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フランダースの犬になぜ感動するのか :: 2007/12/27(Thu)

「フランダースの犬」を検証するドキュメンタリー映画「パトラッシュ」が,27日,作品のラストシーンになったベルギー・アントワープ大聖堂で上映されるそうです.

http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20071225i302.htm


読売オンラインの記事を見て頂ければ分かりますが,このストーリーがなぜ日本でのみ大きな感動をもって受け入れられたのか,という謎がこのドキュメンタリーの中で検証されているようです.うーん,なかなか面白いテーマで,ちょっと見てみたいかも.「フランダースの犬」は,地元ベルギーではあまり評判はよくないようです.Wikiによると,作者がイギリス人ということもあり,「自分たちはこの物語のように(子どもを一人で死なせるほど)非道ではない」との反感があるようです.まあそもそもこの物語,「負け犬の死」とまで言われているわけですから,欧州では同情や共感は皆無のようです.アメリカ版は最後をハッピーエンドに変更されて放映されているというから驚きます.

「フランダースの犬」.画家を夢見る少年ネロが,放火のぬれぎぬを着せられて村を追われ,吹雪の中をさまよった揚げ句,最後は誰を恨むこともなく忠犬パトラッシュとともに凍死する(天に召される)物語.日本では年末なんかに感動のアニメ名場面集に必ず登場する作品で,確かに日本人の心に響くようです.このドキュメンタリー映画をちゃんと見てみないと分からないですが,ドキュメンタリーの結論は,「日本人は、信義や友情のために敗北や挫折を受け入れることに、ある種の崇高さを見いだす.ネロの死は,まさに日本人の価値観を体現するもの」となっています.なるほど....私もフランダースの犬,最終回なら見たことあります.日本人が感動する感覚も分かる気がします.

ではここからは私流の解釈です.

まず,じゃあそもそも感動って何なのでしょうか,というところから.ドイツの哲学者ハイデガーの思想で語るなら,感動は「あこがれ」から生じるとされています.これは私にとってとても納得のいく解釈です.感動するには,自分の生活の範囲内にあるありふれた事象,当然可能なこと,もしくは当然と思っている価値観に対して,それを改めて見せられても駄目です.あくまで「あこがれ」(事前にそのような「あこがれ」が自分にあることを認識しているかどうかに関わらず)を見せられると感動するわけです.私が屋久島の自然に感動するのは,やはり自然というものに対する私の「あこがれ」が具現化した姿のひとつが屋久島だったのだと思います.実際に屋久島に行かなくても,そういう私の思い描く「あこがれ」を見事な映像で見せられると感動するでしょう.

日本人がこの物語に感動するということは,このストーリーに「あこがれ」があるということになってしまいます!いったい何にあこがれているのでしょうか.まず思いつくのは,おそらく主人公の美しい姿にでしょう.ここでいう「美しい」とは,不運を背負っても文句を言わず,人のせいにせず,わめき散らすことなく,その状況を受け入れて最終的に死んでいくという生き方ですね.これは日本の中に思想として存在していて美徳とされており,でも現実にそんなこと実践している人はそうはいませんから,「あこがれ」になります.映画の結論にある「挫折を受け入れることの崇高さ」とはこの思想を指しているように思えます.しかし,本当にこれだけでしょうか.第2のあこがれは,天に召されるシーンです.誰も分かってくれなくても「神」は受け入れてくれる,と.クリスチャンでもない日本人がこういう考え方をするのは不思議ですが,私からすると,これは日本人の依存的性格が引き起こす思想だと思います.悪くいうなら「身勝手な思想」.どこにでも,いろんな役割に細分化された神様が存在するのはそのためです.この物語の最後に登場する天使も,そういう都合のいい神様のひとつにすぎない.「唯一絶対の神」ではなく,自分を唯一理解し励ましてくれる都合のいい存在です.で,そういう存在から受け入れられる神秘体験なんて普通しないですよね?だからこのラストシーンもあこがれなんです.それから最後に,私は日本人はこの物語に対してある種の共感を抱いているのではないかと疑います.どのような共感か.それは,何かと不自由でありながらひたすら我慢し,自己の意見を発言しない(発言することを思いつかない,もしくは発言を許されていない)ストレスまみれの日本人が,「ネロ,さぞかし辛かっただろうね.悲しいね...でも人生って孤独だよね.」みたいに共感するんじゃないかと.苦笑 この前半の「崇高な精神」と,「都合のいい神様」,「自主性の欠如から来る共感」が美しきハーモニーを奏でるため,この物語は大きな感動となって日本人の心に迫ってくるのでしょう.

前半の崇高さ,これは少しだけ武士道的かもしれません.「私は無実だ!!」と叫びながら死んでいくよりは,黙って切腹をする美的精神.こういう精神は明らかに世界的に稀であり,日本に興味を持つ世界中の研究者の心を鷲づかみにする思想のようです.ですから,確かにこれを「悪」とは感じません.一方,神様依存症は,自主性を奪うものでありよろしくありません.次に共感を抱くこと.こちらはさらに問題ありと感じます.日本人がもしこの物語の主人公に同情や共感を覚えるなら,精神構造がこの少年と同じだということです.これは驚くべきことです.ヨーロッパ人のこの物語への印象を引用することでその異常さが分かります.「子供だとはいえ,死なない方法を何か考えることは普通できるだろう.だいたい村中の誰もがみんなあれほど非情になるなんてこともありえない.物語全体が不自然だ」と.だから「負け犬の死」になるんですね.そうなんです.ネロとパトラッシュに注目が行き過ぎますが,村人を含め,あの物語で描かれる状況,それは日本社会の縮図なんです.ふくろだたきの構図そのものであり,現代を生きる欧米人の感覚では不自然極まりないわけです.そりゃあ日本人なら共感・同情できますよ.あたりまえです.

前半の美的意識は素晴らしい.しかしこの後半の要素は憎むべき事実です.これらは何かし思想的オーバーラップがあるだろうと感じますが,とにかく自由を抑圧し一部の人間を弾劾し失墜させるようないじめ社会に対しては,「どうしようもないよぉ...」ではなく,なんとかしなくてはなりません.このせいで,多くの日本人の自由は奪われていると言っても過言ではありません.

・・・・
最後に.私はこのドキュメンタリー映画のタイトルが「パトラッシュ」になっていることに感動しました.そう.この物語の中で最もスポットライトが当たるべき存在は忠犬パトラッシュですよ.そして原題も「フランダースの犬」だということを,日本人は決して見落としてはなりません.

   
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comment

 日本人論みたいな考察をこのネタでされてるブログが思いのほか少なかったので、コメントさせていただきます。
僕は、「ナウシカ」や「ベイブ」「おおきく振りかぶって」では号泣するが、「フランダースの犬」には先に怒りを感じてしまう、日本では少数派の日本人です。
社会は自分に愛情を持っていない。世界は不正に満ちていて醜い。死んだら皆が初めて後悔するに違いない。と言うような思春期の少年少女の自殺願望的世界観をそのまま作品にしたような「フラ犬」世界は、悲劇的ではあっても大人の目から見れば非常に未完成な作品であるとしか思えません。
僕が、少年少女向けとして素晴らしい作品だとい思うのは、例えば「赤毛のアン」です。
未熟だが純粋な魂が、周囲の人々と衝突しながらも自分の事を認めさせ、社会を広げてゆく、魂の成長と解放を描いた作品です。
それに比べて、主人公を絶対的な「いいひと」としたまま、死によって幕を閉じる「フラ犬」の作劇は、社会に対して「受け入れられないなら死んでやる」というヒステリックな反応しか出来ない少年の世界観の静止画です。成長がありません。
こういった、社会と自己とを対置する思考は、一方で内省的な哲学的思考の源泉でもあるのでしょうが、民主主義の発想が個々の人間に根付いていないことがその根源にはあると思います。
欧州と日本のこの作品に対する印象の違いは、その社会の自治の成熟度の違いが表れたものだと僕は思います。
  1. 2007/12/27(Thu) 12:20:04 |
  2. URL |
  3. さむる #-
  4. [ 編集 ]

コメントありがとうございます.

さむるさんは「フランダースの犬」には怒りを感じてしまうんですね.
ふざけるな!という感じでしょうか.
確かにそうですね.

自分の意志で何かをやろう,とか,変えてやろうとか,
そういうことを論理的に考えている人にとって,
日本ほど厄介な国はないのだと思います.
誰も話しを聞いてくれませんし,その趣旨を理解してくれないですから...
普段から何も考えてないことに対して,その場で理解できるわけがありませんからね.

日本には法律のうえではもちろん「言論の自由」は存在しますが,
自ら築き上げた社会システムの中でその自由は全く有効に機能していません.
まさに「民主主義が個人に根付いていない」という状況でしょうか.
残念です.

「大きく振りかぶって」はこちらでは放送されておらず見ていませんが,
なかなか面白そうな作品ですね.
機会があればレンタルして見てみようかと思います!
  1. 2007/12/27(Thu) 16:57:49 |
  2. URL |
  3. えりさべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

さむるさんの見解はとても説得力あって「なるほど!」と思いました(さむるさんのブログのフランダース記事を読んでさらに納得)。僕は、恵まれなかった苦労時代などと重ね合わせたりして、大人になってもこのアニメに涙したりしていましたが「自分は死んで終わったりするものか」という気持ちはあります。きっと欧米でこの物語を映画化しただ全然違う描き方になっていただろうなとも思います。
TVと劇場用映画で観ただけなので正しいかどうかは自信ありませんが、フランダースの犬はふりかかる「不幸」に対して「その気持ち解かる!」という日本人に受けが良いのではないかという気がします。一緒に泣きたい・泣いてくれるドラマというか。そういう意味で、えりざべすさんの「あこがれ論」もなるほどなと思います。
日頃僕は日本人の「謙遜」という文化が、努力しない事の言い訳的な意味に変わってしまっていることをよく指摘していますが、「自分なんかダメです」と、最初からへりくだる(というか本当にダメ)である事の言い訳ばっかりしてる人には、フランダースのエンディングはきっと、最も美しい形で終わらせてくれて、しかも皆が涙してくれるというエンディングの理想的なモデルなのではないかという気がします(というか、さむるさんの理論を聞いて、そう思えてきました)。
努力しないが故の不幸と、すべて手を尽くしてもダメだった場合の不幸では、全然違いますもんね。努力しないが故の不幸については確かに僕も「ふざけるな!」って思いますね(笑)(ただしフランダースのネロが本当にそうかどうかというのは、もう一度観なおしてみないと、ちょっと解かりませんし、そこまで描かれていないかもしれません)

(作品自体がそうなのかどうかは断定できませんが、受け取り手の反応として)負け根性というか、「誇り」が欠落している日本を象徴しているのかな?という気がします。
  1. 2007/12/28(Fri) 03:50:08 |
  2. URL |
  3. morito #1wIl0x2Y
  4. [ 編集 ]

moritoさんのよく言われている「謙遜することが,努力をしない言い訳になっている」というのは,まったく完璧に同感です.基本的に多くの日本人はこういうことを平気でやっています.最悪の場合,努力していないのに都合のいい努力のアピールをして,しかも努力していない人間がそれを讃えあっている,という異様な有様です.ネロはそういう少年だとは思いたくないですね.日本文化とは無縁なはずですし...

私の周りにも,よく考え,日本の矛盾を発見し,事あるたびに物申す人はいるのですが,そういう人よりも世の中のシステムにどっぷり漬かって何も考えない人のほうが昇進が早く,給料が高くなる傾向にあります.分かっていてもそれを隠しているほうが有利ですね.努力することが報われるのは,職業が世界に開いている場合で,国内オンリーでは,ほぼ壊滅的です.努力し主張する人は「和を乱す人」になってしまい,さむるさんのおっしゃるとおり,昇進が遅れたりすることで罪を償うことになってしまいます.涙
  1. 2007/12/28(Fri) 23:34:34 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

いまさらコメントですがとても面白く興味深く読ませてもらいました。上記コメント内容に関してですが私も赤毛のアン好きです。ちょうどこの夏全巻読みました。確かにおっしゃるとおり読んでて何か生きる力を持ってるような作品だと思いました。主に前半ですが。(それは作者も言っていたと思います。書いてて一番たのしかったと。前半が。後半は時代や事件に作者が翻弄された影響で前半程の勢いは感じませんでしたが。まあそれは上記コメントにもあるようなアンの大人になってからを描いるからかもしれませんが。)しかしコメントみてて一番興味深いと感じたのはアンシリーズで一番オモシロイと感じた部分がレスリーという悲運の美人と障害者となったデッィクの話の部分です。結末は書きませんが今まで読んだ話の中で一番思いいれがあります。作者もここが一番書いてて楽しかったとコメントしてたと記憶してます。私は日本人なので上記の記事にあるような悲運、忍耐、美人、神、全ての要素が入っているのです。日本人好みということでもあると思いますが面白かったです。また私はフランダースの犬も大好きです。また『101回生きたねこ』に関してはどうお考えでしょうか。私はおもしろいというのは失礼かもしれませんがわたしのの愛情の欠乏による愛への憧れが最終的に愛を知った猫に投影され感動したのかと今思いました。
  1. 2011/02/17(Thu) 11:39:32 |
  2. URL |
  3. P #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

P さま,はじめまして.
コメントありがとうございます.

恥ずかしながら僕はあまり文学に親しんでいる方ではなく,赤毛のアンはちゃんと読んだことなく,100万回生きた猫は有名なのでストーリーはおおむね知っているのですが,じっくり絵本と向き合ったことはありません.これを機に,ちょっと読んでみようかと思いました.いつになるか分からないですが,読んだ後で感じたことなどを書いてみようと思います(どういう路線になるか分からないですけど.).ありがとうございます.

フランダースですけども,本文ではいろいろ書いてますが,実際のところ僕の心の中には感動とやりきれなさの両方が生まれます.作評しろといわれたら,あんまりいい作品じゃないと言ってしまいそうだけど,でもしっかり感動もするんですよ.僕もまぎれもなく日本人です.(笑)あこがれがあるんでしょうかね.

ところで,コメントの最初のさむるさんがオススメされていた作品の中で,「おおきく振りかぶって」を最近読んだのですが,本当に素晴らしい作品でした.僕としては,同じく感動するならフラ犬よりもこっちで泣いた方が重いと感じます.人が成長していくということがこんなにも素敵に描かれている作品,そうはないです.たまたま最近読んだので,思わず紹介してしまいました.
  1. 2011/02/18(Fri) 00:24:04 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

すみません、私も文学なんてよくわかる方ではないんです。(汗)面白かったかそうでないかの個人的な感想しか。なんか語るような口調で申し訳ありませんです。(汗)
実は最近思った事があったんです。洋楽で大ヒットして売れた曲があったんです。でその歌詞をネットで探してたら”私はこのアーティストは大好きですがこの曲は嫌いです”というコメントがあったんです。であんな人気の曲なのにしかもこのアーティストが好きな人でも人によって感動するツボってちがうんだなあと思い、それぞれの感動というものに興味を持ちました。で人はなぜ感動するのかというキーワードでいろいろググってたらこのサイトさんにたどり着き興味深く読ませてもらったというわけなんです。ホントなるほどと思いました。脱線してすみません。(汗)

「おおきく振りかぶって」ちょっと調べてみましたが面白そうですね!。是非読んでみます!。面白いものを見つけるのってなかなか難しいので誰かにどう?って教えて勧めてもらうと私はすごく助かると思っています。ありがとうございました!。
  1. 2011/02/18(Fri) 13:01:16 |
  2. URL |
  3. P #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

Pさま,コメントありがとうございます.

人の感動(もしくはもっとシンプルに,好きだと感じるかどうか)のポイントは実に様々だろうと思います.また,アーティスト側が多才だと,いろんな感覚の作品を創ることができて,冷静なファンは自分好みの曲とそうじゃない曲があることを認識するかもしれないですね...いずれにせよこの文章がお役にたてたようで何よりです.

  1. 2011/02/19(Sat) 11:44:33 |
  2. URL |
  3. えりざべす #-
  4. [ 編集 ]

フランダースの犬、なぜ私は感動していたのかを、私なりに考えたのですが。たしかに憧れもあるけど、逆に、日本では困ってる人を助ない社会というのがあり得ないからかもしれません。(ここでは、いじめの問題は置いておきます)

日本人ほど人間同士が尊厳を分かち合い、助け合う精神に恵まれている国はないのだと、数々の震災のときに証明されています。ほかの国からもそれが評価されているのです。

だからこそ、日本人にとって、ネロが誰にも助けられない逆境で耐えているのに、自分が手をさしのべてあげられないことに対してのジレンマがあるわけで。

最後に死ぬところで、「自分ができることならば助けてあげてかった(まーでも物語の中には入れないわけで)、誰にも助けてもらえないから、死んでしまった。。。自分は無力だ、辛くて悲しい。あ、でも、ネロが死んでも神様に救われてよかった」と最後には神に救われることで安心するのだと思います。

高校生の時に、ふたたびこの物語をみて号泣した記憶があります。子供のころには、ネロが死ぬ前に見たかった絵を見れるところ、犬が死ぬところと、犬との最後まで絶えることなかった友情が泣ける部分でした。しかし高校生の時には、前述した気持ちで泣いたのだと思います。
  1. 2017/03/15(Wed) 14:03:59 |
  2. URL |
  3. #tHX44QXM
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

コメントありがとうございます。「感動」の感じ方は人それぞれですね。。。難しいです。

私の場合、ご指摘のような「日本の社会ではありえないこと」が物語で起きているのでしたら、
「感動」というよりも、いらいらしたり、違和感を覚えそうな気がします。どうでしょう。。
  1. 2017/03/17(Fri) 00:25:21 |
  2. URL |
  3. えりざべす(Y.Yasutake) #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

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