には若者もいますし,はっきりと賛成派もいます.党議拘束をかけなかったら,けっこう近差で微妙なんですよ.(国民の代表だけに,だいたい民意を反映しているんですね.笑)しかし本当にプロとしてあれでいいんでしょうかねぇ...^^; そして,何度も何度も提出されている本改正法案が,そして現在では国民の半分近くが賛成している内容に関して,10年以上にわたり国会審議も決議も一度も行われることなく廃案になり続けているというのは,本当に驚くべきことだと僕は思います.どうもこの問題を考えているうちに,だんだん選択別姓が実現しないこと自体より,こういう国会議員の情けなさの方がダメージ大きいです.(笑)まあ,世代交代が進めば状況は変わってしまうかもしれませんが...

もうひとつ,コレット隊長さまに是非聞いて欲しい話なのですが...(笑)
欧米の民主主義国家は,程度の差はあれ少子化を既に経験しています.でも今はそれに歯止めがかかってきていて,その歯止めがかかった時期と強い相関があるのが,婚外子の割合の上昇です.近年,急速に少子化を克服したフランスは,やはり急速に婚外子の率が上昇しています.婚外子の率が上昇できる要因は,社会がそれを認めて,サポート体制を構築し,暖かな目で見守ることが可能になったからだと言われます.これは何を意味するかというと,おそらく民主主義が成熟してくると,婚姻という制度自体が束縛として機能し,国家を維持するために限界があるのかもしれないということです.キリスト教男根主義の西洋でさえそうなのです.(現状ちょっと過激な意見ですが,僕はそういう感じを持ちます.)もちろん東洋と西洋じゃ,歴史と思想の意味合いが少し違うのですが,面白いことに,だいたいこの手の社会で起こる現象は,日本は西洋の後追いになってしまってます.離婚率は増え続けていますし,やっぱり小子化も起こりました.なぜこういうことが起こるのか,本当に深く考えてみる必要があるように感じます.さて,日本はどうすべきでしょうか.コレット隊長さまの言われるとおり,確かに制度が変われば思想の根本が変わるとは言いません.でもひょっとしたら,もう思想は先に変わってきている可能性も捨てきれないですよ.制度を変えることは,十分条件じゃないにせよ,必要条件にはなると僕は思います.

しかしまあ,この法改正は当分起こらないでしょう.(涙)

ちょっと僕も改めていろいろ考えたこともあるので,そのうち新しい記事としていくつか書いてみたいと思います.
  1. 2010/11/15(Mon) 00:43:18 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

なんだか私は心が汚れているからか
悪い言い方をすれば、賛成派は「自由は何よりも大事、そのあと何が起ころうとも知ったことではない」
反対派は「女性のわがままなど聞いていられるか」
などとでも言うような、どちらも感情的な議論が多いような気がするんですよね
私自身は、多くの人がしっかりと考えた上で主張しているのならばどう転んでも文句はないんですけどねw

これは自論なのですが、建設的な議論には目的の明確化が必要だと思うのです
たとえば少子化対策という共通目的があれば、それぞれの立場からより良い方法を議論することはそれほど難しいことではありません
「少子化」が論者たちの「共通の敵」として作用しますから、別々の立場でも、協力し合うことが可能でしょう
でも、この夫婦別姓の議論は、目的が「別姓」そのものであると言えるかもしれません

賛成の方は、別姓ができるようになること自体(もしくはそれによって得られる自由)に重点を置いた論調に
反対の方は、その後生じるかもしれない悪影響に重点を置いた論調に
こうなる訳ですね
賛成派は法案を通す事が目的、反対派は通さないことが目的
もともと対立構造がある訳ですから、最初から議論がかみ合っていない、、否定の論議になりやすい、感情論になりやすい、お互いの立場を理解しようという気がない、代案を出せない、などなど
これで建設的な議論しろというのが無茶なのかもしれません
お互いが中立的立場で話し合えるなら話は別なのですがw
国会議員だって、ただの国民の代表であって、議論の専門家という訳ではありません
ですから、自分の感情やこの影響を押しのけて相手側の意見を受け入れ、建設的な議論を交わし合うのを期待するのは難しいかとw

そういった意味では今回の話は私にとってとても有意義な内容でした
お付き合いいただき感謝致します

私も色々と考えることがありましたので、自分のブログでそのうち書いてみることにしますね

あと、少子化についてはまたこれも目的が今回とは別な話なので・・・
書き出すと長くなりそうですから自重しておきますw
そのうちこちらに関しても記事を書いてみる予定なのでまた意見を纏めた後にでもあらためてお話できるといいですね
私は、いろいろ余計な事を考えてしまう人なので、自分の意見を纏めるだけでも時間がかかるんですよw
なんとなく思っただけなのですが、少子化の件に関しては我々の間のイデオロギー的な対立を避けて語るのは難しい気がしますしね
  1. 2010/11/17(Wed) 18:03:59 |
  2. URL |
  3. コレット隊長 #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

コレット隊長さま

コメントどうもありがとうございます.

自分も,離婚や子供が減ってしまうのではという問題にちょっとこだわりすぎました.反対派の中には,家族の絆が弱まる,それによって離婚や少子化が加速し,国家が崩壊する,という考え方の人がかなり多いもので...

このタイプの予想はとても難しいですね.なぜなら人の信条に関係してくることなので.例えば,高速道路無料化するとどれくらい交通量が変化するか,という予測は,まあ予測シミュレーションするための式や方法を立てることは可能かもしれません.しかし,この問題はそのようなシミュレーションはおそらく困難.絆も数値化できない.だから,賛成派は離婚は増えないと言い,反対派は増えると言った所で,それをサポートするような客観的な資料を作るのは無理.だから,コレット隊長さまのおっしゃるとおり,この問題は,やはり「別姓」という新しい家族の概念こそが重要であり,別姓を望む夫婦の要望は尊重されるべきものなのか,それとも何らかの理由によって退けられるべきものなのか,という点のみが焦点となるでしょう.ところが,その論理的理由の中から上記の将来の危惧を取ると,反対派の反対理由は何もなくなってしまうのが現状です.ですから,この問題は対立構造ではありますが,左右対称の鏡像関係ではないですね.全く異質なものに主張の基礎をお互いに置いていて,互いの言葉を知らない異国語同士で一所懸命に話そうとしては喧嘩しているような状況かもしれません.^^;

そちらのブログにも訪問させていただこうと思います.
こちらこそ,私のだらだらと長い文章にお付き合いいただきありがとうございました.
  1. 2010/11/18(Thu) 00:24:45 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

選択的夫婦別姓を望んでいます

えりざべす様

はじめまして。私は長年、選択的夫婦別姓を望んでいる女性です。
えりざべすさんのように、この問題を論理的に整理してくださる方がいらっしゃって、とてもうれしい限りです。
私は事実婚を何年かしたあと、入籍して旧姓を通称使用していますが、ここまでの経緯(親とか)はいろいろ大変でした。
夫は改姓したくないという私の気持ちを理解していますが、かといって夫に私の姓になれというのも、仕事の関係上、なかなか難しいです。
しかし私にしたって仕事上、なにかと不都合なことがあり、結局私がその不都合をやむをえず甘受しているという状態です。
選択制になれば、同姓にしたい人は同姓にする、別姓にしたい人は別姓にする、ということで、単純にスムーズな気がします。
私は、この問題はそれ以上でもそれ以下でもないように思うのですが、いつまでたっても法律が変わらないので、困っています。はやいとこ法律が変わって、通称ではなく(通称だと銀行口座など作れないし)別姓にできるようになってほしいです。
  1. 2010/11/23(Tue) 19:55:12 |
  2. URL |
  3. みなこ #-
  4. [ 編集 ]

Re: 選択的夫婦別姓を望んでいます

みなこさま,はじめまして.

お気持ちお察しいたします.本当に困ることだらけですよね.
この問題は論理で別姓反対派に劣勢になることはありえません.(今は確信を持ってそう言えます.)そして,日本が一応民主主義国家を自認できるなら,選択的別姓にいかなる問題も見出せるわけもなく...現行法のままが続いているのは非常に残念です.私たち市民にもっとそういう声が強まり,そうすれば政治家も動くのだろうと思います.論理だけでは駄目でも,民意の一部と呼べるものになれば,変化が起こるだろうと思います.今は過渡期であると願いたいです.

今すぐの法改正が厳しそうなここ最近の情勢ですが,微力ながらこのブログでも発信していきたいと思っております.コメントありがとうございます.
  1. 2010/11/24(Wed) 00:30:19 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

元無関心派として

えりざべすさま,こんにちは。
私も夫婦別姓について稚拙ながらも考える機会がありましたので,コメントさせていただきます。

夫婦別姓制度の導入によって起こりうる弊害として私が考えるのは,

1.別姓を選択した一方(多くの場合妻)が,もう一方(多くの場合夫)の家族から差別的な扱いを受ける恐れがある。
2.夫婦が別姓であることにより,子供がいじめなどの被害に遭う恐れがある。
3.子供の姓について,夫婦別姓賛成派の中でも統一の見解がない。(違っていたらすみません。ですが,私には統一の見解がない様に感じられます。)

の3点です。

1.については,「婚姻は両性の合意のみに基いて成立し」という規定があるにせよ,実際には双方の家族を含めた合意が望ましい,という現実が存在する以上,容易に想像される弊害であると考えます。
「わだかまり」の種類と総数が増える,と言ってもいいかもしれません。

2.については,保守,リベラルの立場に関わらず多くの識者が認めるとおり,現在の日本にはマイノリティに対する差別的な意識(多数派であることの優越感)が現実として存在します。
そして,夫婦別姓を実際に選択する方が少数であろうということは,夫婦別姓賛成派の方も認められているとおりです。つまり,両親の氏が違う子供は,(選択的でない夫婦別姓制度が導入されるまで)差別的な扱いを受け易いマイノリティであり続けるということです。
子供は「みんなと違う」事に対して大人よりも敏感に反応し,(大人は敏感に反応しないということではありません。子供より顔と態度に出さない,というだけです。)そのような些細なきっかけでいじめに発展することは十分想像できます。

3.については,賛成派の方が意図的に議論を避けようとしておられるという印象があります。
なぜなら,「婚姻時に子の氏をあらかじめ決定する」という案と,「出生時に子の氏を決定する」という案,それぞれに明らかな問題点があるからです。
婚姻時に子供の氏を決定するとすれば,子の氏は一方に限定され,「婚姻によって一方の氏が断絶するケースを回避できる」「氏が同一であることは,家族の一体感にとって必ずしも重要ではない」とする賛成派の論拠を崩しかねないからです。
他方,「子の出生時に氏を決定する」とすれば,双方の「家」によって「孫,ひ孫の取り合い」が発生することが容易に想定されます。「15歳になった時に子が自分の意思で選択する」という案などは,夫婦同姓制度では起こりえない悶着をさらに一つ追加するものに他なりません。
子供の氏について賛成派の統一の見解がないということは,夫婦別姓導入後の弊害とはいえないかもしれませんね。むしろ,議論を行う上での障害と言えるかもしれません。

仮に賛成派の方がこのような弊害が起こらないと主張されるのであれば,現実認識と想像力が不足していると言わざるを得ません。

夫婦別姓を選択した方々に対し,世間の一部はどのような反応をするか?
「(子供のことを真剣に考えない)進歩的な方なんでしょ?」という見方をする方がいないとは断言できません。
むしろ,そういう方がいることは自然ですよね。「多様な価値観の存在が認められることは善である」とは,賛成派の方の論拠でもあります。
夫婦別姓の両親を持つ子に対して,周りの子はどう思うか?
「何であの子はお父さんとお母さんの苗字が違うの?仲が悪いの?」と考える子が出てくることは,「夫婦は同姓であることが自然である」という社会的な通念が存在する以上,むしろ自然な事といえます。
自分の子に対して,苗字が違うのは認められた権利だよ,何も悪いことはないよ,他人と違うことは全然悪いことではないんだよ,(実際に私もそう考えますし,そう教育しています。)と教育しても,他人の子まで教育することはできません。
まして,いじめに発展しかねない問題の根底が「夫婦は同姓であることが自然である」という社会的な通念であるならば,その通念を変えることは他人の子を教育するよりも困難です。

賛成派の方が上記のような弊害をお認めになり,その上で
「そのような不利益を被ったとしても,それは個人の自由な選択による自己責任の範疇だ」と仰るのであれば,私としては,「行き過ぎた自由主義であり,行き過ぎた個人主義である。」と反論します。
なかなか埋まりそうにない溝ですが。

ただ,私の印象としては,反対派には,「そんなものダメに決まってるだろう,議論する価値もない。」という所で思考が停止している方が多く見受けられることも事実です。
私がこの問題を拙いながらも考える契機となったのは,ディベートのテーマとして取り上げられたから,でした。
これまでの私のような,「何となく賛成/反対派」「そもそも興味がない派」は,そのような場がない限り,真剣に考える機会がないのでしょうね。

私は賛成派に回され,結果としてディベートには勝利しました。
この問題を切実に考えているのは,ネットを見る限り賛成派の方が圧倒的多数ですので,「今の時点で」資料を収集し,論理的に意見を交わせば,賛成派の方に理があるような論証を行う方が容易であったのは考えてみれば当然だったのでしょう。
えりざべすさまが,反対派の意見を「理解できない」とする一因もこのあたりにあるのかも知れません。
つまり,この制度について真剣に考える(論理的な反対派を含めた)国民的な議論がまだまだ十分になされていない,という事だと思います。

たとえば,の話で恐縮ですが,裁判員裁判という制度は,「とりあえずやってみましょう。」という見切り発車的な要素を多分に含んだ始まり方であったと私は考えています。
テレビ,ラジオでもそのようなコメントをされる「元検事」「元裁判官」の方がいらっしゃったように記憶しております。
「ダメなところがあっても,あとから改正若しくは廃止すればいいじゃないか。制度を導入すれば,少なくとも裁判に市民感覚が反映されるのだから。」と。
裁判員の方の生活に後々までに影響する負担が容易に予想されていたにも関わらず,です。
すでに行われた裁判員裁判の裁判員の方の心のケアを十分に行うことを前提として,裁判員裁判制度を廃止することは比較的容易ですが,夫婦別姓制度に関してはそうはいきません。
別姓制度による弊害が社会問題化したとしても,
「やっぱりやめます。皆さん氏を統一してください。」
「やっぱりやめます。すでに別姓の方はそのままでいいですけど,これからはだめですよ。」
いずれにしても大混乱が発生するのは自明です。廃止ではなく,改正にとどめたとしても改正前後では取り扱いに不平等が生じますよね。
「必要としている方がいます。不平等があります。ですから改正しましょう。だって,選択性なんですよ?誰にも迷惑かけないでしょ?」では許されない重大な法改正であることを国民が認識すべきと考えます。
「ほら,反対派にはマトモな論理がないじゃないか。賛成派は論理的にメリットを証明できているし,デメリットについても的確に反論できている。だから法改正は正しいんだ。」とするのは今の段階ではあまりに危険です。

えりざべすさまの,「一部に著しく反対の人と賛成の人がいて,残りの人々はあまり興味がないのだろう」とのご指摘は慧眼だと思います。
だからこそ,法を改正するにせよ個別法で対応するにせよ,私はさらなる国民的な議論の高まりが必須であると考えます。

長くなりましたが,慎重派としての私の意見をまとめると,
「選択式夫婦別姓制度でなければ起こりえないような明らかな不利益,差別的な扱いの危険性が予想されるにも関わらず,その十分な解決策が示されていない現状での法改正は時期尚早である。」
ということになります。

まずは通称使用を広く認めるなどの個別法の改正で対応し,社会で広く別氏を名乗ることが認知され,別氏を名乗ることに対する差別的な風潮がほぼ(100%は不可能ですよね。当然ですが。)解消されたと認めるに至ったときに初めて民法を改めるべきと考えます。
相当な年数を要することは想像に難くありませんので,私の「慎重派」と言う立場は,現在切実に別姓を希望されている方から見れば「絶対反対派」と同義かも知れませんね。

えりざべすさまがトラックバックの中で「今,家族は同姓だという常識があるから,問題が生じそうに感じているだけで,実際,別姓の人が増えてくれば,それも常識になってくるので」と語られておりますが,まさにそこが問題なのでは,と感じます。
すなわち,「実際,別姓の人が増えてくれば」の部分を,通称使用の拡大という個別法の改正で促すか,民法の改正で抜本的に改革するか。

・夫婦別姓を導入することによって,広く社会のマイノリティに対する差別的な意識を改善する契機になれば。(法本来の目的でないにせよ。)
・仮に夫婦別姓の導入がマイノリティに対する差別的な意識を改善する契機になったとしても,夫婦別姓が常識となるまでに差別的な扱いを受ける(その恐れのある)方はいわば「人柱」として仕方がないことなのか。
・「人柱」のような方々を生み出さないためには,社会の意識の変化を個別法の改正によってまずは促すべきでは。
・しかし,社会の意識の変化は,一般法である民法の改正によってしか早めることができないのでは。

と,このあたりで私の考えは堂々巡りを始めます。難しいですね。

余談ですが,私が不思議に思うのは,なぜ婚姻最低年齢のような明らかな差別的規定(生物学的見地からの区別であるとは思いますが。)の改正を先に行わずに,しばらくは決着の付きそうにない選択的夫婦別姓制度とセットで民法改正を行おうとしているのか,という点であったりします。

長々と拙文失礼いたしました。私には考えを短くまとめる能力がないことを痛感いたしました。
良いお年を。
  1. 2010/12/17(Fri) 00:40:20 |
  2. URL |
  3. 酒と泪と男と女と俺とお前と大五郎 #Iw7Zu7ME
  4. [ 編集 ]

Re: 元無関心派として

酒と泪と男と女と俺とお前と大五郎 さま,コメントありがとうございます.

それにしても,すごいハンドルネームですね,そのセンスに感動いたしました.

僕はご指摘いただいた1,2,3に関して,すべて反論することはできます.しかし,科学実験のように他者を確実に納得させることができる仮説や予測をたてることは非常に難しい分野なので,いずれにせよ水掛け論へともつれこむこと必至でしょう.

また,互いにこの法案について考える時,大切にしているものがまるで違うというのも大きな問題です.なんか比べようがないんですよ.長さと重さを比べているような感じを覚えます.(この例え,僕は時より使うんですが,ニュアンス感じていただけますでしょうか?)3グラムと3センチ,どっちが貴重か,なんてことをやっているようで...そんなことを考えつつ,僕は確かに賛成派ですけれども,反対派の本当の危惧や意見を肌で感じて理解できないまでも,ああきっとそう感じているんだろうなぁとは思っています.今回コメントいただいた内容は,特にとても論理的で,危惧の内容がとてもよく理解できますので,なおさらそう感じました.

一番の問題は,やはり国民の多数があまり関心がないということだと思います.もしけっこうな人がこの法案はいいんじゃない?と積極的に発言するようになってくると政治も本格的に動くだろうし,まあそういう状況にもしなったなら,別姓というものが今よりも特別なものではなく,マイノリティでちょっと変わった人たちだ,なんて感覚も薄らいでいることでしょう.まさにおっしゃられているとおり,相当な年数が経過しないとそのような時代にならないかもしれませんね.

余談に関して,著しく同意いたします.よくぞ言っていただけました.ありがとうございます!

そちらもよい新年をお迎えください.
  1. 2010/12/18(Sat) 02:11:03 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

まあ現在の先進各国で前提とされる価値観とか普遍性(これが日本で本当に共有されてるかは結構疑問ですが)を基にするならば、夫婦別姓を選択する自由を否定する論理がないのは自明ですからねえ。

どうしても否定したいなら、
1.前提とされる普遍的価値に挑戦する。
2. ロジックを投げ出して、相手を抑圧して黙らせる。

の二択なんですが、どうも否定する側には1を選択する度胸も覚悟もない(ケースが圧倒的に多い)ところが私個人的には気に食わないところです。

本当は、やってる(やろうとしている)ことが1なのにも関わらず、それについて追求されるのは感情的に後ろめたいから誤魔化してるだけってのがミエミエで。

“秤の違い”ってものをキチンと明示する気があるなら、議論のコアから遁走せずに論じることができるはずなんですけどね。
  1. 2015/12/26(Sat) 02:58:32 |
  2. URL |
  3. settering #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

settering さま

ずいぶん前の記事にコメントいただき、ありがとうございます。

日本で物事を話し合うときに、どれほど論理的でないかが分かる好例かもしれません。。
1も2も本気になったら難しいでしょう。
ある意味、現代民主主義思想への挑戦になってしまうし、
個人主義ではなく全体主義を主張することになりますから、危ない雰囲気が醸されてしまう。

多くの国民がそれほど興味なくて、なんとなく結婚したら同じ姓が当たり前、別にいいんじゃない?
っていう現代日本の常識に、
同姓派はただ依存しているだけだってこと、自覚してないでしょうね。。

  1. 2015/12/26(Sat) 16:12:39 |
  2. URL |
  3. えりざべす(Y.Yasutake) #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

夫婦別姓

夫婦別姓で困る人なんてどこにもいない、であれば夫婦別姓を権利として認めるべき。
  1. 2017/07/15(Sat) 16:26:45 |
  2. URL |
  3. 森田夫婦別姓賛成 #mblopS7Q
  4. [ 編集 ]

Re: 夫婦別姓

コメントありがとうございます。
選択的であればなおのこと一切問題はないと思うのですけどね。。。


> 夫婦別姓で困る人なんてどこにもいない、であれば夫婦別姓を権利として認めるべき。
  1. 2017/07/16(Sun) 12:11:20 |
  2. URL |
  3. えりざべす(Y.Yasutake) #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

comment


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://erisabeth.blog123.fc2.com/tb.php/240-60174ed2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。