閃光少女は,2007年11月に発売された東京事変の新曲です.プロモーションビデオ(PV)でのみの発表で,CD版はなしという,JPOP界では稀な仕様.2007年のライブで先行披露されました.スバルのステラという車のCMに使われています.
ずいぶん前にこのブログで,この閃光少女のPVが衝撃的で印象的で,でもすごく難解だったので,「この曲を解釈したい」と勢いで書いたのですが...そのせいで「閃光少女 解釈」というキーワード検索で,このブログに来訪される方が度々おられます....スミマセン...その後すっかりさぼっていたので,何の見解も書いていませんでした.ということで,「閃光少女」を私なりに解釈したいと思います.
全歌詞を書きたかったのですが,厳密には著作権にかかわるので,リンクにします.
http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND57649/index.html
閃光少女の歌詞を考える時,「過去」「現在」「未来」という時間の流れ,そして詳細に歌詞を読んでいくと見えてくる曲の1番と2番の内容の相違,この二点がこの曲のテーマを紐解く重要な鍵だと感じます.
1番で最も核となるフレーズは「現在を最高値で通過していこう」という部分でしょう.
「今が確かなら万事快調」
「明日には(今日のことを)全く憶えていなくたっていい」
「明日まで電池を残す考えなんて無い」
「昨日の予想が(今日の)感度を奪う」
こういう言葉たちから,「現在」の重要性を強く感じます.今を生きることの意味が大切.過去を見て,それよりも今がより快調であればいい.未来についてはわざわざ考えないので,ここで未来は想定されていないかに見えますが,「現在=最高値」が続けば,これは未来が悪くなることはないでしょうから,右肩上がりのイメージを感じます.
一方,これが2番の歌詞では一転します.
「現在がどんな昨日より好調よ」
で始まるため,1番を受けて同じ内容かと一瞬思ってしまうのですが,すぐに,
「明日からはそう(現在が好調だと)思えなくてもいい」
と完全に打ち消してきます.
とてもさりげないですが,実は1番の前向きさは,2番では完全否定されているのです.
展開部(サビ)においても,1番と2番では全くイメージが変わります.1番では,
「切り取ってよ 一瞬の光を」
「写真機はいらないわ 五感を持っておいで」
です.確かで最高である「現在」という一瞬を切り取るのです.とてもポジティブなイメージを受けます.また注目したいのは,「切り取ってよ」というフレーズ.つまり語りかけている相手がいる,切り取る作業をする誰かが存在するのです.
一方,2番の展開部は,
「焼きついてよ 一瞬の光で」
「またとない命を 使い切っていくから」
です.焼きつく,そこに焼きついて残る.つまり残っていくものが大切な感じです.先の未来に進んで行く自分の未来は明るいとは思えず,だから現在を焼きつけ残すイメージを感じます.さらに,1番と違い語りかけている相手は存在していません.「切り取る」というのは,誰かの行為でしたが,「焼きつく」というのは現象です.現象として焼きつけよ,と言っているか,願望として焼きついて欲しいと言っている感じです.もっと言うなら,焼きついてくれないから,焼きついて,と願っているようでもあります.命をつかいきっていくのだから.
まとめるとこうなります.
1番:現在を最高値で通過する.つまり人生は右肩上がりで,未来は明るいイメージ.ただし,「がむしゃら」「無計画性」のような日本独特のイメージを感じます.
2番:未来は明るいとは限らない.ならば,今(好調である現在)こそ焼き付いて,という願い.欲求.今の私をちゃんと認識して,という欲求.1番とは180度違う世界観です.
これは,日本において女性が少女から大人になっていく過程で感じざるを得ない(もしくは無意識的に感受する)感覚ではないかと思います.私は確信的にそう感じるのですが,一般的にはどうなのでしょうか.私はこのブログでも日本のジェンダーについていくつか記事を書いていますが,現在の日本という社会は女性にとって明るい未来を感じにくいです.その現実を,絶対にどこかで知ることになります.非常に悲しい歌で,涙なしには聞けないという方もいることでしょう.椎名林檎さんの歌詞からは,日本のジェンダーを感じることが多いですが,それをうまくオブラートに包んでおられるように感じます.私がこうやってブログでごちゃごちゃ言うと,とげとげしくなりますから.苦笑
さて,プロモーションビデオ(PV)です.
2人の女性が登場します.ひとりは制服を着た女子高生,もうひとりは少し背の高い私服の女性.2人は鏡像関係の動きの後,左右反対方向に走りだします.この2人は友人同士だと解釈することもできますし,現在の自分が制服の少女で,もうひとりが(実現しない)もう一人の(理想の)自分だとも解釈できます.解釈は多面的に可能ですが,いずれにせよ,このPVの注目すべきシーンは,私服の女性が最後に一瞬で消えていくシーンだと思います.その消滅の瞬間,それが見えていないはずの制服の少女が振り返るシーンは印象的です.これは,対称に動いていた2人が,ひとりが消滅した途端に,残された少女の動きが自由になったように感じます.つまり,消えた私服の女性は,制服の女性を束縛していた存在のようにも受け取れますが,ここの感じ方も人それぞれでしょう.ただ,自由といっても,行き先の見えない自由であり,制服という俗物が,見えない束縛の象徴のように映像に映ります.
ところで,このPVからは,「閃光」という物理現象と「少女」という生身の人間が曲のタイトルとなっている意味を強く感じます.理論物理的には,時空間を超えて影響を与え合う二つの素粒子(量子もつれの状態にある素粒子)から,ひとつの状態が観察されてしまって(もちろん現在の日本,制服の少女の方です),もうひとつの可能性が消滅する残酷なシーンを描いているように感じます.すごく哲学的なPVだと感じます.おそらく,物理学的な素養(ややSF的であっても)がある方が,クリエイターの中にいるのではないかとさえ感じますが,もし,そういう考えなくこのPVの映像ができているのなら,それはそれで,とても考えさせられることですね.全く異なるフィールドから,類似の世界観が生まれている,というか...
私は何を言っているんでしょう.笑 こんなこと考えているのは私だけなんでしょうね,きっと.
関連記事:「ジェンダー」
:「未舗装路」
:「見落とされる倫理観」
:「閃光少女」

ずいぶん前にこのブログで,この閃光少女のPVが衝撃的で印象的で,でもすごく難解だったので,「この曲を解釈したい」と勢いで書いたのですが...そのせいで「閃光少女 解釈」というキーワード検索で,このブログに来訪される方が度々おられます....スミマセン...その後すっかりさぼっていたので,何の見解も書いていませんでした.ということで,「閃光少女」を私なりに解釈したいと思います.
全歌詞を書きたかったのですが,厳密には著作権にかかわるので,リンクにします.
http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND57649/index.html
閃光少女の歌詞を考える時,「過去」「現在」「未来」という時間の流れ,そして詳細に歌詞を読んでいくと見えてくる曲の1番と2番の内容の相違,この二点がこの曲のテーマを紐解く重要な鍵だと感じます.
1番で最も核となるフレーズは「現在を最高値で通過していこう」という部分でしょう.
「今が確かなら万事快調」
「明日には(今日のことを)全く憶えていなくたっていい」
「明日まで電池を残す考えなんて無い」
「昨日の予想が(今日の)感度を奪う」
こういう言葉たちから,「現在」の重要性を強く感じます.今を生きることの意味が大切.過去を見て,それよりも今がより快調であればいい.未来についてはわざわざ考えないので,ここで未来は想定されていないかに見えますが,「現在=最高値」が続けば,これは未来が悪くなることはないでしょうから,右肩上がりのイメージを感じます.
一方,これが2番の歌詞では一転します.
「現在がどんな昨日より好調よ」
で始まるため,1番を受けて同じ内容かと一瞬思ってしまうのですが,すぐに,
「明日からはそう(現在が好調だと)思えなくてもいい」
と完全に打ち消してきます.
とてもさりげないですが,実は1番の前向きさは,2番では完全否定されているのです.
展開部(サビ)においても,1番と2番では全くイメージが変わります.1番では,
「切り取ってよ 一瞬の光を」
「写真機はいらないわ 五感を持っておいで」
です.確かで最高である「現在」という一瞬を切り取るのです.とてもポジティブなイメージを受けます.また注目したいのは,「切り取ってよ」というフレーズ.つまり語りかけている相手がいる,切り取る作業をする誰かが存在するのです.
一方,2番の展開部は,
「焼きついてよ 一瞬の光で」
「またとない命を 使い切っていくから」
です.焼きつく,そこに焼きついて残る.つまり残っていくものが大切な感じです.先の未来に進んで行く自分の未来は明るいとは思えず,だから現在を焼きつけ残すイメージを感じます.さらに,1番と違い語りかけている相手は存在していません.「切り取る」というのは,誰かの行為でしたが,「焼きつく」というのは現象です.現象として焼きつけよ,と言っているか,願望として焼きついて欲しいと言っている感じです.もっと言うなら,焼きついてくれないから,焼きついて,と願っているようでもあります.命をつかいきっていくのだから.
まとめるとこうなります.
1番:現在を最高値で通過する.つまり人生は右肩上がりで,未来は明るいイメージ.ただし,「がむしゃら」「無計画性」のような日本独特のイメージを感じます.
2番:未来は明るいとは限らない.ならば,今(好調である現在)こそ焼き付いて,という願い.欲求.今の私をちゃんと認識して,という欲求.1番とは180度違う世界観です.
これは,日本において女性が少女から大人になっていく過程で感じざるを得ない(もしくは無意識的に感受する)感覚ではないかと思います.私は確信的にそう感じるのですが,一般的にはどうなのでしょうか.私はこのブログでも日本のジェンダーについていくつか記事を書いていますが,現在の日本という社会は女性にとって明るい未来を感じにくいです.その現実を,絶対にどこかで知ることになります.非常に悲しい歌で,涙なしには聞けないという方もいることでしょう.椎名林檎さんの歌詞からは,日本のジェンダーを感じることが多いですが,それをうまくオブラートに包んでおられるように感じます.私がこうやってブログでごちゃごちゃ言うと,とげとげしくなりますから.苦笑
さて,プロモーションビデオ(PV)です.
2人の女性が登場します.ひとりは制服を着た女子高生,もうひとりは少し背の高い私服の女性.2人は鏡像関係の動きの後,左右反対方向に走りだします.この2人は友人同士だと解釈することもできますし,現在の自分が制服の少女で,もうひとりが(実現しない)もう一人の(理想の)自分だとも解釈できます.解釈は多面的に可能ですが,いずれにせよ,このPVの注目すべきシーンは,私服の女性が最後に一瞬で消えていくシーンだと思います.その消滅の瞬間,それが見えていないはずの制服の少女が振り返るシーンは印象的です.これは,対称に動いていた2人が,ひとりが消滅した途端に,残された少女の動きが自由になったように感じます.つまり,消えた私服の女性は,制服の女性を束縛していた存在のようにも受け取れますが,ここの感じ方も人それぞれでしょう.ただ,自由といっても,行き先の見えない自由であり,制服という俗物が,見えない束縛の象徴のように映像に映ります.
ところで,このPVからは,「閃光」という物理現象と「少女」という生身の人間が曲のタイトルとなっている意味を強く感じます.理論物理的には,時空間を超えて影響を与え合う二つの素粒子(量子もつれの状態にある素粒子)から,ひとつの状態が観察されてしまって(もちろん現在の日本,制服の少女の方です),もうひとつの可能性が消滅する残酷なシーンを描いているように感じます.すごく哲学的なPVだと感じます.おそらく,物理学的な素養(ややSF的であっても)がある方が,クリエイターの中にいるのではないかとさえ感じますが,もし,そういう考えなくこのPVの映像ができているのなら,それはそれで,とても考えさせられることですね.全く異なるフィールドから,類似の世界観が生まれている,というか...
私は何を言っているんでしょう.笑 こんなこと考えているのは私だけなんでしょうね,きっと.
関連記事:「ジェンダー」
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