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多数決の危険 :: 2008/04/16(Wed)

私の印象では,日本人は多数決がかなり好きだと思います.学校でも何かと多数決がありますね.学級委員を決めるのに,誰かを推薦してから多数決で決める.合唱コンクールで何を歌うか,いくつか候補が出たらまた多数決.一方,何気ない場所においても,意識はしてなくても多数決的な雰囲気の決まり方をよく感じます.例えば,久しぶりに集まった学生時代の友人同士,さてどこでランチを食べようかという時,誰かが「○○レストランはどう?」と提案して,「そうしよう!」と数人が賛同したら,つまり多数意見が出揃った時点で,だいたい決着です.そこから「△△は○○より美味しかったよ.」とあえて少数派意見を口にする人はいないでしょう.もし○○が多数派になる前なら,△△が多数派をとれたかもしれませんが...とにかく,少数派は黙るのが基本で,結果は「多数決的」だと感じます.私の観察では,けっこうな数の日本人が多数決的に物事を考えているように思います.だから実際,日本において「多数決」という言葉から生まれるイメージはそんなに悪くないと思います.最も公平な原則だと思われている気がします.

さて,多数決ってそんなに素晴らしいものでしょうか.私は,日本においてこそ,多数決は非常に危険だという気がしているんです.

時々勘違いしている人がますが,多数決は民主主義の原則などでは全くありません.多くの人が自由に意見を持っていて,その意見をひとつに決める必要性があるとき,意思決定を行うための単なるひとつの「手段」だということを認識しなくてはなりません.本当に議論を行った末に,意見がひとつに集約されないのなら,多数決という手段が存在します.しかしもし議論の末に全員が納得する意見が得られたなら,全会一致になりますね.全会一致も手段のひとつですが,こっちのほうがはるかに平和的で意義のある結論です.ただ議論する人にはそれ相応の能力が要求されるでしょう.

多数決は,決定に参加する人間が全く他人に影響されない強い心を持っていて,一切の結託なしに,しかも正しく筋の通った議論がなされた結果であれば,最大多数の幸福が約束されるという意味で,一定の価値を持ちます.しかし,現実的にはそんなことはありえません.少数派がお金を用いたり,情報を操作することで多数を占めることは容易です.最も煮詰められた意義のある意見が(是非はともかくとして)最大多数を得る保証なんてどこにもありません.さらに,日本には厄介な別の問題があります.それは「多数派こそ信用できる」というタイプの考え方です.つまり意見の「内容」で判断しているのではなく,「多数派の意見かどうか」が判断材料になるのです.こうなると,意見を積極的に発する側も「中身のある意見を考える」ことよりも「多数派になること」のほうが重要になってしまい,悲惨な悪循環を生みます.こうして,日本において多数派であることは非常に有利となります.中身ではなく,「多数派であることの力」が生まれるのです.力のある政治家はその状況を非常によく理解していて,揺るがない連立与党,その中の明らかな第一党,そしてさらにその中の最大派閥という構図でもって,頑強な多数派を構築します.構築された多数派の中の少数で政治を動かせるわけです.

日本人は多数決が好きで,多数派に安心感を得易いと思いますが,これは危険なことです.また,必ず「多数派嫌い」の人はいますが,このような人も,ちゃんと多数派の意見のどこがおかしいのかを指摘できずに,とにかく多数派は嫌いだ,と言うだけじゃ,何の意味もなしません.何も考えず多数派を支持していることの反対をやっているだけで,本質的な意味は感じられません.とにかく読売ジャイアンツは嫌いだ,と理由もなく言っているようなものです.

多数決は,きちんと本質的議論がなされて始めて,ある程度意味を持つのです.ただの多数依存は議論を本質から逸脱させてしまいます.多数派の意見かどうかという点を一切考えないようにして,意見の内容こそ真正面から考えるよう努力しなくてはならないと思います.

 

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テーマ:これでいいのか日本 - ジャンル:政治・経済

  1. 社会
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えりざべす様
まったくおっしゃるとおりです。小学校の先生は多数決が好きですね。大昔の話ですが(笑)小学一年生のときに私とクラスメイトがけんかをしたときに、どちらが悪いかホームルームで裁判にかけられて、多数決で決められました。結局、教師は喧嘩の原因を突き止めようとせず、多数決でクラスメイトの子が正しく私が悪いになってしまいました。今でもはっきり覚えていますが、子供たちも何のことか分からず、適当に私か、相手の男の子か、どちらかに手を上げていたようです。私は多くの日本の教育者も信じていません(中には素晴らしい方もいらっしゃいます)。尊敬できる先生は日本で16年間受けた教育の中で、たったの一人です(その方は後、小学校の校長先生になりました。)大体、自分で考えることをしない社会を作り上げてしまっているのが、多数決という楽な解決方法を生み出しているのかもしれませんね。日本の隠れたリーダーはこの多数決を使って、日本社会を操っているのかもしれません。
  1. 2008/12/30(Tue) 15:23:52 |
  2. URL |
  3. エバーグリーン #JalddpaA
  4. [ 編集 ]

エバーグリーンさま♪

こちらにもコメントありがとうございます.
体験談の話ですが...なんというか,ああ,私の想定していた最悪の多数決ですね.こういうふうになってしまうんですよね,日本では...涙 日本人は誰も民主主義のちゃんとした意味を知らないのだろうと感じます,字面だけで.エバーグリーンさまのコメントの内容,全くもって強く共感いたします.非常に心強いです.ちなみに私も16年でやっぱり1人くらいでしょうか...笑
  1. 2008/12/30(Tue) 22:05:08 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

はじめまして。
moritoさんのサイトからこちらを知りました。
よろしくお願いします。

議論無き多数決…最近その悪魔的な決定方法に吐き気がしました。
多数決は確実に人を殺しますね。否応無しに。
社会の余裕のなさ、時間のなさ、他人への無関心、利己心、様々な要因がこの安易な決定へと導くのでしょう。
そして習慣化してます。
気が付いた時、そこで僕自身が、その多数決を受入れてしまったことが虚しく悲しい。
まさに悪魔。
否の言える人になりたい。
  1. 2009/03/05(Thu) 12:34:35 |
  2. URL |
  3. #c5NzTaeA
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

翔さま

はじめまして.コメントありがとうございます!

日本においては,多数決の本来の意義はほとんど失われていると感じます.まさに議論なき多数決ですね.議論がないことも問題なのですが,議論せずに多数決が成り立ってもそれを受容できる日本人気質のほうが問題の大元だとも感じたりします.思考しない人にとてっても,何かに依存したい人にとっても,思惑を水面下で操りたい人にとっても,序列を重んじる人にとっても,決まり事を好む人にとっても,面倒くさい人にとっても,,,いずれも多数決は問題を生じないんですよね.そしてそういう人々が集まると,それはそれで多数決には違う意義,つまり正当なコミュニケーションを回避してなおかつ物事をとにかく決定させる,という意義が発生しているのでしょう.^^;

真面目に客観的に考えている人が馬鹿を見る仕組みなのですが,これは現在の社会情勢のせいだけでなく,長い間の歴史文化と深い関係にもあると思われ...なかなかに難しい問題だと感じています.
  1. 2009/03/06(Fri) 00:53:04 |
  2. URL |
  3. えりざべす #m5Dxg7h6
  4. [ 編集 ]

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