シトロエンC6

いやー,ついに見てしまいました,シトロエンC6.C6をご存知ない方はこちらからどうぞ.この車,発表当時からとても気になっていたのですが,ついに見てしまったんです!!もう発表されているんだから見たことあるだろう,って? いえいえ,「ショーで飾られているC6ではなく,web上でのC6でもなく,ちょい汚れて,そんでもってちゃんとオーナーが運転して走行しているC6」を街中で見たのです.ショーで見るより繊細で,意外にも景色に溶け込んでいたのは不思議です.私は車のデザインの重要なファクターのひとつは,動いている時にどう見えるかだと思っています.まさか観葉植物じゃないわけです.ガレージで鑑賞するために買うわけでもない.(これは私の勝手な妄想ですけど... 笑)モーターショーの記事でさんざんデザインのことを書いておきながらこう言うのも何ですが,ショールームで見る車ほどつまらないものはないんです.

私はこの車,ジャーナリストの方々が言うほどぶっ飛んだデザインではないと思っています.その根拠は「車の常識的な容姿」という固定概念をなるべく捨てようとしただけだと思えるからです.基本的に車のデザインは極めて制約が多いと思います.衝突安全,空力,重量バランスなど物理的制約を大きく受けますし,ウィンカーやタイヤなど必須アイテムを必ず取り付けなければならず,またある程度大量生産を前提とするなら,ボディーのプレス技術の限界およびコストとのバランスがあるでしょう.ですから,まあ制約だらけの中でデザイナーは格闘しているんだろうと推測しています.しかしあまりに制約が多いので,あきらめも多いのではないでしょうか.そしてある程度「車というものはこういう姿だ」という既成概念が築かれていくだろうと思います.それは同時に見る側,買う側の私たちにも,です.そういう意味で,シトロエンのデザイナーの挑戦は私にとってとても刺激的です.現在のシトロエンのデザインは,とにかく車という既成概念をできるだけ希釈しようとしているように感じます.それはともすれば「変な車」になりかねないわけで,常識と非常識の妥協点を一所懸命に探しているかのように感じます.なので,例えばヘッドライトは前方に左右二個配置するという常識を最初に破ってくれるとすれば私はシトロエンだと思っていますよ.こういう感覚は,他のどんなメーカーの車からも感じられません.シトロエンはとにかく私にとってかなり「素敵な車」なんです.

またまた日本車批判で申し訳ないですが,それに比べて概ね(すべてとはもちろん言いませんが)日本車のデザインは悲惨です.適当に「ちょっとずらしたり」「ちょっと傾けたり」「途中で止めたり」しているだけで,そこに何の意味も感じないんですね.どのようなイメージも湧いてきません.というかどのようなイメージを持ってデザインしているんだろうか,と不思議に思えてきます.イメージなくしてなぜデザインがそこに存在できるのか,と問いたいのですが....

テーマ : 新車・ニューモデル - ジャンル : 車・バイク

コメント

>車のデザインの重要なファクターのひとつは,
>動いている時にどう見えるかだと思っています.
>まさか観葉植物じゃないわけです.ガレージで
>鑑賞するために買うわけでもない.

には激しく共感します。というのも、僕もデザインに関して、周りのブロガーたちが商品の事を取り上げて色・形の事を褒めて終りという、そういうのに嫌気がさしているからです。商品が映っているブログ写真の背景が有りません。実際に人々が使っている現場の写真でもなく。

車の事は全然解らないのですが、海外に出てデザインをされている日本人の方の話を↓以前取り上げました:
http://artshrine.blog9.fc2.com/blog-entry-1021.html

ビデオ(もう見れなくなってました)の中で「欧米人は最初から目標が決まっているのに対し、日本人は堂々巡りをする」とイギリス人が言っている場面があって、「時には頭を柔らかくして考え直してみるという事の必要性」という意味で、堂々巡りな日本人的考え方が良いと褒めていましたが、最初にこうという考え(イメージ)が定まっていないまま最初から堂々巡りをしてしまうのが日本人の悪いところなんじゃないかと、僕は思いました。

「私はこう思う」と主張する前に「こうじゃなくても良いと思う」が先に来てしまう。「絶対にこれが欲しい」とは言わずに「それが無くても良い」と言う。これでは優柔不断のピントがボケたものしか作れません。万人の平均値を形にするのが良いと思っているかのようです。

プロの方に激しく共感いただいて嬉しいかぎりです.意外にもこういうことはなかなか分かってもらえないですね.というか私のようにデザインの世界で生きていない場合,話す機会さえないと言ったほうが正しいです...

日本のデザインの大きな問題点の根底には,やはり「コンセプトの不在」もしくは「開発の最初から最後まで一貫したコンセプトの不在」そして「妥協の積み重ね」があるでしょう.私もそう思います.

ところでC6の続きですが,C6ほどヘッドライトの存在を消した車はないですね.私はこの車を公道で見たとき,未知の生き物のように見えました.目が退化した深海の生き物のような.イタリアの車は比較的ヘッドライトの存在を消したがっているように思うのですが,ドイツ勢やアメリカ勢はとにかく巨大なヘッドライトを付けたがります.夜間の前方視界をよくする安全性の意味は確かにあるとは思いますが,にしても...ちょっと文化的,思想的温度差を感じられて面白いです.

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