対等ではない関係

これはコブクロが歌う「桜」という曲の出だしです.

   名も無い花には名前をつけましょう
   この世にひとつしかない
   冬の寒さに打ちひしがれないように 
   誰かの声でまた起き上がれるように

大ヒットした曲なので聞いたことがある方もおられるかもしれません.日本人はこういうフレーズにどのような意味を感じているのでしょうか.まあ,この曲が大ヒットするわけですから,心にマイナスのイメージはないのでしょう.

思ったことを少し書きたいと思います.まず「名もない花」から.「まだ名前のついていない新種の花」とかそういう話しではないでしょう.名前は本当はあるんだけど自分は知らない,「名も知らぬ花」という意味なのか...もしくは,何かの比喩になっているようにも感じます.いずれにせよ,私には具体的な意味が分かりません.「この世にひとつしかない」は名前にかかり,「この世にひとつしかない名前」を「名も無い花につけましょう」という意味になるのでしょうか.後半です.名前をつけたら「冬の寒さにうちひしがれない」ようになるのかどうかも私には分かりません.最後に,名前がつけられれば,誰かがその名前を呼べば起きあがることができるだろう,というのが最後のフレーズですね.別の花(?)と間違えることなく,自分を呼んでいる,応援して名前を呼んでくれている,と自覚できるので,倒れていても起き上がることができる...まあ,言葉で具体的に説明せよといわれれば,こんな感じなのかと思います.

まず考えなければいけないのは,花が独立したひとつの命,ひとりでも生きていける命としては扱われていないと感じてしまうことです.「名もない花」は,ひとりでは起きあがれないもの,という前提からスタートしています.これは花に対して少々上から目線的で,私は花に失礼だと感じるのです.もしくは先ほども言いましたが,花ではなく何らかの暗喩でしょう.それから,私がどうしても納得できない展開は,「誰かの声でまた起き上がれるように」という部分の「誰か」です.なんと無責任な,と思ってしまいます.名前をつけましょうと言っておきながら,提案者(?)は「誰かが声をかけてくれたときのために名前をつけましょう」と言っているわけですよ.

とまあ,こう書いてもコブクロは日本では人気歌手グループで,この歌も売れたわけですから,私の感じ方は異端です.しかし,当たり前と思っていることを疑うことも大切です.例えば,この桜の出だしを英語で訳してみてください.私には無理です.見当がつきません.かりに直訳でなんとか訳しても,「なるほどそういうことね」と異文化の人に分かってもらうのは困難でしょう.つまり,日本という社会風土の上に成り立っている特殊な意味合いを含む歌詞だというのはほぼ間違いありません.ユニバーサルではないのです.

コブクロの「桜」はあくまで例で,日本には同様の言葉はいくらか存在します.「名も無き道端の草」「名も無き旅人」なんていうフレーズはどこかで聞くことがあるでしょう.名がないというのは日本人にとってどのような意味を持っているのでしょうか.先にも書きましたが,私はここに,「上の立場からの目線」が見え隠れすると感じます.コブクロの桜は分かり易いです.名をつける側と,つけてもらって呼んでもらわないと起き上がれない花と,どちらが上でしょうか.序列のようなものがあります.「名も無き旅人が残した言葉です」なんていうのも,旅人が誰であったかは誰も知ることができませんが,それを今発信している当人は,それを紹介することで多くの人から認知されるでしょう.「名も無き」に限りません.「小さな虫たちがけなげに生きる姿を見て頑張ろうと思った」というようなフレーズもありますね.「健気(けなげ)」の本来の意味は,強い意志を持っていることで,決して上から目線的な語彙ではないのですが,現代においては上から下へのイメージを持つ人が多いでしょう.「けなげな少女」とは使えど「けなげな叔父さん」とはあまり言いません.まだあります.好き嫌いをしている子供に向かって親が,「世界には貧しくてご飯も食べられない国があるのよ.ちゃんと好き嫌いせずに食べなさい」などと言うことがあります.学校の先生もたまに言います.これもそう.貧困の国(自分たちよりも不幸と見なした上で)を持ち出して,自分たちを励ますとは何という無礼!と思ってしまいます.考え出せばいくらでもあります.

日本人は,とにかく丁寧で,他人を気遣える優しい民族だと,なんとなく日本人自身が思っていそうですが,実は全く逆なんじゃないかと思うことが多々あります.いや,全く逆な日本人がかなりいるということでしょう.まずはそういう認識を捨てて,「互いに対等な関係」を築ける努力をする必要があると思います.そうでなければ,法律や制度以外の場所に潜む,無意識的な問題を排除することはできないんじゃないかと思います.能力を無視した年功序列や,日本のジェンダーの問題が最も分かり易い例じゃないでしょうか.

 

テーマ : 日本文化 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

初めまして^^
とても考えさせられました。
そういう視点で見たことはありませんでした。
「あたり前と思っていることを疑うことも大切です」という言葉に、ほんと同感です。

ホリデイさん.はじめまして♪

このようなコメントをいただけると,私としてはすごく嬉しいです.書いた甲斐があったという気がして...コブクロファンを敵に回す,それすなわち日本人を敵に回すようなものですから,正直恐かったのですが...(^^;)

私は,けっこう好き勝手言ってますが,自戒の念もけっこうあるんですよ.「日本人」に明らかに自分は含まれていると感じます.「名も無い〜〜」なんてフレーズに違和感を覚えたのも最近です.何か不自然だ,おかしいと気づいてしまったことに対してはよく考えて,当然のこととして通り過ぎないようにしようと思っています.

ご訪問&コメントありがとうございます!

それで救われるんなら「そうすれば良い」と思うのですが、それだけで救われるなら、とっても「お安いなぁ」と思ってしまいます。こういう歌って,結局矛盾しちゃうんですよね。以前自分のブログでも「むしろこういう考えを持っている事自体が、生きる事がしんどくなって来る原因ではないか」という記事を書きました:
http://artshrine.blog9.fc2.com/blog-entry-960.html
些細な事で腐ってしまう。慰めソングは空元気は与えてくれそうですが、結局体質は変わらないですね・・・。

コブクロの桜は大ヒットしたので,日本人の多くはこの曲から「何かを感じた」のでしょうね.励まされたか,悲しくなったのか,それは人それぞれでしょうけど...悲しい気分になるために音楽を聴く人はいると思います.ただどんな感じ方にせよ,不幸なんだという共有感覚が,この曲が売れた要因になっているのではないでしょうか.「そうだよね.そういうものだよね.」と.

ただ私はそれ以上にこの歌に大きな問題を感じます.moritoさんはJPOPに興味はないと思うので,(^^;)この曲の歌詞全体を知られないかと思いますが,私はこの曲からは非常に強い「上からの目線」を感じるんです.この歌の中の「僕」,もしくは歌っている人は,この不幸の輪の中に入っていないように感じます.安全なポジションから歌っているように感じます.内容を考えるに,ジェンダーを強く肯定する思想であり,この歌が売れるわけですから,なるほど世界有数の男女差別大国日本なんだと妙に納得してしまいます.私たち男性は気づきにくいと思うのですが,私はこういう女性が軽視されるような思想や物に溢れているのが日本だと思っています.そして,そういうものがどれほど今の日本に暗い影を落としているだろうというようなことを考えています.

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