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大いなる勘違い :: 2007/12/08(Sat)

ジャーナリストとして公の場で記事を書くなら,もちろん客観性は最重要課題です.しかし,ジャーナリストが「意見」というものを持つことができないか,といえば全くそんなことはないでしょう.むしろ多くの人間が見過ごしていること,知らないことを指摘し,啓蒙するということもあっていいと思います.しかし,いくらそれが「意見」つまり一種の「自己主張」であったとしても,そこに一切の客観性が存在しなければ意味をなしません.日本では,しかしこの客観性のなさが,受け取る側(記事を読む側)の人間の思考停止によって,受け入れられる可能性があり,おそらく思想の統制や誘導は他の諸国よりも簡単でしょう.非常に危険です.

「あやふやな日本語の応対、意思疎通は難しい」の記事に端を発した議論が,このブログの「思考停止 → パニック → 回復」の記事のコメント欄において指摘を受け,議論されました.現代日本人の特性を考える上で,非常に重要なテーマであり,問題点の発掘です.興味のある方は是非ご覧ください.

時間の無い方のために要約します.この「あやふやな・・・」の記事の内容は「とある質問に対する日本人の返答はいつも曖昧で,こちらの聞いていることに対しての答えにいつもなってない.このような返答しかできないようでは日本人が意思疎通できないのも無理ない,大きな問題だ」という内容です.しかし客観的に捉えると,「そもそも質問の内容が極めて曖昧で,正しく答えようの無いものであるにも関わらず,答える側の責任に転嫁している」というのが正しくなると思われます.つまりこの記事は,記事を書いた人間の自己正当化であり,客観性の一切ない記事であるということ.こういう記事が公に配信されてしまっています.

   
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テーマ:日本文化 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 社会
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comment

そうなんです、あの「ライブドア・ニュース」の、ニュースと明記しながら「ニュースとは関係ない」と書いている矛盾や、主観が入りまくりな記事は、以前からずっと気になっていました。なんか責任のがれの良い訳(逃げ道)を常に置いているようにも感じます。

自己正当化といえば、日本の食品のパッケージには必ず「調理例」とか「写真はイメージです」って書いてありますよね。新聞折り込みの旅行のチラシなどにも、料理の写真にならともかく、風景写真にまで「写真はイメージです」はうるさい程良く見かけます。これも何かあった時のための言い訳なんでしょうね。だったら何でマクドナルドのあの超ぶ厚いビッグマックの写真には「イメージです」って入らなくても許されてるんでしょうか?皆あれは「イメージで良く見せてる」って知ってる(意思疎通が出来てる)からですよね。海外の商品パッケージに「これはイメージです」なんて書いてあるのは見た事がありません。

さらに飛びますが、「日本人の友人がしゃべっているのを聞いて日本語を学んだ」というアメリカ人の友達が居るんですが、一緒に日本のフリマなどに行くと決まって店の人に「コレハ、ダイタイ,イクラデスカ?」って尋ねるんです。「大体いくら」「いくらぐらいですか」っていうのは、日本人が良く使うのなだと痛感!いくらかを知りたいのに「大体」や「ぐらい」は必要無いのですけどね。

また、日本語では主語や目的語を省く傾向にあり、言わない分、察しろという感じで相手に求めますよね。ユンケルのCMでイチローが「僕はユンケル」って言ってますが、決して意味は「I am YUNKERU」ではなく「僕はユンケルを選びます」って事ですよね。日本人が海外旅行に行って食べ物を注文する時に「僕はビーフステーキ」と言う感覚で「I am Beef Steak」なんて言う人も結構います(笑)「思考停止」とはそういう事で、意味を考えないで言葉を発するという事なのだと思います。「僕はビーフステーキ」で通じる日本人同士なら良いのですが、日本人以外とは意思疎通は無理です。
  1. 2007/12/08(Sat) 04:36:17 |
  2. URL |
  3. morito #1wIl0x2Y
  4. [ 編集 ]

おどろいたのは

私の指摘のせいで、こんな記事はおかしいという方向になってしまったようで、引用されたmoritoさんには申し訳ないです。この記事は、著者の主観的な言い分が、「確かにそうだね~」なんて思考停止の読者達に受け入れられてしまうという点で大変危険だと思ったのはもちろんで、ちょっと論点が曖昧でした。

でもこの著者のようなコミュニケーションが出来ていない人は私のまわりに沢山います。だからこの記事を読んで特に変だと思わなかった人がいても無理はないでしょう。自分本位な言い方をして、想定した返答が返ってこなくてイライラしている人達は沢山いますが、そういった人達は、口べたでうまく話せない「不器用な」人達なのだと、私は我慢していたわけです。まさか、そういった人達が、自分の言い方は正しくて相手の返答がおかしいと思っているなんて夢にも思わなかった訳です。
だからその傲慢さにもっとも驚いたわけです。日本人は、日本人の大切な美徳であった謙虚さを無くしてしまっていますね・・・。

言葉は人間がつくったものだから、数学や科学のように真理もなければ、客観的で明確な正解もないでしょう。しかし、言葉が数学ともっとも違うところは、「伝える、伝わる」と言う「明確な目的」をもって生まれたところです。だから、相手に伝われば正解、伝わらなければ不正解。それだけです。そう言うと、発言するのはとても難しいということになって、日本人はますますうまく話せなくなりそうですが、要は伝わらなければ言い直せば良いのであって、不正解だったらゴメンナサイという気持ちが大切だと思うのですよ。日本人は、特にある程度の権力みたいなものをもってしまった大人達は、その精神を失っているのだと思います。過去に、戦争に勝ったら相手の国の言語をなくして、無理矢理日本語を使わせようとしたのと原理は同じだと思います。

言葉は本来、相手を想定しなければ意味がないわけです。
日本で、相手を想定していない言葉である「ブログ」が大流行しているのは大変問題なことなのかもしれません。不特定多数が相手と考えることもできますが、どれくらいの人がそう思っているでしょうね・・・。また脱線してしまってすみません。
  1. 2007/12/08(Sat) 19:17:20 |
  2. URL |
  3. Shiro #2sQQXnjA
  4. [ 編集 ]

コメントありがとうございます.

確かに日本の歴史を考えるに,単一民族国家故に「共通認識」を非常に発達させているのだと思われますね.共通認識が壊れている場合,日本人は自己正当化という道を歩んでいるのかもしれません.ところで私もmoritoさんのご友人の日本語と同様の日本語を聞いたことがあります.大学時代に学生相談所でバイトを探していると,外国人留学生が様々なバイトの内容が書いてあるビラを見て,「このバイトはおいしいね.こっちはあまりおいしくない.」と言っているのを聞いてすごくおかしかったのですが...まあ正しい用法ですね.笑 「おいしい」というのは「わりがいい」ということだと思うのですが,曖昧ですし絶対的基準はないので,すでに「日本的ニュアンス」を体得されていたのでしょう.

Shiroさんのコメントの中に「言葉とは何か」という回答が示されていますが,なるほど考えさせられます.「伝わる,伝える」.確かにこれですよ.日本は多様な価値観を持った人間同士が接することがあまりなかったので,当然何事も伝わると思っており,伝える努力をしません.そして何より,努力をしないでおいて威張るというのは最悪です.謙虚さの喪失ですね.私もそう思います.日本人は丁寧で礼儀正しいと今でも一般に世界で紹介されていますが,まったくそんなことないと私は感じます.

ちょっと話がかなり脱線してしまったので,もとに戻します.とにかく,公の場に記事を書くような人間は,言葉を使うプロなのです.「共通認識に頼らず,傲慢になることなく,客観性のある記事なり意見を書く」という能力を身に付けてもらいたいと思うのです.というかそれだけでいいですよ.笑
  1. 2007/12/09(Sun) 00:07:20 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

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