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大野投手コーチに乾杯!! :: 2007/12/01(Sat)

これはサンスポが11月29日付けでネットに配信した記事です.



 『闘将、しかられる』の巻−。

五輪アジア予選初戦(12月1日=相手未定)の予告先発を明言した日本代表・星野仙一監督(60)が一夜明けた28日、前言を撤回した。理由は大野豊投手コーチ(52)の大反対。「怒られてしまった」とさすがの星野監督も苦笑いだ。一方で3試合の先発ローテを決めた指揮官は「貝」になって、北京キップ獲得を目指す。

 良く言えば「勇気ある決断」。悪く言えば朝令暮改。台中球場での練習中、星野監督が報道陣に歩み寄った。すでにトホホ…の表情だった。
 「大野に怒られてしまった。予告先発はできん。即座に却下されてしまった。『(国際大会は)そんなに甘いモノじゃありません』といわれてな。アカンかった…」
 1次リーグの勝者と対戦する初戦限定の予告先発を明言したものの、まさかの大反対で前言をあっさり撤回。いつもは落とす方の「カミナリ」をちょうだいしたとあって、苦笑いを浮かべた。


誰もが,ちょっと微笑んで読み流す記事.どちらかというと癒し系ですか...野球に詳しく無い方のためにちょっと説明すると,北京オリンピックを目指す日本野球チームの監督は,怒りっぽくて厳しい星野仙一監督.その星野さんが,次の試合で投げるピッチャーを予告する(つまり対戦相手に,日本チームは誰がピッチャーとして投げるのか教える)と言ったわけです.野球は普通,ピッチャーの癖やタイプによって打者や打線を変更したりする情報戦的部分があるので,これは「相手をなめている」のか「それくらいしても勝つくらいの気合いが必要だ」と自分たちを奮い立たせているのか,まあそんな感じだったのでしょう.しかし,年下の大野投手コーチに,「国際試合をなめたらいけない,監督は何を考えているんですか!」と抗議されたというニュースです.

普通じゃないかって?いや.異常です.この記事を読んで何が残るでしょうか?大野さんのことは何も残らないでしょう.そう,星野監督の記事なんですよ.しかも,「星野さんは国際試合をなめていたことにコーチから抗議を受けた」という記事じゃあないでしょ?私はこう感じます.「星野監督は後輩のコーチに指摘を受けても,それを受け入れるだけの度量の広い男だ」「間違いをすぐに認める冷静な監督だ」.そして「勇気ある決断」などと状況をすりかえてます.決断したのは星野さんかもしれませんが,指摘したのは大野さんです.なのにこの記事では星野監督の株だけはたぶん上がります.「普段は恐い監督さんなのに,こんな一面があるんだ」ってなるんですね...実際は先発予告なんかやらかして,国際試合をなめてかかって,負けるかもしれなかったんですよ!!! なのになのに,今回の件の主役である大野さんは読者の記憶にはほとんど残りません.

「大野投手コーチの冷静かつ勇気ある進言は,気合一本の星野ジャパンを救ったかもしれない」と書くべきでしょう.別に星野監督を悪く言うわけでは毛頭ありません.星野さんは気合の闘将,それは個性であるし大切にすべきことですから.それよりも大野さんの冷静な進言にもっとスポットライトを当てるべきです.それから最後にもう一点.タイトルの「しかられるの巻」は非常にいただけない.なぜなら真剣に進言した大野さんを侮辱しているから.面白おかしくすりかえるな!

で,このような記事がまかりとおるのは,あきらかに地位や年齢による階級を無意識にみんな作り出しているからだと思います.星野仙一という人は,それこそ犯罪でも起こさない限り,メディアから保護され,たたえられ続けるでしょう.そして予想ですが,大野さんもこの記事を読んでむかつくことは別になかったんじゃないでしょうか.「星野さんは目上の立派な方」なので.

今回は誰もが絶対気にせず微笑んで通過してしまいそうな記事に,あえてもの申しました.日本のメディアの記事はこんなに歪んでいます.記事を書く方は「真実」を書いてください.「真に起きたこと,そしてその客観的意味」.それだけでいいので.そしたら読者も自然と客観的に考えるようになるでしょう.

   
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テーマ:プロ野球 - ジャンル:スポーツ

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他人の振り見て・・・

同じ事象を取り扱った報道でも、報道した人の数だけ捉え方があり、表現の仕方があると思います。その情報メディアの個性によっても表現手法は様々でしょう。それをどう受け取るかは受け手次第です。
マス・メディアが世に与える影響力は絶大ですから、報道する側がその結果の重要性をしっかりと認識した上で、出来るだけ主観を廃し事実により即した公正な報道を心がける姿勢はもちろん大切ですが、それを受け取る側の責任を忘れてはならないと思うのです。情報の入り口を広くとり、集めた情報を多角的に分析し、時にはその情報の真偽すら疑ってかかる姿勢が重要でしょう。この頃は、報道各社がニュースの信憑性や公平性よりもむしろ、速報性や観衆のウケを狙った「雑な報道」をする例が増えてきた様な気がしますが、それよりも心配なのは、そうしたプロパガンダに人々がいとも易々と乗って異口同音に大騒ぎしがちなことの方です。彼ら報道側の問題は、我々受け手側の問題の鏡像でもあります。情報大洪水状態の現在だからこそ、冷静な情報の選別眼が受け手の側により一層求められていると思うのです。客観性を求める受け手の姿勢が報道する側を育てます。なぜなら、今現在の報道の指向性を形作ったのもまた我々を含む受け手の側だと思うからです。
  1. 2007/12/03(Mon) 17:50:19 |
  2. URL |
  3. 250 #LXMXisgs
  4. [ 編集 ]

コメントありがとうございます.

まったくおっしゃるとおりで,私たち受け手側の姿勢にも大きな問題があると思いますね.まさに鏡像の関係ですか..,そしてひとりひとりがしっかりとした選別眼を持たなければならないという意見にも賛成です.

ただ私としては,情報を発信する側と受け手とでは,明らかに受け手が弱者であると思っているんです.そういう意味では,発信する側の責任はやはり重いと思いますし,それを職業にしてお金を稼いでいるプロならば,もっと様々な角度から物事を考えてほしいと思っています.もちろん,だから聞き手は何も考えなくていいという意味ではありませんが...
  1. 2007/12/03(Mon) 22:57:26 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

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